病みて語る記憶 (3)
深夜を大分回ったころ、いまだ寝付かぬアモンの呼吸は、それでも少し落ち着いてきたように聞こえた。
が、依然目をかすかに開いたまま、虚空を見つめている。
汗の浮き出た額を拭おうと、テオドールは水をきつく絞った布を持って手を伸ばした。
と、急にアモンはうっすらと開けていた瞳を大きく見開いた。
「……テオドール……私が何故、たった一人なのか……分かるか……?」
突然、何の前触れも無く奇妙な話を始めたアモンにテオドールは始めこそ驚いたが、これも高熱によって混濁した意識が原因のうわごとだろうと、部屋の隅から椅子を持ってきてベッド脇に置き、話を聞き始めた。
「わかりません……何故なんです?」
「……私にも父や母、兄弟はいたんだよ……もうずいぶん昔になってしまうがね。モルガン家の先代当主であった父のオーギュスト、母のナサニエル、姉のイーヴリン、それに弟のデュカス……私がまだ十歳のころまでは我が家は五人家族だったんだよ。それが……」
途切れた間をそのままに、テオドールは黙って主が再び話し出すのを待った。
「……十六年前のあの戦争さ。隣国のトリアノスとのバカげた戦争……この国は結果として戦勝国となり、トリアノスを併合してより強大になったが、それに対して私は何を得たと思う? 貴人の務めとして最前線で戦った父上は亡くなり、私は……十歳の若さで公爵家を継ぐことになった……」
アモンはゆっくりと開いていた瞳を閉じてゆく。
「それからは最悪だ。戦後の混乱も収まらぬうち、ランカスター侯爵家当主のオーウェンとの婚儀が決まった姉上は……ランカスター家へと向かう途中、賊に襲われて死んだよ。細かいことは最後まで聞かせてもらえず仕舞いになったが、なんにせよ良い最期とは言い難いよな。そして続くように……弟のデュカスは生まれつきの心臓の病が悪化して急死。母上は心労のあまり倒れられ、ほどなく……息を引き取った……これが二年間だ……テオドール、私は十歳からわずか二年間で天涯孤独の身となったんだよ……」
閉じられた目の横から一筋、涙が溢れた。
「私はねテオドール……本当は公爵家なんかに生まれたくなどなかったんだよ……高すぎる身分は人との距離を隔てる……結局、私は家族を失って以来、数だけは多い家臣たちとの親密な関係など得られず、まるで人の輪の中に取り残されたような生活を十年以上過ごしたんだ……」
無意識にテオドールは右手でアモンの涙を拭った。
目を細め、穏やかな、普段は決して見せることのない表情で、しばしアモンを見つめる。
「……テオドール、お前は……お前たちは、私を置いていったりしないよな……?」
わずかに首を横に傾け、再びかすか目を開くと、アモンはテオドールを見つめて言った。
「ええ……」
テオドールは静かに答える。
「……私たちが貴方を置いていくわけが無いでしょう? そんなこと、心配しなくていいんですよ……」
わずかに濡れたアモンの頬を、テオドールが優しく撫でた。
「貴方はもう、一人になんてなりませんよ……」
その言葉を聞き終わると、アモンは再び目を閉じた。
いつしか呼吸は安らかな寝息に変わり、外は夜明けを間近に、藍色に染まる。




