第六話 こんま0,1秒の差
子よ、見よ。
母はココに。
偉大なる心に
子よ、感じよ。
声はココに。
盛大な地球に
信じよ。
されば
光は必ず
そなたに
降り注ぐ
子よ、迷える子よ。
言葉に耳を傾け
誘い、誘われるがまま
祝福に身を任せ
我が子に聞かせよ
この言葉...
「ん...?」
インはムクリと自分の寝ている場所から起き上がった。
頭はボーっとしている。
ついさっきまで懐かしい声が聞こえていたような気がするが、まったくもって思い出せない。
そして自分の置かれている場所が、台所に近い所だと把握したのは飾られている五本の薔薇、シルクロードを見た時だった。
「ソファーで寝たっけ??」
服は気絶した時のまま。
しかし、髪もソファーも塗れていない事からして、多分、自分が倒れていた時に父親が探し出し、家まで連れて帰って、髪や服を乾かしたりしてくれたのだろう。
風邪を引かぬように。
「...すー...」
見渡せば父親は自分の直ぐ側で寝息を立てている。
「お父さん...」
一応、声は掛けてみたが、相当疲れているのか、グッスリと眠ったまま目覚めない。
カレンダーを見てから台所の時計を見て、丸一日眠ってしまったことに気がつく。今の時間帯は窓から見て夜らしい。
「...十九日まであと五日...」
思い出さなければ、夢の中の彼女は自分を壊すと言っていた。
加奈を消す。とも。
ならば今すべき事は忘れている何かを思い出せば...あるいは...
「加奈が消えてしまったんだ...僕がやるしかない...そして、必ず」
加奈を探し出す。
そう強く決心をしながらインはすぐさまソファーから起き上がり、父に置手紙を置いて出かけていった。
あとに、イン父が目を覚まして手紙を読んだ後、焦った様子で家から出て行くのは今から数時間後のこと。
「曇ってる」
空を見上げればまだほんの少し明るいものの、雲が空一面に広がっていて、今にでも雨が降ってきそうな雰囲気だ。
「ま、いいか。」
目指すは夢に出てきた遊園地へ。
「必ず...加奈を...見つけ出す。」
パンジー、君の思い通りにはさせないよ。
気絶する前に見た先読みで...少し思い出したんだ...君の名前だけだけど...
そう思いながら彼は黄色い髪を夜風に揺らしながら遊園地手前までやってきた。
中は明るく、照明やらカラフルに綺麗に見えるようにアレンジされている。
「こんなに変わったんだなぁ...この遊園地...」
もうどれ位ここへ来なかったんだろう?
ライトアップされたこの明るい場所が少しだけ暗い気持ちと暗い天気を晴れやかにしてくれそうだ。
パンジーとの出会いや別れを経験してからは来るのを拒んでいた。
あの時の事を一刻も早く忘れたかった。
でも、今になっては忘れた事を思い出そうと必死になってる...
結局は忘れてはならなかった。
大事な自分の人生の記憶...過去に起こった事全てが、自分と言う命。
それなのに忘れてしまった。
思い出そう。
大事な事を一つ一つ...
そして出来たら...もう一度パンジーに会って...謝りたい。
インが色々と思考を張り巡らせていた丁度その時だった。風が吹き、木々がざわついた。
白いベンチがあった。
辺りは暗いはずなのに、まるで日の光を浴びているように白くそこに滞在している。ただ、そのベンチはインには酷く懐かしいモノに思えた。そしてふと、ある残像が見えてくる。
ベンチに腰掛けている十歳くらいのツインテールの黒髪の女の子
同い年の“誰か”が彼女の手を取りあちこちへ遊んでいく
インはその残像を追った。
次々と遊びに転移していく二人の子供。
そして入ってはならない場所への侵入。
不意に止まる赤いドレスの女の子。
不安げに呟く彼女の声は...インには掠れるようにしか聞こえない。
遠くで鉄の音。
彼女は怪しげに笑っている。
何かを喋っている
そして―――相方の男の子が暴走したピエロのジェットコースターに轢かれる寸前、彼女が蹴り上げ彼を移動させた。
しかし、引き換えに彼女に激突
赤が舞う。
男の子はそれを間近で見つめ...やがて気絶
「何だこれは?」
そう言いながらインは元のベンチの場所へ走っていく。
そうだ、あのベンチで...
