サヨナラの線香花火
ぱちぱち、ぱちぱち
線香花火の炎が燃え爆ぜる。小さな光が辺りをぼうっと照らす。周りには誰もいない。二人だけだ。淡い光を通し、二人の薄い影を作り出している。
ぱちぱち、ぱちぱち
線香花火の穂先についた赤い膨らみが熱を帯びて辺りに弱い火花を散らしている。
線香花火を持つのは一組の男女。男の方はラフな格好だが、女の方は浴衣姿だった。二人は自身が持つ線香花火を見入っていた。
ぱちぱち、ぱちぱち
弱々しくも健気に散らす火花。他の花火みたいに華やかさは無いが、こういった場所では最適だ。雰囲気もそうだ。
「きれいだね…」
「ああ……」
夏の終わり、そういった感情を線香花火は喚起させる。騒々しかった夏も終わり。これからは作物の収穫を祝う秋だ。虫や生き物たちは冬ごもりの為に食料を調達し、生活するために寝床も用意する。
生きる為に、命をつなぐために。
だが私は…
「もう、夏も訪れないんだ…」
「………」
癌が見つかって五ヶ月。治療不可能な場所に癌が発見され、死を宣告されたのが四カ月と少し前。
余命は七ヶ月。こうやって外に出歩くのも普段は控えるようにと言われている。だが体調が良く、激しい運動をしないのなら、と医者からお達しを受けて今に至る。
何か最後に思い出を残したいと願い、花火はどうだと立案したのが彼。私の幼馴染み。いつも私に優しく接してくれて、病気がちだった私を見舞ってくれた。明るい性格で誰とでも仲良くなれる太陽みたいな人。
「あっ…」
ぱちぱち、ぽと…
唐突に、落ちた。あっけなく、一瞬で。線香花火なんてあっという間に終わってしまう。私の命みたいだ、と思った。
今のが最後の花火。彼の線香花火も燃え尽きて、小さな花火大会は幕を閉じる。
「「………」」
しばし無言が続く。お互い言葉を探りかねている、そんな様子だった。
「えっと…その、」
彼はしどろもどろだった。当然だと思い、クスリと私は笑った。
「今日はありがとう。私のために用意してくれて、とても嬉しかった」
本心だった。なにをしていいかわからず、私を導いてくれたことにすごく感謝してる。今までの分を含めて。
「私も何かお礼をしたいけどこの身体じゃ無理だから…」
「そんなの…いらないよ。見返りなんて求めてないから。これは全部僕の善意、おごりだよ」
彼は無理に取り繕うと必死だった。普段の明るさからは想像できない、レアな光景だった。ちょっと優越感。
「なら、私の話を聞いてくれる?」
おもむろに立ち上がった。私は彼に背を向けて語り出した。
「私の命も残り僅か。病気がちだった私に今まで世話になった人に感謝の気持ちを、今ここで述べたい」
それはすなわち…彼のことだ。
「今までありがとう。こんなひ弱でつまらない女の世話に時間を費やさせてしまって、たいしたもてなしも出来ない恩知らずの女を見捨てないでくれて、とても嬉しかった。このありがとうは幾らあっても足りない、補うこともままならい。」
ああ、世界はなんて非情で、無情なんだ。伝えたいことがあるのに伝えられない。送りたくても届かない。そんな理不尽に溢れている。神様はなんて残酷なんだ。もっと、公平な世の中にしてくれたっていいじゃないか。どうしたって不幸なものが不幸で居続けられなければならないのか。贈りたい言葉が見つからない。それは私の頭脳が足りていないのか、神が妨げているのか。間違いなく前者だ。でも最後くらいくれたっていいじゃないか。もうじき私は女神に打ち切られ、死神に連れられる。そうなるともう何も言えなくなる。それは嫌だ。
お願いだから神様。
私にほんの少しだけでいいんです。
ほんのちょっぴりの
勇気を
私に下さい……!
すると内側から熱いものがこみ上げてくる。熱い感情の激流が私の体を駆け巡る。
ありがとう、神様。もう悔いることはありません。一言だけ、言わせてください…
「私が言う言葉はこれで最後」
彼は驚愕していた。突然何を言うんだ、と顔にはそう書いてあった。私はヒドく真面目に、言った。
「私は、あなたのことが、好き」
言った。言ってやった。私の気持ち。数年前から今も変わらない私の本当のココロ。神様がくれた少しの勇気で、最後に言えた。遅すぎたかもしれない。でも言えた。
彼は開いた口がふさがらないようになっていた。まさかこの状況で言うとは思いも寄らなかっただろう。
「ぼ、僕は…」
「言わなくていい」私は口を開こうとした彼の口の前で手のひらを当てた。
「返事はいらない。これは、私が、私の気持ちを伝えたかっただけだから。それに返事を聞くと別れがつらくなるだけだから…」
不思議と緊張はなかった。ただ、冷たい何かが押し上げてくるのは痛いほどよく解った。 それが何なのか、私には解っていた。
「だから…私を、振って、お願い」
彼は私の幼馴染みだ。私が言いたいことが解るはずだ。彼は苦い顔をしていたが、やがて顔上げて、
「ごめん、僕は、君とは……」
その後は言葉が出ていなかった。でもそれでも十分に意味は伝わる。
「…うん、ありがとう」
返事としてはおかしい。だが私には満足だった。私は階段を一段降りる。
「私、もう病院に戻らないといけないから片づけはごめんだけどひとりでやっといてくれる?」
「…あぁ」
方便だ。まだ帰るには時間がある。だがここにはもう用はない。階段を一段、一段降りる。下駄の音が異様に大きく聞こえる。
そして階段を降りきった。
すると、腕に冷たいものが落ちた。それはぽつぽつと腕に当たり、腕伝いに地面に落ちて、溶け込んだ。それは顔から流れているようだった。
「あれ…どうして私泣いてるのだろう?」
両手で顔を探る。両目から止めどもない涙が溢れんばかりに流れていた。
「おかしいなあ…泣く要素なんてどこにもないのになあ」
気丈ぶった表情をとる。精神の崩壊を寸で押さえている。
悲しくないわけ、なかった。数年も前から彼を好いていたのだ。病気程度で諦めきれるわけがなかった。けど自分は病を患んでいる。彼と付き合う資格はなかった。病気の私よりも違う誰かの方が彼も幸せに決まっている。私の傲慢な思いよりも彼の幸せを私は願っていた。
もう命が短いことは判っていた。ここ最近身体がだるく、咳もヒドくなっている。二カ月と待たずに死ぬだろう。だから言っておきたかったのだ。私の気持ちを…
「サヨナラ、私の好きだった人……」
闇は深く、濃くなっていく。暗い道のりを、私は歩く。その魂はどこへ行くのか。わからない。
最近夜が結構涼しくなってきましたね。秋は大好きです。暑くもなく、寒くもなく。節度をわきまえているのがいい。でも春は嫌いです。花粉症だからです。とりあえず春よやってくるなと念じ続けているカヤです。六作目です。いきなり滑り出しが時節の挨拶となりました。どこか大人っぽいですね。内容は子供ですが。
話が飛ぶんですが僕は学生です。学生ですから学校から親宛てのプリントとかを貰うわけです。そのプリントの一番上の文章に「盛夏の候、皆様方には~」とか書いてあるわけですが、あれ要らなくねとか思いました。思っただけです。深い意味はありません。この世は意味不明なことで満ち溢れているんですから。
少々話が読者目線だとめんどくさくなっているはずなので。
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