病みて語る記憶 (1)
風邪は万病の元という。
これは風邪にかかるほどに抵抗力が落ちている身体は他のあらゆる病原体に対しても防衛機能が手薄となっていることを示す極めて優れた格言である。
そしてここに一人、その風邪にかかった人間がいる。
日ごろの不摂生が祟ったのか、それともここしばらくの寒空が身にこたえたのか。
なんにせよ、彼がいつものベッドで熱にうなされている事実は変わらない。
「テオドール……ユキマトイのチンキをもう一さじくれ……体が辛くてかなわん……」
「ダメです。もうとっくに今日の分は飲んだでしょうに。これ以上は逆に体の毒です」
ユキマトイはその名の通り、凍土に根付くウコギ科の多年草である。
肝疾患にも用いられ、発汗作用が高く、解熱鎮痛効果もあることから風邪の治療にもよく利用される。
「知った風な口を……いいか? 私は薬草学については……」
「人の無学を利用して丸め込もうとしたって無駄ですよ。ユキマトイについてはアルセイデスからしっかり話を聞いてます。おとなしく明日まで我慢なさい!」
「くっ……アルセイデスめ、余計なことを……」
アモンは頭を中心に体感される高熱と、漠然とした全身の辛さに苦しみながら、信頼する庭師の行為を手前勝手に呪った。
「ほら、頭を上げてください。水まくらを交換しますから」
そう言われ、だるそうに頭を持ち上げるとテオドールは熱ですっかりぬるくなった水まくらをどかし、新しいものと入れ替える。
再び頭を下ろすと、アモンはひんやりとした感覚に一時の安息を得た。
「全く、バカは風邪引かないはずなのに、無駄な例外作るからこっちはいい迷惑ですよ」
「……お前な、いい加減にしないと本当に……」
うめくように言ったその時、急に寝室のドアを開け、アルセイデスが顔を出した。
「殿下、お加減はいかがですか?」
「……おかげさまで最低最悪だ……」
子供じみた嫌味を吐くアモンを見て、アルセイデスは逆に安心した。
こんな口がきけるならそう大したこともないだろう、と。
「あ、それからテオドールさん。スズタケ、とりあえずこれだけ摘んできました」
見るとアルセイデスは脇に抱えた大きなかごの中に、なにやら棒状の野菜を大量に持ってきていた。
「ご苦労様。これだけあれば三日分くらいはスズタケのスープが作れるわ」
「スズタケ!!」
その名を聞いて、アモンはかすれ声を振り絞るように叫んだ。
スズタケは比較的温暖な土地に生えるセリ科の野菜である。
竹のような外観をし、折ると中の水分が硬質の繊維にぶつかって鈴を鳴らしたような音を出すことからこの名がついた。
茎は繊維が硬く食用は無理だが、煮ると粘りのある汁が染み出し、これを食用とする。
栄養豊富で消化によい他、血液の浄化作用があり、胃腸の弱った人の病中、病後食としてよく食される。
「何をやってるんだアルセイデス、そんなものさっさとどこかに捨ててこい!!」
アモンは必死に半身を起こすと、怒りと焦りの入り混じった声を絞り出す。
「バカ言ってるんじゃありませんよ、せっかくアルセイデスが苦労して摘んできてくれたのに。大体、これを捨てたら一体何を召し上がるって言うんです?」
「食事など取らなくても、薬草と酒さえ飲んでいればこんな風邪はすぐ治る!!」
「そんなこと言って普段からろくに食事も取らないからこうなったんでしょうが!!」
テオドールの一喝を受け、アモンは倒れこむようにベッドへ体をうずめると、なおぶつくさと不満をつぶやき続けた。
「……食わんぞ、絶対……そんなもの……絶対食わんぞ……」
場の空気を察してか、それともベッドに丸まる主人の背後で大きく拳を振り上げるテオドールを見てか、アルセイデスは無言で寝室のドアを閉じると、そそくさと台所へ摘みたてのスズタケを置きに向かう。
そして廊下を渡り、階段の辺りに来たところで、寝室のほうから短い悲鳴が聞こえた。
「……ほんとに、テオドールさんも病人を怪我人にしてどうする気なんだか……」
脇に抱えたかごを持ち直しつつ、一つ大きなため息をついたアルセイデスは、そのまま階下へと下りていった。




