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図書委員と図書室警備員

作者: 朝吹小雨

■第1話


■1.図書委員と図書室警備員


「友達っていいなぁ…」


図書委員である真西理晴(まにし りはる)は、人のいない静かな図書室で、ひとり静かにつぶやいた。

何もないのにつぶやいたわけではない。

つぶやいたその理由は、理晴の手元にある一冊の本。


青春小説。先ほど読了したばかりの。主人公と友達の、輝かしい日々が描かれていた。


「なんて素晴らしい小説なんだろう。私も友達ほしくなっちゃうなぁ」


青春小説に影響された理晴は、友のいない現実と比べて、ため息をつく。


そしてそのまま、目の前の机に顔をふせた。1秒のち、すぐに顔をあげる。


壁の時計を見る。

まだまだ図書委員の時間は長そうだ。


(それに比べて…なんで私、図書室にひとりでいるんだろう)


かわいそうな図書委員の少女は、自分自身に問う。


図書委員は、理晴一人ではない。

さっきまで図書委員が何人かいたが、さぼるなり、用事があるなり、

みんな自分勝手な都合で、いなくなってしまった。


今いる図書委員は理晴ひとり。


もともと本の貸し借りもさかんでない、この高校のことだから、

図書委員は暇で暇で仕方ない状態だった。


そんな暇な時間でも、理晴にとっては苦痛ではなかった。

本が好きな彼女は、暇な時間は、図書室の本をずっと読んでいた。


(他のみんなは、暇な時間は友達としゃべって、時間をつぶすかもしれない。

 でも私は、友達はいないけど、本があるから、暇な時間も平気なんだ…うん)


