レムレスよりの使者 (3)
「お顔の色が優れませんよ?」
アモンは当たり前だという気持ちでいっぱいだった。
これだけ訳の分からないことを散々突きつけられて、一体どうやって血色のいい顔をしろというんだ?
「……これは先ほどからの疑問にまずお答えしたほうが良さそうですね」
またもや、心を見透かすようにフューレイが言った。
しかしその後の彼の言動は、まさにそれらを憶測から確信に変えた。
「簡単に説明しましょう。私は生まれつき、人の記憶を見る……いや、正確には取り出す力があるんですよ」
「……記憶を……取り出す?」
「ええ、相手を見るだけでその相手の記憶を自由に取り出し、見ることが出来ます」
にわかには信じがたかったが、それが真実とすればここまでの話は全てつじつまが合う。
「実際うれしいですよ。殿下のような善人相手なら、私も気兼ねなく秘密をお話できる。いや、今日は実に気分がいい」
「相手をしている方としては、必ずしも同じ気持ちではないがな……」
「それも分かっています。ご気分を害されたことについては心からお詫びします。でも、本当に滅多にあることではないんですよ、こんな機会は。私のような者が心を開け放って語れることなんて。だから、殿下には大変申し訳ないですが今しばらく私の話にお付き合いしていただきたいんです」
正直、迷いは強かった。
だが自分自身、いくばくかの好奇心をそそられたのか、結局アモンはフューレイの申し出をしぶしぶ了承し、この奇怪な男の話にしばし付き合うことにした。
「細かく申し上げますとね、私は他人の記憶を出し入れできるんです。取り出すもよし、また入れ直すもよし。しかも取り出した記憶は当人からは失われ、その記憶は他人へ与えることも可能なんですよ」
「……まるで人の頭を本棚扱いだな」
漠然とした不安感に、薄くあきれた感情を施してアモンが答える。
「比喩としては素晴らしいですね。まさしく、そうしたことを人の記憶に対して行える力が私にはある。殿下に対して使う前にも、ほらこの森人。メイフレイルといいましたね。彼女の記憶も少々いじりました。おかげで、こんなにぐっすりと寝ているでしょう?」
「!!」
言われて、アモンは発作的にフューレイに拳を向けた。
が、
その手は目的の相手に到達する前にアルバインによってさえぎられた。
彼女の左手はまるでアモンが殴りかかることを想定していたと思えるほどの素早さでフューレイの鼻先に向かっていたアモンの拳を驚くほど柔らかに掴み止めた。
「ご無礼致しました」
アルバインは握ったアモンの手を放すと深く頭を下げ、またフューレイの隣に収まる。
一連の動作は流れるようだった。
「どうも誤解があるようですが、まあ落ち着いてください。決して彼女に対し危害となるようなことはしていませんよ。むしろ、助けたんです」
「人の頭をいじり回しておいて、助けたとはどういう理屈だ!!」
なお憤慨するアモンを見ながらそれでもフューレイは冷静な、そしてどこか楽しげな口調を変えずに続ける。
「いいですか? 彼女は今回の件でひどく恐ろしい体験をした。そしてそれは鮮明な記憶として残り、彼女に長く恐怖を与えることになったでしょう。しかしもうその心配はありません。なぜなら、彼女が味わった恐怖の記憶は、私がすべて取り出しましたのでね」
ここまで聞いてアモンは急に冷静さを取り戻した。
「……恐怖の記憶……つまり、彼女がオストゥムたちに襲われた記憶を取り出したと?」
「正確に言うと取り出したのは体験した際の恐怖のみです。何をされたかや何が起きたかについてはちゃんと覚えています」
「そこまで細かくいじれるのか……」
「こう見えても私、仕事は丁寧なんですよ。雑な仕事はいたしません。ですから、彼女は殿下への感謝を忘れることはありません。それに、不埒な連中への怒りや注意もね」
話の全容を聞いてようやく落ち着いたアモンは、今にもフューレイに突っかかる姿勢でいたのを改め、手近の椅子を引き寄せて腰掛けると、深く息を吐いて気を落ち着かせた。
どうやら自分はこのフューレイという男に対する第一印象が悪すぎたようだ。
最初に彼の狂気を感じて以来、明らかに嫌悪感から物事を悪く取っていた節がある。
「……にしても、そんな力があるんなら最初にまず自分が悪人ではないことを私に伝えればよかっただろうに……」
「いくら便利な力とはいえ、さすがにそこまで簡単にはいかないんですよ。私が悪人でないという記憶をどうして私が持っているんです。私には主観の記憶はあっても客観の記憶は無いんですよ?」
ああ、とアモンは力無くうめいて納得した。
「もちろん、その気になれば助手のアルバインから一時拝借した記憶で殿下を納得させることも出来ましたが、それでは半分騙しているようなものでしょう。殿下のような方にはそういう小賢しいやり口は使いたくなかったんです」
「……なるほど……まあ時間はかかったが、お前が悪人でないってことは理解できたよ」
「それは良かった。大好きな殿下に嫌われるなんて悲しすぎますからね」
思いもかけないことを言われ、アモンは妙な悪寒が背筋を走るのを感じ、ぞっとした。
だが、いまだしっくりこないといった表情を浮かべるアモンをよそに、
フューレイは相変わらず狂気の漏れる笑顔を絶やさない。




