第五話 契約
ここはドコなのだろう?
そう思いながら加奈は自分の神経を集中させ、まず自分に何が起こったのか考える。たしか雨の中、インの家へ行こうとして...後ろから誰かに声を掛けられて...
そうだ。振り向いて女の子が見えて...
でも、よく見たら彼女は透けていた。
その姿に唖然としていると、またも後ろから人の気配がして振り向く間もあたえずに、意識が遠のいていった。
気づけば体が少し痺れている。
でも、何故に暗闇の中に居るのだろうか...そう考えてからまだ肝心の目が開いてない事に気ずく。
しかし力を入れても目蓋は重く、まったく開いてくれない。
どうしたものか。
そんな風に考えていた時だった。急に目の前が明るくなった。
暗闇な空間は遊園地の背景になっていて、皆がみんな、仲良く笑いながら遊びに夢中になる。退屈しなさそうな場所。
そしてフと気づけばあるベンチに腰掛けている十歳くらいのツインテールの黒髪の女の子が寂しそうにアイスを食べていた。
あの子は何をしているのだろうか...
こんな所で一人で遊びもせず虚しくアイスを食べるだけなんて...
しばらくその遊園地の楽しいイメージから遠くかけ離れた絵を見つめていた加奈だったが、ある人物が現れた事により驚きの声を上げた。
だが、まるで彼女の声も姿も見えていないように誰も気に留めることはなかった。
そう、そこに居たのは紛れもなく自分の良く知るあの子。
黄色い髪をした自分を救ってくれた...
「イン?」
しかし、加奈の知るインとは若干違う。
背丈や声、顔さえも幼い。
あの十歳位の子と同い年なのでは?と思えるほどにその姿は小さかった。
「ねぇ。何してるの?」
黄色い少年は笑顔で黒髪の少女に聞くが、彼女は遠慮がちに「アイス食べてるの。」と言っただけ。
その返事に「ふーん。」と返すだけの彼。
「お家の人は?」
「...今は居ない。」
「じゃあ、来るまで僕とお喋りしない?」
そう言いながら笑う様は正しく彼のミニバージョンで。
そして二人は他愛も無い事を駄弁っていた。
しばらくして彼女の両親が現れ、インも一緒に行動し始める。
メリーゴーランド、コーヒーカップ...様々な乗り物やアトラクションをインと少女は手を繋ぎながら楽しそうに堪能する。
そう言えばあの女の子は雨の日に出会ったあの子と瓜二つだ。着こなしているドレスも一緒だ。
どう言う事なのだろう?そう思いながら目の前の光景を見続ける加奈。
一方、彼らはと言うとアイも変わらず楽しそうにお喋り。
もしかしたら、インは昔この子と友達だったのかも...だとしたら、今見てるこの映像は誰かの記憶かもしれない。
だとしたら、一体誰の...?
そう思いながら顔を上げた加奈は二人の子供が仲良く手を握り合いながら...親の目を盗んで入ってはいけないアトラクションの裏側にあった扉を開き、入って行くところを見た。
そこに“関係者以外、立ち入り禁止”と書かれた看板があり、別の入り口には“恐怖の最速ジェットコースター、ピエロ君二号。十二歳以下は立ち入り禁止です”と書いてあった。
ちょっと、あの二人やばいんじゃ?そう思いながら、その二人の後を追った。暗い通路をしばし歩いていく。途中で二人の声が聞こえる。
「ねぇ、戻らない?●君...怖いよ...アタシ、暗いとこ嫌い。」
「大丈夫だよ。何があってもパンジーは僕が護るよ。」
「本当に?ずっとアタシの側にいる?」
「うん。」
すると彼女は薄暗い中、不気味に笑った。彼女の瞳の色が先ほどと異なっている。黄金の色だ。まるで...あの時のインのように。
「じゃあ、契約して。」
「けいやく??」
「そう。もし、アナタがアタシを忘れたら...アナタも忘れて。自分の名前も、何もかも。そして、壊れて。」
そう言いながら彼女は両手を彼の頬に寄せた。そしてジッと彼の目の奥まで見つめる。彼女の瞳がますます黄金に光輝き、そして。
「アタシだけを見て。たとえアタシが死んでも。誰のものにもならないで。アタシだけのものになって。」
「パンジー?何を言ってるの...?」
「アタシだけを思って。アタシだけを愛して。」
そう言いながら彼女は彼に近づき、契約の印を首筋に施した。
途端にインは苦しみだし、地面へ倒れる。
体が思うように動けないのだろう、所々痙攣していた。
その直後。
奥から錆びた機械同士のこすれる音がしたと思ったら、暴走したあのピエロのジェットコースターが突っ込んできたのだ。
それを見てパンジーと呼ばれた少女は、ほくそ笑んだ。まるで事前にそうなると知っていたかのように...
「アナタにあげたアタシの力はね...あなたを助けると同時に苦しい思いをするキッカケとなる。」
でもね?上手くコントロール出来れば...誰かを助けられるかも...
そう言いながらクツクツと喉で笑う。死が迫っているというのに。
「アナタはずっとアタシのものよ。それを忘れたら...」
蘇ってアナタを壊してあげる。
そう呟いたかと思うと彼女はインを蹴り飛ばし...そして自分はジェットコースターの衝撃をもろにうけた。
「なにこれ...」
加奈は震えていた。
怖い。あの子が。
死を目の前にしてインを自分の力と想い...いや、呪いだろうか。
それでインを縛り上げた。彼を助ける代わりに力も与えて。
しかし、助かろうと思えば自分も助かったはず。
なのにあの子は、それをあえてしなかった。
死を選び、インを契約と言う形で束縛したのだ...