理晴はそんなふうに思い、強がっていた。

とはいえ、先ほどの青春小説は、彼女の心をゆさぶるくらい、なかなかに強い影響を与えた。


【使用前】友達なんてめんどくさい

【使用後】友達は素晴らしい。最高だ。


こんな感じで。

だが、「友達は素晴らしい」と感じた瞬間に、友達ができるほど、甘くは無かった。


友達は、インスタント食品のように、湯をかけて3分待てば作れるわけではない。

友達を作る方法を知っていること、多少の時間、なにより勇気がいる。

人見知りの理晴は、だいたいどれも持ち合わせてはいなかった。


それでも友達はほしい。でも、できない。

ほしい、できない、ほしい、できない。ほし…

友達への憧れは、だんだんと強い不満へと変わっていく。


ぷちん。

何かの糸が切れたように、理晴は、座っていたイスから、すっくりと立ち上がる。

青春小説を、その手に抱いたまま。

そしてうわごとのように、つぶやきながら、図書室中を徘徊しだす。


「私は人見知りで臆病だから…」

「どうせ私には人間の友達なんてできない…」

「私の友達は、本だけ…」


誰もいない図書室だ。

何をつぶやいても平気。誰も聞かないし、聞いていない。

自分だけしかいない。誰もいない。

理晴は、つぶやき、つぶやき、ひたすらつぶやき、図書室を何週かした。

そのとき。

理晴の右耳から、何かが聞こえてきた。


「あの…図書室は静かに…お願いします」


そよ風の吹くように、消え入りそうな声。

理晴の声ではない、別の少女の声だった。


えっ。と思い、理晴は、声のした方向をふりむく。

同じ高校の制服を着た、小さな少女がそこにいた。


少女は、開いた本を片手にぶら下げ、理晴を見ている。


理晴の顔は、一瞬で、沸騰したように、赤くなる。


人がいた。いないはずの人がいた。無人であるはずの図書室に。

さっきの「友達できない私かわいそう」系のつぶやきは、全部きかれてしまった。

変人と思われたかもしれない。

恥ずかしい。死にたい。


理晴の脚がふるえる。肩に一気に力が入る。

理晴は、早くこの場から逃げたかった。

だが思いとどまる。


図書室から、図書委員がいなくなってはいけない。

理晴は、自分の心に、逃げないよう言い聞かせた。


「あ、あの、あの、ちがうの、私、変人とかそんなんじゃないの」


必死の弁解。

聞き入れてくれるだろうか。自信のない理晴の口ぶりは、どもりがちだ。


「本を読んでいたら、気持ちが落ち着かなくなっただけ、なの」


「そ、そうですか…」


「とっ、ところで、あなた、お名前は…」


気まずい雰囲気を変えるべく、強引に話題を変える。


「い、一年の、東川能々(とうがわ のの)といいます…。あの、一応、図書委員、です」


「えっ? 図書委員なの…?」


理晴は信じられなかった。

図書委員の名前と顔は全員一致しているつもりだったが、

目の前の「東川能々」だけは、知らなかった。

長い間、図書委員をしていたが、本当に知らなかった。


「…私、存在感ないですから」


能々は、ぼそっと言った。

今にも消えてしまいそうな、幽霊のような、鬱っぽい表情をしている。


「えっ、いや、そんなことはないよ、うん…」


理晴は、目をそらしながら、弱弱しくフォローを入れる。

が、弱すぎて、フォローになっていない。


「…そうですか」


「そうだよ」


「……」


「……」


沈黙。


話題がなくなったからだろう。

二人の少女は向かい合ったまま。

誰も、何も、話すこともなく、緊張の時間だけが流れる。


理晴も能々も、おしゃべりするような少女ではない。


「あの…」


しばらくして、能々が切り出す。


「あの、真西先輩…ですよね」


「あ、私の名前、知ってるんだ」


「はい…。いつも、ひとりで、委員の仕事をしているから、よくおぼえています」


「いつもひとりで」という言葉が、真西理晴にはひっかかり、ちょっと悲しい気持ちになる。


「そ、そう。いつもひとりで仕事しているの。よく見てるね」


「はい、私、一応、図書委員ですから、陰ながら、先輩の仕事ぶりを、見てました」


「まあ…そうだったの」


そういえば、なんだか仕事中に視線を感じた気がする。

理晴は、思い当たるふしがいくつかあった。

でも、気のせいだと思って、視線を無視していた。

まさか、本当に人の視線だったなんて。

今さらながら驚くのだった。


「ところで、能々ちゃんは、そこで何をしてたの…?」


能々がいたのは、図書室の片隅。

人通りの少ないような場所だ。

昔、ここで、仕事のストレスで頭おかしくなった先生が裸踊りしたが気づかれなかったらしい。

誰にも気づかれないまま、裸踊りは終了し、いそいそと服を着て、帰ったらしい。

そんな噂もたつほどに、人通りがない。


「……」


「……」


「…警備です」


「えっ」


「ここに、変な人が来ないように、警備してるんです、図書委員として」


「それは……」


それは図書委員の仕事じゃないよ。

と理晴は突っ込みたかったが、なんだかかわいそうなので、やめにした。


理晴があとで知ったことだが、東川能々は極端な人見知りで、

図書委員が自分の知らない先輩ばかりで萎縮してしまい、

先輩から図書委員の仕事を教えてもらうのを、すごくためらっていたようだった。


だから、遠くから、先輩の仕事ぶりを見るだけしていたが、

それでは何のお役にもたってないと思い、

自分で「図書室警備」なる、誰もやっていない仕事を作ったりしていたようだ。


なんて人見知りなんだろう。


理晴は自分のことをずっと「人見知りでおとなしい」と思っていたが、

世の中には、自分よりもずっと「人見知りでおとなしい」人がいるんだ、

と能々の一件で感じた。



■2.理晴と能々は似ている


その夜、帰宅した理晴は、パジャマ姿でベッドに転がりながら、枕を抱きしめる。

そして、今日あったことを思い出した。


恥ずかしいところを見られてしまったので、正直思い出したくなかったが、

理晴はなんとなく、能々のことが気になっていた。


能々の特徴を挙げてみよう。

能々はおとなしい。何も言わない。人見知り。明るい感じの子ではない。本が好き。


(それって、私の性格と同じだよね…)


能々の特徴と、理晴の特徴は一致していた。


理晴はおとなしい。何も言わない。人見知り。明るい感じの子ではない。本が好き。

名前を変えただけでも、大して変わりはしない。


(こんなに似ているんなら、もしかしてお友達になれるんじゃないかな)


