森からの異邦人 (5)
小鳥のさえずりが聞こえる。
窓からは薄日が差してきた。
ベッドの隣に椅子を置き、まばたきすら忘れて少女の変化を観察し続けていたアモンは、無表情につぶやいた。
「峠は越したな……」
アモンの前に座っていたアルセイデスは、その言葉を聞くと倒れこむようにがっくりと肩を落とし、大きなため息をついた。
もちろん全て、もたらされた安心による反応である。
少女の呼吸は浅く、穏やかになり、顔色も鮮やかな血色を取り戻していた。
「アルセイデス、疲れているところすまんがテオドールにもこのことを知らせてきてもらえるか? あいつも恐らく起きてるはずだ」
言われて、主に返事すら忘れて部屋を出て行く。
残されたアモンは乾ききった眼球で窓を見ると、昇り始めた日の光にしばし見入った。
「……さて、まず当座の面倒は回避できた。あとはこの森人……どうしたものやら、な」
すっかり正常な寝息をたてる亜人の少女に目を移し、睡眠不足の頭を動かそうと試みる。
どうやら今の頭は動きそうも無い。
と、アモンは鼻眼鏡を外すと軽く伸びをしてから、鈍った頭をすっきりさせようと本来は消毒・薬品希釈用の火酒を用済みになった小さな器ごと、ぐいと飲み干した。
丸一日飲み食いしていない体をまさに火が巡った。
これであとしばらくは起きていられるだろう。焼ける胸を冷ますように深い息を吐くと、再び眼鏡をつける。
するとここから部屋を四つほど隔てた台所の辺りから、うっすら泣き声が聞こえてきた。
テオドールの声だった。
(鬼の霍乱とは、まさにこのことだな……)
緊張の解けた口元に笑みが浮かぶ。
痛む腰を丁重に扱いながらアモンは椅子から立ち上がると、軽い立ちくらみを楽しんだ。