「●君に気に入られた加奈ちゃん。」
ふと誰かの声が後ろで聞こえた。
「これで分かったよね?アタシと彼の繋がり」
今さっきあの乗り物の餌食になった彼女がそこにいた。
「彼はね?アタシとの契約忘れちゃったの。アナタと出会ってから。」
「...私と出会ってから?」
「そうよ。アタシのために死のうとまで思ってくれてたのに。アナタと出会ってから彼はアタシを忘れていった。それが許せなかった。」
「冗談じゃないわ!!」
いつの間にか加奈は声を張り上げていた。
「全部貴女の我侭じゃないの!死ぬって分かってたんなら避けられたはずよ!どうして死ぬ方を選んだのよ?」
すると黒い髪の子はクスクスと笑いながら言った。「威勢が良いのは悪いことじゃないわ。」と。
その揺れる黒い髪はまるで黒いパンジー・フラメンコ・ネローネのようだ。
たしか、花言葉は『物想い、純愛、私を思って。』
そして赤い上品なヒラヒラドレスは赤いチューリップ、インデフランスのよう。花言葉は『愛の告白・愛の宣告』。
まるで彼女そのものだ。
なのにどうして生きる事を諦めたのか。
そして何故インを束縛したのか。
「アタシの名前、両親がつけたの。二人ともアタシのような【先読み】が出来た。だからアタシの名前にヒントがある。」
加奈はただ単に聞くことしか出来なかった。
いや、不思議と何も会話しなくても相手に伝わるような妙な感覚に陥っていた。
「アタシの名前はパンジー・マウントタコマ・クリスフォース...真ん中のが白いチューリップの名前よ。花言葉は」
【新しい恋・失われた愛・失恋】よ。アタシにピッタリでしょう?
「でも、待って!それだけで諦めるなんて...」
「...アタシの目が黄金に輝く時...少し先の出来事が見えるの...さっきの場所で本当は誰が死ぬ予定だったか...分かる?」
分かるわけがない。そう思っていると不思議に彼女は笑う。
「だよね。」
?!今言葉に出していないのに...さも私の
「思考を読み取っているみたいで気持ち悪い...か。」
こんどは言い当てられた上に思ってた思考そのままそっくり言葉を返してきた。
もはや偶然などと言い切れるものじゃない。
「クス。彼とした契約にちゃんと言ったじゃない。蘇るって。」
「それとどう言う関係...」
「蘇るためには...彼が一番に大切に思う者の体を貰わなきゃいけないの。」
嫌な予感がした。
「でね?それが貴女。せめて何でこんな事になったのか見せてあげようと思ったの。だからね?アタシと彼のためにも...」
貴女は消えて。
変わりに私がこの体をもらうから。
急激に眠気が襲う。体が硬直し、目眩がする...
ああ、自分はこうして終わってしまうのか...
「言い忘れてた。あそこで死ぬはずだったのはね...」
彼女の声がかろうじて聞こえた。
「貴女がインと呼ぶ彼よ。」
その言葉を聞いたが最後、加奈は意識や体の感覚全てを無くした。
「イン...」
そう呟き、加奈は消えていった。
「クスクス。待っててね?インと呼ばれる狂おしいほど愛しいアナタ...」
これでやっとアナタを壊せる...
一方、そのころ。
インは雨の中の道に倒れていたのをインの父親と加奈の両親が発見し、家へと運んだ。
加奈の両親も話をまとめる為にインの家にお邪魔していた。
直ぐ横でインの体を拭く父親を見ながら、加奈の父が少し信じられないような顔をしていた。
「こんな幼い子が背負える物じゃないだろうに...」
「そうね...未知なる力と無理やりの契約。彼女の死、そして加奈が姿を消した事により...精神的に強いダメージを受けたんだわ...」
二人を他所にインの父は一通り拭き終わり、インをソファに寝かせた。
「...我々が出来る事は本当に少ない。殆どが当事者のこの子と加奈ちゃんしか、この問題は解決出来ない...」
「そう...私達は支えることしかできないのね...」
うなされているインを横目に、大人たちは神妙な顔をしていた。
「加奈、無事で居てくれたらいいんだけど...」
その名前に反応したのか、少し唸ってからインが声を上げた。
「加奈...助けるから...」
それを見ているしかない大人たち。
「だから...消えないで...」
パンジーみたく、居なくならないで。
「一人はもう...嫌だ...」
彼の頬から涙が伝う。
そしてそれをただ見る事しか出来ない大人たちは、胸が締め付けられるような感覚に陥り...言葉を無くした。
子供を支える役目が大人と言うもの。親と言うものなのに...
こうやって苦しんでいても何も出来ないなんて...
「お母さん...」
インがそう呟き、インの父がとても悲しそうな表情をしたのは、気のせいでは無い。
「...すまない。イン、シルク...俺は結局...」
小さくうな垂れてしまったイン父を、加奈両親はただ見守るしかなかった。
実は既に書いてあった話を改良しました。
上手く書けてなかったので、第五話は一回消してから
書き直しました。
あと一回か二回くらいで終わるかな。
その時は
気軽に読んでいってくださいね♪