理晴は、青春小説の影響を受けて、友達がほしいと思っていた。

その矢先に出会った、自分とよく似ている女の子。

もしかしたら。友達に。なれる? 能々ちゃんと。

かすかな希望が生まれる。


(能々ちゃんは、怖そうじゃないし、怒らないだろうし、趣味あいそうだし、

 つきあっても傷つくことがなさそうだし…)


理晴は、傷つくことを恐れ、自分と違うタイプの人間には、あまり近づくことはしなかった。

結果、友達はできていない。

まわりに違うタイプの人間が多すぎたのか、理晴が消極的すぎるのかは、原因はよくわかっていない。

でも、理由はどうあれ、友達はできていない。それだけは事実だった。


(もし能々ちゃんと友達になれれば、自信がついて、私の人生は変わるかもしれない)


人生を変える友達。やや大げさに考える。

それだけ、友達ができるということは、理晴にとって、大きな出来事だった。


(能々ちゃんと友達になる方法を考えよう)


ベッドから起き上がる。

今日読んだ青春小説のページをぱらぱらめくり、ふたたび読み返してみる。


青春小説の序章。

主人公が不良に因縁をつけられ、襲われそうになっている場面。

主人公を助けたのは、同級生の女子生徒だった。

それがきっかけとなり、主人公とその女子生徒は、仲良くなっていく。


(能々ちゃんが、不良に襲われないかな。そしたら私が助けて…ふっふっふ)


少し不謹慎なことを考え、「いやいやだめでしょ」と、その妄想をふりはらう。


「小説はフィクションなんだから、だめだめ。もっと別の方法かんがえないと」


思わず、心の声が漏れてしまう。いつもの独り言だ。

妄想に突っ込みをいれるとき、どうしても独り言が出てしまう。

なんだか恥ずかしいくせなのだけど、長年、治る見込みはない。


(うん…なんか…眠くなってき…)


そして、気づいたら眠ってて、深夜3時になってて、また寝て、朝をむかえるのが、理晴のいつもの習慣だった。

能々ちゃんと友達になる方法は、闇に葬られてしまった。

こうしてだんだんと夜は更けていき、新たな日をむかえていく。



■3.理晴と能々はトイレに行く


次の日。

授業も終わり、また図書委員の仕事が始まる。

理晴は、仕事が落ち着いたことを確認すると、能々がいるであろう、

図書室の片隅へ移動する。能々に会うためだ。


「……」


無言で、近づく。

たしかここらへんにいるはず。


あ、いた。

理晴は、能々の姿に気づく。特に昨日と変わりない。

本を片手に持って、そこにいる。


能々のほうも、理晴に気がついたらしく、理晴に顔を向ける。


「先輩…」


「能々ちゃん」


「な、なんですか」


「いや、ちょっと、能々ちゃんの顔を見に来ただけ」


「……そうですか」


それ以上能々は何も言わず、話が途切れる。

さして話題もないのだから、仕方ない状況ではあるが、気まずいことに変わりはない。


(何をしているの、理晴! 能々と友達になりに来たんでしょうが)