頭が割れるように痛いが、何とか踏ん張る。
「ここで、パンジーと出会ったんだ...」
あの男の子はきっと自分だ。
そして立ち入り禁止の扉へ戻り、悲しげに洞窟っぽい中を見渡す。
残像がまた現れた。
「ねぇ...らない?...●君...」
掠れていた声が徐々に聞こえてくる
「ねぇ、戻らない?●君...怖いよ...アタシ、暗いとこ嫌い。」
途端に頭に激痛が走る。
「そっか、ここで...」
全てが始まったんだ。
風が吹く。木々が揺らされ葉っぱが舞う。
雨のように踊る。そしてそんな中に一つの声が響き渡る
「思い出したんだね?」
その声はインがとても待ち望んでいた者の声。
しかし、どこか刺がある声だった。
反動で振り向けば、そこには居なくなったはずの加奈が。
薄く笑いながらインを見ていた。
「良かったね?これで全て何もかも解決だね!」
待ち望んでいたはずの笑顔なのに...ドコかが違う...
インはそう思えざるをえない。
自分の素直に駆け寄って行きたい気持ちと、何かが違う加奈に疑問を持って「おかしい」と思う自分の思考。
いたたまれなくなって、インは加奈に聞いた。
「加奈...だよね?」
「そうよ?どうしたの。私を探しに遥々来てくれたんでしょう?」
「う、うん...」
すると彼女は嘲笑にも似た笑顔で笑うのだ。
そして一瞬その笑顔を消して鋭く睨みながら聞いてくる
「じゃあ、アナタのその怯えた瞳は何?」
彼女の顔に影が差す。
うっすらと微笑む姿は遊園地の色とりどりのライトアップにて、ますます妖しく目に映る。彼女が一歩インへ歩を進めると、彼は一歩後ずさった。
そして黄色い髪の子は意を決して叫ぶ。
パレードの騒ぎ立てる音にもかまわず、彼は声を振り絞り、勇気を持って前に居る加奈に疑問を、確信をぶつける。
「君は...加奈じゃない!誰なの?!」
突然の彼の態度に、彼女は笑顔絶やすことなく、しかし目は鋭いまま。
「フフ...」
彼女が笑う。パレードの音がウルサイ。
「フフフ...正解でもあるし...不正解でもあるよ?イン君...」
何の事か分からないインはただ、不吉に静かに笑う彼女を見てるだけ。
聞こえてくる音楽や光は今のインには鬱陶しいだけ。
しかし、彼女はそれさえも嬉しそうに見上げ、楽しそうに笑う。
「今はアタシがこの子、加奈なの。この子の精神はもう、無いわ...」
「...え?」
すると、驚いたインを見ながらクスクスと笑う。
まるで、その反応が見たかったかのように。
オレンジ色のワンピースを堪能するようにくるりと回る。
両手を広げてからゆっくりと自身に手をかざす。
「体を貰ったの。だから、今はアタシが加奈。」
目眩がした。
まるで世界が180度回転したかのような、そんな衝撃をインは感じた。
フラリとよろめき、近くにあった策に身を委ねる。
そんな、まさか。
加奈が...?加奈がパンジーになった??
馬鹿な。そんな事って...
「有りえる筈が...無い...」
言いながら足に力が無くなり地べたへストンと尻餅した。
夜の公園は身も心も凍ってしまいそうだ。
風も、地面も。何もかも。
震える。手が。足が。視界が。
ぐるぐると回る。風が、音が、光が、音楽が。
加奈の顔が。笑顔が。
「良いじゃない。これでアナタとアタシはずっと一緒だよ?」
そう言いながら彼女はインを抱きしめた。
しかし、彼は直ぐさま彼女を突き飛ばす。
「触るな!!」
まるで別の、この世のものでは無い生き物を見るかのような目で睨み、よろめきながらインは立ち上がる。
「返せ...」
俯きながら弱々しく呟く。そしていきなり顔を上げながら大声で言った
「加奈を返せぇぇええ!!」
彼女は無表情にインを見ている。
そして意を決したかのような笑顔を見せた。
どこか儚く、悲しげに。
途端にインの体は力を失い、倒れそうになる。それをいつの間にか側まで来ていた彼女が受け止めた。
するとフワリと体が浮かび、不思議な感じがしたと思ったら、ジェットコースターの立ち入り禁止の中へ移動していた。
不吉に耳もとで彼女は笑いながらこう言う。
「全てが始まった場所で、全てを終わらせましょうか...」
すると遠くで機械の音。次に錆びた音。
「この音は―――...?!」
近頃ずっと聞いていた音だ。夢で、先読みで、残像で...
