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第三話 薔薇の花。

ねえ、覚えてる?アタシが言った言葉...



声が空一面に響き渡る。



「誰?」


黄色い少年は辺りを見回すが誰も居ない。

不思議な事に遊園地のど真ん中でも人っ子一人いないのだ。



「君は誰なの?!」



アナタのその力...いつか大切な人を奪う事になるって...いったでしょ?



「僕の力が...?」



途端に強い風が吹き荒れる。そして、遠くに錆びた機械の音。



良く見れば誰かが数センチ前に突っ立ていた。

その誰かはフフフと笑い、振り向きもしないで話しかける。

どうやらさっきから聞こえてくる声はその人のものらしい。



「言っておくけど、私、あなたの事まだ許してないから。」



風が段々強くなる。声や喋り方で女の人だと解ったが...

一体誰なのかまったく解らない。機械の音も段々大きく聞こえてくる。



「アナタが私の事を忘れて他の女と一緒になるなんて...許さない」



「何の事を言っているの...?君は誰?」



またフフフと笑う声。錆びた機械の音が二人がいる場所を包む。



「いつか...アナタがアタシを忘れた頃に...大切な誰かがあなたの側にいるのなら...」


彼女はユックリと振り向くが、途中で止まり、そしてニコヤカに笑いながら毒々しく吐き捨てた。



「その子を亡き者にしてあげる。」



「何を言ってるの?!どうしてそんな...」



「アナタだけが幸せになるなんて許さない。」



錆びた機械の音が耳もとで聞こえた。振り返ればそこには壊れたピエロのジェットコースター。



「アタシが蘇ったらまっててね?」



毒々しい笑顔が途端に無表情になる。彼女はもう少年の側にいて向き合っていた。サラサラの肩まで来る茶髪の髪に蒼い瞳。



「お母さん...?」



そしてピエロのジェットコースターは鈍い音を響かせながら暴走し、黄色の少年へと突っ込んで行く...


あ...と思う頃には目の前に赤い色...しかし、そこに倒れていたのは...


「か...かな?」


素晴らしいほどの真っ赤な髪はみだらに散り大きな傷が出来ていた。


「●君...私は...」


「あ...ああっ...加奈!!かな!!」


体中が震える。

力が出ない。

声も震える。


そんな中...先ほどの見る者全てを虜にしてしまわんばかりの女性が気味悪く笑っていた。


「これは呪いよ?不幸になる呪い。アナタの名前を誰かが思い出したら...呪いは解ける。あの子も...そうね、助かるわ。でも、アタシが生を閉じたその日までそれが成しえなかったら...どうあがいても...あの子は死ぬ。」


「お母さん!どうしてこんな事するの?!僕は、僕は!!」


「言ったでしょう?私はアナタを許さない。必ず蘇って復讐してやるわ...」


だから...待っててね?


アタシがアナタを壊すまで


「お母さん!!」



そう叫びながらガバリと起き上がった黄色い少年。汗だくで息も上がっていた。



「夢...?」



いや、これは忠告。先読み出来る力が見せた危機を知らせる能力。



「お母さん...僕の事を呪ってるの...?それとも違う誰かが僕と加奈を狙ってる...?」



力無く項垂れる。解らない。



「もうこんな時間か。」



彼は時計を見てソソクサと身支度をする。


今日は大切な日。


加奈と初めてデートする日に遅刻なんてできない。

しばらくして彼は父にあらかた今見た夢を話した。


「どう思う?」


天井を見上げながら父は言う。


「そのまんまだろう。しかし、おかしい所もある...あいつがそんな事する訳がない。」


横に置いてあった新聞を手に取り広げながら彼は息子をマジマジと見た。



「気にするな。先読みの力を持っても予知できない事は沢山あるし、全て避ける事が出来ると言う訳でもない。それでも少しでも誰かを助けられてるんなら、それでいい。」



「うん。そうだね...あの時に加奈を助ける事に成功した。けど...今回は分からないな。助けられるかな...?」



弱気になっている息子を見て父は溜息しながら黄色いサラサラ頭を撫でた。



「お前が助ける前から弱気でどうする。あいつが夢でワザワザヒントをくれたって事は...恨みから解放されたいと言う願いがあるからだろう。大丈夫だ。封印されたお前の名前、制限時間までにきっと解けるさ。」