自分を叱咤し、積極的にいくよう促す。


「あの、能々ちゃん…」


「あの、先輩、わたし、トイレに行ってきます」


「あ、そ、そう…行っといで」


話題を切り出したとたん、トイレに行くといって、能々は姿を消してしまった。


話しかけすぎて、うざいから、嫌われてしまったのかな。不安を感じる理晴。

もし嫌われてしまったら…。

どんどん悪い考えになっていく。


数分のち、能々が帰ってきた。

もじもじ。

能々は、股のあたりを手でおさえて、我慢している様子だ。

まだトイレを済ませていないのがわかる。


「ど、どうしたの、能々ちゃん」


能々に理由を訊く。

女子トイレの電気がつかなくて、怖くて戻ってきたらしい。

電気を代えるよう、事務員さんに連絡するなり、

別の女子トイレに行くなり、いろいろ考えられるはずだが、能々はそれをしなかった。


「1年の女子トイレってもうひとつあったんじゃ…」


「幽霊が出るって聞きました」


「2年の女子トイレに行けばどうかしら」


「2年の先輩のトイレを使うのは、ちょっと気まずくて…」


能々は先輩という存在を恐れていた。


部活を見ても、先輩が後輩に厳しくしているのは、見たことがあるし、

少し年上というだけで体格も大きいように見えて、雰囲気も怖い。

本当は優しい先輩もいるはずなのだが、必要以上に萎縮する能々であった。


でも、このまま我慢して、図書室でぶちまけられたら、理晴にとってたまったものじゃなかった。


「1年のトイレは使えるんでしょう。怖かったら、私も一緒に行くから」


「え、でも、そんなことしちゃ、理晴さんに悪いです…」


「図書室で漏らしたら、先生に怒られる」


「うっ…そういわれると…」


能々は少し迷って、「理晴さんと一緒に行きます」と答えてくれた。


能々の手をひきながら、理晴はトイレへと急ぐ。

急ぐ途中、理晴の頭の中で、ふと思い出がよみがえる。


(なんだか、小さな子供のトイレの世話をしてるみたい。

 でも…私の小さいころも、同じ感じだったなぁ)


理晴は、ふと小学生のころの自分を思い出した。

小学生のころの理晴は、今の能々と同じだった。


小学生のころ、能々と同じようなことをして、漏らしてしまったことがある。

他の学年のトイレはあいてるかもしれないけど、他の学年のトイレには行きづらくて。

なんだか、足を踏み入れてはいけない異世界のようで。怖かった。

結局漏らしてしまい、大恥をかいた。今でもトラウマな記憶。


やっぱり、能々と私は似ている。理晴はそう思った。



■4.理晴と能々はパーティを組む


能々は、トイレに間に合った。


用を済ませたあと、能々は小さな声で「ありがとう…ございます」と言った。

先輩の手を焼かせて申し訳ない気持ちと、なんとなく恥ずかしい感じがして、

顔を赤くしている。

能々は、スカートのすそをきゅっとにぎっていた。


「トイレ、暗いね。私、トイレの電気をかえるよう、事務員さんたちに連絡するから」


「はい」


理晴は、事務室へ足を向ける。


理晴は、事務室にひとりで行くつもりだったが、能々がうしろからついてきている。

「図書室に戻っていいよ」と言いたかったが、理晴はやめた。


(またトイレの電気がきれるかもしれないので、今後のためにも

 電気のかえ方はおぼえさせておいたほうがいいかもね)


能々がうしろをついてきたことは、ちょうど良かったと思っていた。


それにしても。


(能々ちゃん、ずっとうしろからついてきてるなぁ…)


能々は、理晴のうしろばかり歩く。

横に来ようとはしない。

ただただ、うしろを歩く。

理晴が「あ、道まちがえた」と足を止めれば、能々も足を止める。

理晴が右向けば、能々も右向く。

理晴が上向けば、能々も上向く。

先頭を歩く理晴の動きが、後ろを歩く能々の動きに直結する。

某有名RPGの勇者たちのパーティのような動きだ。


なぜ能々はうしろからついてくるのか。横に並んで歩かないのか。

理晴には心あたりがあった。


理晴も、クラスの同級生たちと、横に並んで歩くことはない。

理晴はいつだって、同級生たちの一歩うしろから、歩いていた。


理晴は考える。


(なんでだろう。私や能々が、他の人のうしろを歩くのは)


他のみんなと話題が合わないから?