「まさか、ピエロのジェットコースター?!」
そう言いながらパンジーから離れようとするも、凄まじい力で抱きつかれる。
「一緒になれないのなら...何もかもイラナイ...」
静かに語るパンジー。
その声は震えていて、今にも泣き出しそうな声。
「君とアタシが、今度こそ一緒になれるように、一緒に逝きましょう...全てを捨てて。」
ライトの光を頼りによく見れば、線路のど真ん中にいた。
周りは洞窟っぽい場所で、しかも一切人気が無いところだ。
何故、人がいないんだろうと疑問に思い、回りを見渡し、一つのプレートがあることに気づいた。
“注意。取り壊す事になったピエロのジェットコースター。危険なため、立ち入り禁止”
やばい。これはやばい。
ふと、この前見た夢がインの頭を過ぎる。
引き裂かれ、死ぬのは...自分だと思ったら加奈だった...
このままじゃ、確実に加奈は死んでしまう。いや、それどころか自分も一緒に。
機械の音がどんどんと近づいてくる。その度に周りが揺れてギシギシ音が鳴る。
パレードのうるさかった音は遠い。
どうする?パンジーのように自分の命を捨てて相手を助けるか?
でも、そうしたら確実に生き残った方は悲しむ。
結果がどうであれ、誰かが悲しむのだけは避けたい。でも。
生きるか、死ぬか。運命の時間がやってくる。
うだうだと考えてる余裕は無い。
「運命に逆らわない方が良いわよ?どっちみち...この話にハッピーエンドなんて...存在しないんだから...」
悲しげに笑う加奈もとい、パンジー。それはまるで、全てを諦めたかのような言葉。
ガタガタ揺れる線路。近くで風を切るような音。
「ほら、もうすぐで...終わる。」
ジェットコースターは勢いを増して攻めてくる。あと二分たらずだろう。
そんな時、夢の中の歌声が聞こえたような気がした...
子よ、見よ。
母はココに。
偉大なる心に
子よ、感じよ。
声はココに...
「...けるな...」
「え?」
「ふざけるなぁぁあああ!!」
甲高い、腹の底から上げた声が響き渡った。
「運命とか、宿命とか、くだらない!!」
激突まで後40秒
「ただ、色んなことから逃げて、面倒だからって捨てようとしただけじゃないか!!」
「な...にを言って...」
いきなりのインの行動にパンジーも目を丸くして驚いている。
「生きるのが面倒とか、運命だからって諦めて従うなんて!!そんなのただの“逃げ”だ!!」
あと30秒
「僕は、重くても辛くても逃げずに戦ってきた!!お陰で過去とも和解できたんだ!!大切な人も増えていった...」
夜空に響く彼の声は、どことなく力強くて。
瞳には揺るがない決心が見てとれた。
ライトアップされた彼の黄色い髪がどことなくキラキラピカピカ輝いている。
その真剣に一生懸命に語る姿はとても頼もしく見える。
「だから、僕は最後の最後まで諦めない!!僕を信じてくれた人や助けてくれた人...支えてくれた人たちを...悲しませたくない!!」
あと25秒
「運命が敵と言うならば!!僕はそいつとも戦ってやる!!そして全てを背に抱えて歩いていってやる!!」
「無駄な事を...」
「無駄なんかじゃない!!それに、僕は...君にも運命にも...」
立ち上がった彼の後ろにピエロの間抜けな顔。
しかし、彼はそれも気にせず夜空に叫ぶ
「負ける気なんかサラサラ無いんだよ!!」
あと15秒
「...終わりよ。認めなさい...」
振り向けば、ジェットコースターはもう既に目と鼻の先まで来ていた。
しかし、それでもインは諦めたりしていなかった。
なんとか軸をズラそうと足に力を入れて駆け出した。
ドン!
