森からの異邦人 (9)
テオドールに閉め出しを受けたアルセイデスは、その足でアモンの書斎へと向かった。
実際、メイフレイルの話については先にアモンに聞かせるのが筋ではあったが、食事中の主を気遣い、食器を下げるついでにテオドールへ報告した。
が、テオドールの反応はアルセイデスをひどく当惑させ、結果としてやはりアモンへ報告することに決めたわけである。
当然ながら、食事をすでに終えていたアモンとの会話は何の問題も無く行われた。
「まあ、なんにせよ気を許してもらえたのはありがたいな。これでようやくに話の全体が見えてくるかも知れん」
アモンは杯の林檎酒をちびちびと飲みながら答えた。
「しかしまあなんだ、話といっても昨日の今日だし、あの貴族の面汚しも立ち去ったし、話は明日というわけにはいかんものかな?」
「ダメですよ。せっかく本人が話す気になってくれたんですし、もしも明日になって気が変わったりでもしたらそれこそ手間ですよ」
「……やはりそうか」
ここ数日、森人の治療と看病で疲れきっているところに先ほどの騒動もあり、アモン自身はできればもう休みたいところだったが、どうにも事態はそれを許してくれそうに無い。
その身を高位に置くものは自然、それに見合った責任を負う。
アモンは重い腰を上げると、残りの林檎酒を杯に全て空け、一気にそれを飲み干してから書斎を出ようとドアノブに手をかけた。
と、ふと思い立って後方のアルセイデスに向き直り、ちょっとした質問をした。
「……そういえば、先ほど台所のほうからテオドールの怒鳴り声が聞こえたように思うんだが、一体何事だ?」
「それが……どうもよく分からないんです。私としては何も心当たりは無いんですけど、なんだかテオドールさんを怒らせちゃったみたいで」
「ふむ……」
「なんでしょうね?」
「分からん。どうも今日のテオドールは情緒不安定らしい。放っておくのが最善だろう」
「ですね」
向き合いつつ、二人同時にうなずく。
奇妙なことに、この主人と庭師は鈍感という点で極めて似通っていた。
さて、
そのような三人三様のやり取りがあってしばらく後。
アルセイデスからテオドールにもした話を含めての進言もあり、改めてアモンはメイフレイルとの面会を承諾し、それでも本音では足取りの重さは隠せず、彼女の部屋を訪れたのは西日も強い夕刻近くである。
そこでなによりもアモンが驚かされたのは、信頼を得られたとは聞いていたものの、話は半分程度で受け止めていたメイフレイルの、素晴らしいほど豹変した態度だった。
ここ数日のおびえきった様子はどこへやら、アモンも辟易するほどの饒舌となり、自分の身の上を事細かに語り始めた。
「レムレスって国のことはご存知ですか?」
「もちろん知ってるとも。なにせ隣国な上に、大陸の中でも特に変わった国だからね」
アモンは眠い目をこすりたい衝動を、ケシ粒ほどの根性でこらえつつ答える。
「私、そこからここまで来たんです」
「国境を越えて?」
「はい。レムレスはとってもいい国で、皆さんとっても優しいし、私たちを守ってくれるし、それはすごく暮らしやすいところなんです。けど……私なんだか毎日変わらない生活が退屈になってきて、それでちょっと普段とは違うところに行きたくなって……いつもは行かない森の奥までいってみようと思ったんです。途中に国境の注意書きが書かれた看板も立ってたんですけど、私、ただもっと色んなところが見たくって……」
そこまで言ったところで、突然メイフレイルが口ごもる。そこへ落ちそうなまぶたを貧弱な気力で持ち上げ続けるアモンが、察しを入れて代わりに話し始めた。
「で、その途中であの連中と出会った、と」
「……はい。最初は何かと思って樹の陰から様子を見てたんですけど、急に私がいるのに気づいたらいきなり近づいてきて、それで一人の人が馬の上から私に弓を……」
「なるほど……」
そこからの話は簡単だった。
最初の一撃で矢を右肩に受けた彼女は彼らに追われるようにベルディニオ側へと逃げ込んでゆき、最後はこの城の側で力尽きて倒れたらしい。
「こちらの国では貴族の方はあんなひどいことをするんですか?」
「うーん……まあ、それは完全に人によるな……」
「……そうですよね……公爵さまみたいに親切な人もいますものね」
「……運が悪かったといえば簡単だが、あんなろくでなしを野放しにしているというのは間違い無くこちらの非だ。責任は明らかにこちらにある。僭越だか、ベルディニオを代表して謝罪するよ。本当にすまなかった」
アモンは先ほどまでの無気力な態度からは想像もつかぬほど改まった姿勢を取ると、亜人の少女に対して迷い無く低頭した。
一国の貴族が、それもただの貴族ではない、王族に名を連ねる身分の人間が亜人相手に頭を下げている。
それは亜人保護を進めるレムレスでさえ考えられない行為だった。
メイフレイルはそんなアモンを目を丸くして驚き見ていたが、すぐにあわてて自身も深く頭を下げた。
アルセイデスはそんな二人の様子を傍らで見ながら、笑って吹き出しそうになるのを必死になってこらえている。
話がひと通り終わった時、城の外ではちょうど日も暮れ、薄い藍色の光が窓から入るのみとなっていた。
「それでは、今日はこのあたりで終わるとしようか。今はとにかくゆっくりと休んで、傷を治すのに専念するのが最優先だ」
(ゆっくり休んで)の部分は、ある意味自分に対しての言葉でもあった。
アモンはようやく寝床に入れる安堵感から、気持ち足取りも軽く部屋を出、もはや愛しささえ感じる寝室へ戻ると、椅子に上着を脱ぎ捨て、滑り込むようにベッドへと入り込む。
深い眠りにつくのにほとんど時間は必要なかった。
日の昇るまでしばし、臥所に城主の静かな寝息が響く。