でも、そういうことではないと思う。


先頭を歩くのが怖いから。という一点に限る。


先頭を行けば、誰の背中も見えない。

自分ひとりだけ歩いているような感覚になる。安心感がない。

先頭を行く自分が、道を間違えれば、うしろを歩く人たちを困らせてしまう。

先頭を行く自分が、道を把握してないと、正しい道かどうかわからない。


そんな不安を感じるよりは、誰かの背中を見て、うしろをついていくほうが、安心感がある。

道を間違えても、文句言われるのは先頭の人たちだ。


要は、安心を感じたいのだ。だから、必ずうしろを歩く。


実際に、能々がそのように感じているかはわからないが、

性格が似ているのだから、おそらく同じことを考えているだろうと理晴は思った。


「あっ…」


理晴は小さく声をあげた。うしろにいる能々も、びくっとする。


障害が立ちはだかる。

せまく小さな廊下に、人だかりができている。


大きな声、とがった髪型、乱れた制服、首・耳・口の過剰なアクセサリ。

不良に片足つっこんだような、少し怖い男の先輩たち。

ただ談笑しているだけのようだが、理晴から見れば、鬼たちの酒盛りのように感じた。

怖い。あの人たちの前を通り抜けるだけで、怖い目にあう気がする。

こちらにはまだ気づいていない。


理晴は葛藤する。

あの先輩たちは、悪い人ではないのかもしれない。

小説でも、漫画でも、不良だけど実は優しいという、キャラクターもよく見かける。

だから、現実にも、見た目怖いけど、優しい人もいるので、偏見の目を持たないようにしよう。

でも、やはり見た目の怖さというのは、そんな心構えをあっさり打ち砕く。

おとなしくて怖がりな理晴や能々であれば、なおさらである。


「能々ちゃん、別の道から行こう」

「は、はい…」


ルート変更。

少し遠回りになるが、別の廊下を迂回して、事務室へと向かう。

そしてようやく事務室前にたどりつくのだが…。


「まったく君は、なんということをしてくれたんだ! ぜんぶやり直しだ!」


苦労してたどりついた事務室の雰囲気は最悪だった。

なにやら、ハゲあがった偉そうなおじさんが、若い男の職員を怒っているようだった。

強いお叱りの言葉が、事務室の窓を少しだけ揺らしたような気がした。


「うわぁ、どうしよう…」


今、事務室に入っていいのだろうか。

入るに入れない。


理晴と能々はおおいに悩んだが、「電気の件は、あとにしよう」ということで

結論が一致し、図書室へ戻る。


「ああいう雰囲気は、苦手でね」


「私もです…」


図書室へ戻る道すがら、そんな話題を交わす。


「怒ってる人は怖いよね」


「はい」


「すごく怒ってる人の気持ちって、わからない。

 どうして、あんなに怒るのだろうかって」


「わたしもです」


「怒っても疲れるだけなのにね」


「……。あの、理晴さん…そういえば、今、図書室に誰もいないですね」


理晴の言いたいことをさえぎるように、ぼそっと言った。

能々の望んだ話題ではなかったらしい。


「図書室に誰もいない、か。そういえばそうだね」


もともと誰もいない図書室。

理晴か能々ぐらいしかいない図書室。

それなのに、理晴も能々も、図書室の外を歩いている。


しかし、理晴はなんとも思っていなかった。落ち着いていた。

あわてる様子はない。


図書室はほうっておいても大丈夫、と理晴は思っていた。

どうせ、本を貸し借りに来る人など、ほとんど来ないのだから。


また、図書委員の仕事をよく知らない能々を、図書室に戻すのも心配だった。


「…どうせ誰も来ないよ。大丈夫だよ」


「それも、そうですね」


「あー、でも、もし誰かいたらどうしよう。

 こういうときにかぎって…なんだよね」


「まあ、そういうときは仕方ないと思いますよ」


「…それもそうね」


後輩である能々を安心させるために「誰も来ない」と言った。

そのすぐ次に、「もし。どうしよう」という不安の言葉が出る。


理晴は、自分に先輩らしさがないと感じた。


(まったく、私は…能々ちゃんを安心させたいんだか、不安にさせたいんだか)