彼が自分の力のある限り加奈、もといパンジーを押す。
しかし、やはり近い事もあって、どうしてもインだけが轢かれてしまう構図になった。
パンジーは目を見開きながら驚いている。
まさか、こんな事態でも他人のために命を投げ出すなんて。と。
あと5秒
インが押し、彼女が線路から少し離れたことに、少なからず安心したが...
自分の方は、もうすでに絶望的だった。
機械はそのままインを轢いてしまうだろう。近すぎるし、なにより時間が無い。
それでも、せめて目だけは前を見据えようと頭を上げた。最後まで自分の意思を貫こうとした。
死んでたまるか。意地でも生きてやる。
あと1秒
一枚の葉っぱが舞い降りたような気がした―――
そんな時だった。またもや、聞こえたのだ。優しい、あの母のような歌声が。
信じよ。
されば
光は必ず
そなたに
降り注ぐ
子よ、迷える子よ。
我が子に聞かせよ
この言葉...
愛してる。
この気持ち...
言葉に託そう...
あと0,1秒
ザッ!
そんな、風を切り裂くような、音がした。
ドサリと耳元に何かが倒れる音が聞こえるが、衝撃は―――無い。
あと0秒
ガタガタと機械の通り過ぎる音が直ぐ近くで聞こえる。
...一向に衝撃は無い。
あるのは暖かいものに包まれているという感触だけ。
どうやら何とか事故は免れたらしい。
そして何かに護られたらしい。
自分がまだ生きていることに少し安堵するにも、何故?と言う思考が彼の顔を上げさせた。
「この、大馬鹿息子!!」
そんな、優しいような厳しいような声が辺りに響く。洞窟なのでなおさらだ。声にエコーもかかって迫力は抜群だった。
「お...とうさん?」
そこには、睨むインの父親がいた。
「起きたらお前の姿は無いし、置手紙見て、車すっ飛ばして来たんだぞ?!」
パンジーの方も目を点にしている。
「どうして...お父さんが居るの...?」
「それはコッチのセリフだ!!何でこんな危ない場所にいるんだお前達は?!」
そう怒鳴りながら二人を同時に思いっきり抱き寄せた。
言葉と行動がハチャメチャになっているが、耳元で「心配したんだからな...お前も俺を置いて死んじまうかもって思った...」という呟きを聞いて、インは微笑んだ。
パンジーは目が泳いでいる。驚きを隠せないようだ。
「でも、お父さんこそ、どうして僕らがココにいるって分かったの?」
「お前の『ふざけるな!』って言う大声が聞こえたからだ。」
「聞こえたんだ...」
と苦笑うインを他所に、パンジーは悲しそうに「居なくなって欲しくなかったんだね」と呟いた。
イン父親は抱いていた二人を名残惜しく放しながら、かつ、その危険な場所から出て行く。
もちろん、二人の手をしっかりと逃がさんとでも言うように繋ぎながら。
その父の迷わない行為に驚き戸惑っているパンジー。
しばらく歩いていて、一つのベンチへと座った。
「うーん、なにから話そうか...」
どうやら父は何か話があるようだ。
「インの母親シルクは、こいつが七歳の時入院したんだ。まぁ、昔から体は弱いほうだったから、今回も少しすればまた元気になると思ったが...」
「知ってるよ...会いに行った時、お母さん顔色良くなかったもん...それから三日後に...」
二度と会えなくなった。
その言葉を聞き、パンジーもしおらしく大人しくなる。
「でもな、インの事が心配で心配で仕方がなかったらしくて...今だ成仏出来てないみたいで、時々インが危険な目に合うたび助けていた。」
「見守っててくれてたんだ...でも、まだ成仏できてないの...?」
「そうみたいよ。」
今まで黙っていたパンジーが口を開いた。途端に周りが眩い光に包まれる。
そして目を開ければ、そこには――...
「シルク...」
「お母さん...」
そして、急にパンジーが悲鳴を上げ、苦しみだした。
『アナタの事は...知っているわ。パンジー...その体、元の主に返しておあげなさい...』
「嫌!嫌よ!!アタシは...彼が好きなの!!誰にも渡したくない!!彼と一緒にいたい!!」
彼女の気持ちは彼女自身を縛り上げているようだ。
さすがに余白を入れすぎたかな...?