さ、もういいだろ。さっさといけ。そう言いながら父は新聞を見始める。


「いってきます。」



「おう。気ぃつけてな。」



「クスクス。お父さんは優しい人だね。お母さんがお父さんを好きになったのも当然だね。」



そんな事を聞いて当の本人は頬が少し赤くなりながらも少しこわばった声で言う。


「いい加減にしろ。お前初日のデートで遅刻なんて彼女に嫌われるぞ!」


玄関のドアはもう閉まっていた。一人になった短髪の黒い髪で茶色の瞳の二十代後半の男は新聞をたたみながらコーヒーを口に含む。


「なぁ、シルク...そろそろ種明かししてみないか?どうせそこに居るんだろ?」


台所でかすかに音がした。


父の目が捕らえるのは飾られたビンの中にある五本のバラ。

その色は全て薄い茶色のような色。種類はJ-シルクロードと言う薔薇。



「俺もあいつも...お前を忘れた事なんてない。これからもずっと信じていく。だから...心配するな。あいつの夢にまで出て――...」


『そんなんじゃない。』


どこからか声が響いた。



「どう言う事だ?あいつの夢に出てきただろう。でも、呪いをかけたなんて...」



『...私の姿を借りた奴が...あの子を呪った。』



「なに?一体誰が?」



『まだハッキリとは解らない...私の出来る事はやろうと思う。でもそれでも足りないかもしれない...アナタ...あの子を守ってあげて...』



コトンと薔薇が揺れる。



「わかってるよ。そんな事。俺とお前の大切な息子だろうが。できる限りの事は...するつもりだよ。」



一方その頃、加奈は約束の時間に何とか間に合った自分の彼氏にドコへ行こうか相談していた。



「ねぇ?遊園地なんてどう?」



遊園地と聞いて少年は少しあせる。

なんせ今まで先読みで見た一部の未来は殆ど的中してしまっていた。


夢でもあなどれない。


ならば、遊園地だけは避けなければ。



「僕はこのままでも十分楽しいよ?」



本心から思っている事を言う。

実際、加奈と居る時間はとても楽しい。

それを聞いて少し詰まんなさそうな、呆れたような顔をしたが、彼女は突然笑顔でこう言った。



「いいや。どこでも。ねぇ、それよりさぁ、アナタの名前そろそろ教えてよ。」



それを聞いて少年は少し悲しそうな困ったような顔をしながら苦笑いで答えた。



「教える事は出来ないんだ...」



「どうして?」



ザァと木々が揺れる...二人が座っている公園のベンチは木陰があり、周りは少数の木や花が咲いている。


「じゃあ、こうしよう。君が一週間以内に僕の名前を調べる事ができたら...遊園地へデートしよう。」



「クスクス。ゲームね?いいわ。その勝負受けて立ちます。」



そしてその日一日何も無く終わるワケはなかった。



『いいご身分ね?』



そんな声が響いた。



彼らの数センチ前に真っ赤なドレスを身に纏った...夢に出てきた女の人が現れた。


『そんなに楽しそうにして...羨ましいなぁ...どうやってアナタの幸せ壊してあげようかしら...』



『惑わされないで。』



同じ声が聞こえた。しかし、こちらは優しく、そして一面に薔薇の香りが漂う。



『私の姿を借りたまがい物...目的は何?』



たちまち姿がぼやけ、その女だった奴は小さな女の子へと変わった。

その身に纏うは真っ赤なドレス。



そして直ぐ横にさっきの女の人。こちらは白いドレスを身に纏っている。



『アタシの目的はただ一つ。』



そいつは言った。



『アタシを忘れた憎いコイツの不幸だけ。』



そしてドンドンと近づき、その手が加奈の首へ届きそうになったとき...―――



薔薇の薄ピンクの花びらが舞った。



その花びらにその子が触れ、たちまち苦しみだした。憎々しい醜い顔をしながら消えて行った。



『気をつけて...あの子はまた来るはず...早く自分の名前を...』



そう言いながら母も消えていった。



「お母さん...」



「え?」



加奈はいきなり少年が喋ったので聞き返す。


「あ、うん。薔薇の香りがしたよね。」


「ええ。したわね。」


「お母さんを思い出してたんだ。綺麗で優しい人...薔薇の花が好きだったんだ。」


そう言いながら彼は一本の公園に咲いているクリスタルホワイトの薔薇を見つめていた。


「お母さん...」



会いたいよ...



彼はそれ以上はまったく話さなかった。



「じゃ、名前まだわからないからあだ名でよんでもいい?」



「あ、うん。いいよ。」



「じゃーねー...」



空が真っ青に晴れている。風は優しく二人を包む。



「黄色い薔薇に、ちなんでインカって言うのはどう?略してイン。」



赤い髪を風が優雅に揺らす。

その極上の笑みがなんとなく嬉しくてくすぐったくて...

いつのまにか手は彼女の髪を触っていた。



サラリと滑り落ち...彼女の白い頬に手を乗せ...

いつしか二人の距離は縮まっていき―――...

鼻と鼻とが触れ合うような距離で彼女の瞳を見た少年は...



彼女の手を引き自分の腕の中へと引き寄せた。



あの夢を思い出してしまったのだ。

途端に不安が彼の心を支配した。

そして無性に彼女を抱きしめたくなったのだった。

まるでそこに存在してるのを確かめるように彼は強く抱きしめる。体は震えていた。




「イン...?どうしたの?」



「...!どうも...しない...」



力なく項垂れるインに彼女は優しく自分の腕を彼の背中に回し、ポンポンと子供をあやす様に背を叩いた。



「何があったか聞いてもどうせ答えてくれないでしょ?大丈夫。私はここにいる。安心して...」




暖かい...





ソロソロと目を閉じ、息をユックリ吸い込んだ。

彼女の甘い臭いが漂ってきて、それがインの不安を和らげていった。



「...護る...絶対に...護るから...加奈...」



まるで一度誓った事を誓い直すように。



「絶対に...護りきってみせるから...どうか...お母さんみたく、居なくならないで...僕を置いて...いかないで...」



弱々しい反面を見せてくれているインに、優しい眼差しを向けながら加奈はうん。と答えた。



「インを置いてドコかになんていかないわ。だから、安心して...」



過ぎ去る風が一瞬、先ほどの薔薇の臭いを置いていったが、すぐさま違う風がやってきてかき消していった。



涼しい木陰には安心しきった二人の寝息が木霊した。



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