理晴は、揺れ動く自分を見つめ、少しだけ反省する。



■5.理晴と能々は一緒に本を読む


「誰もいないね、能々ちゃん」


「はい、いませんね」


幸いなことに、図書室は、理晴と能々以外、誰もいなかった。

聞こえるは2人の声だけ。

本のページをめくる音すらしない。


「…座ろっか」


理晴は、図書委員の座るカウンター席を指差す。

能々は黙ってこくりとうなずく。


「席は2つあるから。えっと、能々ちゃんは、こっちに座ってね」


「はい」


能々は座る。理晴の席の横に。


「えっと、知ってると思うけど、図書委員はこの席に座って

 仕事をするの。本の貸し出しとかね」


「はい」


「まあ、実際にどうやって仕事するかは、他の人が来たら

 見せるから、それまで待ってましょう」


「はい」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


2人が席に座ってから、無言の時間だけが流れる。

待っても誰も来ない。そんな図書室に、図書委員の仕事などあるはずもない。


そのうち、能々は座るのに飽きたのか、どこからか本を取り出すと、黙々と読み始めた。

理晴も、そんな能々の様子を見て、自分も本を読み始めた。


ぺら。ぺら。ぺら。ぺら…。

沈黙の空気に、ページをめくる音が加わる。


理晴は退屈していた。

本を読めば退屈をしのげると思っていたが、どうにもつまらない。本の内容が。

国語の教科書に載っている文学作品を読んでいるような気分になる。


そんなわけで、理晴の心は、本から離れていく。

隣に座っている能々の読んでる本に、興味がいく。

理晴の目がゆっくり動き、能々の本をとらえる。


理晴は、訊いてみたかった。能々がどんな本を読んでいるかを。

能々の読んでいる本は、ブックカバーがかけられていて、外から見てもどんな本かよくわからない。

能々に声をかけてみる。


「…能々ちゃん」


「はい」


「能々ちゃん、どんな本を読んでいるの」


「えっ…」


びくっ。能々の顔が、こわばった。

と同時に、自分の本を手で覆い隠す。

能々の表情と動きを見て、理晴は「ああ、訊いていけないことを訊いてしまった」と察知した。


「その…恥ずかしいので…」


「そ、そう。恥ずかしいなら言わなくていいのよ」


ふたたび沈黙の時間に戻る。気まずい沈黙の時間に。


(恥ずかしい内容の本なんだ)


理晴は、能々の「恥ずかしい」を、「恥ずかしい内容」だと解釈していた。


(恥ずかしい内容の本って何なんだろう。もしかして…)


人間、あまりに暇すぎるとおかしなことを考えてしまう。

理晴も例外ではなかった。


(能々ちゃんって、結構過激なものが好きなのかな。

 …あんなにおとなしいのに。信じられないよ。

 いえ、おとなしい子ほど、内面が過激かもしれないし…)


だんだんと、あらぬ方向に考えがいく。

理晴の頬が赤みをおび、胸が熱くなる。


「…教えてください。この本に書いてあることと、同じことを」


なんてことを、横にいる能々が突然言ってきて、せまってきたらどうしよう。


(もしそうなったら、どう対応しよう。

 「だめ! やめて!」なんてはっきり言ったら、能々ちゃんが傷つくかも。

 ここは優しく、「だ、だめよ、そういうのはもっと仲良くなってからでないと」って言っちゃう!?

 でも、そんなこと言ったら、あとあと面倒になるし…)


などと、妄想がふくらんでふくらんで仕方ない理晴だった。


「理晴さん」


「ふぇ!?」


「あの、理晴さん、教えてください」


「!」


「…理晴さん?」


「だだだ、ダメよ! 私そういうのよく知らないし!」


「え? 知らないんですか? …図書委員、なのに」


(えっ!? 図書委員って、そういう知識を知っているの!?

 いや、たしかに本はいっぱいあるけど、そんな本を学校に置いちゃだめでしょ)


「し、知らないの。私、他の図書委員の人と話したことないから」


「あ…そうなんですか」


少し残念そうな顔をする。

能々は、図書室の時計をじっと見る。


「…さすがに、夕方までには終わりますよね。図書委員のお仕事」


「えっ?」


「図書委員の仕事が、終わる時間を教えてもらおうと、思ったんです」


「あ、あははは、なんだ、そういうことなの。私てっきり…」


「てっきり?」


「う、ううん、なんでもないの…」


「?」


能々は首をかしげる。きょとんとした目。理晴の反応を不思議がっている。


理晴は、勘違いをしていたことに気づき、恥ずかしさに顔を赤らめた。

能々には、なぜ理晴の顔が赤いのか、よくわからないのだった。


理晴と能々の図書委員の日々は、これからもまだまだ続いていく…。


第1話 終わり

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