プロローグ (1)
その日はまるで霧のように細かな雨の降りしきる、体を芯まで湿らせるような不快極まる天気だった。
長らく辺境の古城に閉じ込められていた公爵、アモン・ハイラッド・モルガンが公式には病死扱いで暗殺されてからちょうど一年が経過した日。
彼の最後の居城となったその場所に今、皮製のローブを深く被った人影が立っている。
城門の前で立ち尽くすその人物は、ローブの上から窺える姿形から女性であることが見てとれる。
雨も気にせずただ濡れるに任せ、古びた城門の先に見える荒れ果てた庭園を見つめ続けるローブの女性。
と、突然自分以外の人の気配を感じた彼女は、素早く後ろを振り返る。
瞬間、気配は声を発した。
「……やはり、こちらに来ていたんですね。テオドールさん」
背後から現れた人物は女性と同じく皮製のローブをまとい、雨に濡れた花束を片手に先客の女性の名をそう呼んだ。
新たに現れた人物の正体を知ったためか、テオドールと呼ばれた女性は緊張を解いて肩を落とすと、背を向ける格好になった城門にもたれかかり、静かに話し始めた。
「当然だろ? 王家の墓なんぞは、私らなんかには近づくことも出来ないからな」
「それで、せめてお城のほうへ……と思ったわけですね」
「お互い、考えることはおんなじだったか」
話し始めは互いに穏やかだった。
知己との久方ぶりの出会いであったせいもあったろう。一時の気持ちは少なからず嬉しさに満ちていた。
だが、次の言葉を選ぶ過程でテオドールは急に感情が昂り、自分の声が怒気を帯びるのを感じた。
「……お前は、納得できたのか……?」
言いながら、テオドールは後ろ足で城門の格子を手荒に蹴りつけた。
「あの……バカ公爵の、選んだ道が!!」
耳障りな雨の音に鈍い金属音が混ざる。
アルセイデスと呼ばれた人物は、あえてその質問に答えることなくテオドールの横に立つと、持参してきた花束を門の下に優しく置き、そのままの屈んだ姿勢で城門の先へと視線を向け、切り替えた話題をつぶやいた。
「せめて……庭を手入れできないのが、残念です……」
「……あのバカの、唯一まともな趣味……だったからな」
相槌を打つようにテオドールが言葉を返すと、アルセイデスは苦笑しながら立ち上がり、雨の続く天を仰ぎ見ると、消え入るような声で再び、つぶやいた。
「庭はいつか元通りにしますよ……だから、安心してお眠りください……」
自然と目から頬へと水滴が伝う。霧のような雨のせいではない。
アルセイデスは頬を流れる涙を拭おうともせず、今は亡き主のことを思い返していた。