レムレスよりの使者 (2)
部屋に入ると、まずは見慣れた部屋のほぼ中央に位置するベッドと、それに寝ているメイフレイル。そして、新たに人物が二人。
一人は服装からしてそれなりの身分であろうことが分かる痩せた長身の男。
ベッド脇の椅子に座っていたが、アモンの入室に合わせて立ち上がったその身長は、アモンより頭一つ分ほど高いテオドールよりもさらにもう一つ分も高い。
背中ほどの長さの金髪を後ろで結い、表情は穏やかな笑顔。
だが、その目はまるで疲れきったように生気が無く、目の下の影のように張り付いた濃い隈がこの人物の印象を一層異様に感じさせた。
もう一人はその男性の横に立っていた恐らく森人と思しき女性。
亜人でありながらさすがはレムレスといったところか、しっかりとした服装をしている。
男性と同じく、金色の柔らかそうな髪を短く切り、顔は整った美しさに加えて、どこか凛としたりりしさが漂っている。
「これはアモン殿下、突然の訪問で申し訳ありません」
長身の男から話を切り出してきた。
「私はフューレイ・ファルバス。レムレス亜人保護庁付外交特務官という面倒な肩書きのものです」
「……確かに、少々長ったらしい肩書きですな」
フューレイと名乗った男がアモンの返事にクスリと笑った瞬間、アモンは先ほどからこの男に感じていた違和感の正体に気づいた。
それが何故なのか、その原因までは分からないが、
この男の表情には常に狂気が染み出している。
「私の隣にいるのは、助手のアルバインです。どうかよろしくお願いします」
「アルバインと申します。殿下にはお目通りをお許しいただき、恐悦にございます」
アルバインと名乗った森人が元から改まっていた姿勢をさらに改め、丁寧に一礼した。
「おい、アルバイン。殿下に領土侵犯に関するお詫びと亜人の引渡し要請をしたためた書簡をお渡ししなさい」
フューレイの言葉を聞き、アモンは入室前とは別の意味で軽く狼狽した。
「いや、そんな大層なものは必要でないよ。領土侵犯といっても政治的でも軍事的でも、ましてや亡命というわけでもなかったわけだし、当人の傷さえ治ればすぐにもそちらへお引渡しするつもりだ」
本気で面倒に思い、アモンは丁重に断りを入れる。
「いやいや、これはあくまで形式的なものですので、ご面倒とは思いますが、殿下にはどうか受け取っていただきたい」
本気で厄介だと思い、強く固辞するアモンヘ対し、しかしフューレイは断り難い言い回しで押し返してくる。
我が身に流れる強力な面倒くさがりの血が苦しみもがき、自然と表情が曇るのを感じた。
アモンはこれ以上断り続けるのもまた角が立つだろうし、余計に面倒だろうと諦め、仕方なくうなずくと、アルバインから書簡を受け取ろうとした。
すると、
「……アルバイン、左手ではないよ。きちんと両手で……右手に持ち、左手を添え、お渡ししなさい」
フューレイが突然、助手へ奇妙な命令をした。
言われてみれば、確かにアルバインは左手に書簡を持ち、手渡そうとしていた。
だがそれがどうしたというのだ?
左利きだからといって、その程度のことをいちいち気にするほどのことだろうか。
アモンは少々困惑したが、その時、アルバインがそれ以上に困惑している事実を、彼には知る由も無かった。
「フューレイ様、しかしそれは……」
「大丈夫、何も問題は無いし、心配も無いよ。だからしっかりと右手で殿下に書簡をお渡ししなさい」
促され、アルバインはフューレイに一礼、続いてアモンに深く一礼すると、右手に左手を添える形で、書簡を差し出した。
瞬間、
アモンは愕然とした。
フューレイの助手、アルバインという名の森人の右手は、
複雑に金属の組み合わさった義手だったのである。
一瞬、間があってからアモンは書簡を受け取り、心の中で密かに憤った。
(……わざわざ助手にこんなものを晒させるとは……この男、腹の中は下種か……?)
アモンがまさにそう考えたその時だった。
フューレイは今までの微笑から一変し、いきなり大声で笑い始めた。
あまりの急なことにアモンが一瞬呆気に取られていると、しばらく腹を抱えるように笑っていたフューレイが、呼吸を整え落ち着いた調子を取り戻してまた話し出す。
「……いや、失礼。分かっていたつもりだったのですが、まさかこれほどとは想像もしていなかったもので……ついうれしくて笑いをこらえられませんでした」
「……どういう意味だ?」
動揺しながらも、アモンはことの真意を問うた。
「殿下、貴方は私が考えていた以上に良い人だ。正直、これほどの善人と会ったのはもしかすると始めてかもしれない。私はね、殿下が亜人に対して差別や嫌悪を抱かない人物だということまでは分かっていた。しかし、さてこのアルバインの右手を見てなお負の感情を彼女に抱かないか、私はそれを知りたかったんです。だが、貴方は彼女に嫌悪を抱くどころか、それを指示した私を憎んだ。それが私はうれしくて仕方が無いんですよ」
フューレイの言う意味を理解しようと、アモンは必死で頭を回転させた。
だが、それを理解しようとすればするほど、明らかに不自然な感覚に囚われた。
何故、この男は私が考えたことを知っているんだ?
「非礼は深くお詫びします。しかし、殿下とは楽しいお話が出来そうですね……」
気づかず、アモンは額から脂汗が滲み出ていた。
フューレイの目は不気味にアモンを見つめている。




