六話
イはなにやらあーうーと唸っていた。自分が喋られなくなったことに、いまだ気付いていない様子で、口を動かしている。
針は彼の左側頭部の、こめかみと耳の上、後頭部より、それに上辺と四本刺した。治療目的では少なすぎるが、今回の目的は単純な破壊だ。それに、狙い以外の障害が起こってもかまわないと、心は割り切っていた。
特注の針は、頭蓋骨を貫通させ、知識と経験とで他の脳細胞へ傷を与えず狙った患部へと届かせれば、先端部分のほんの一点にのみ電気刺激を与えることができる。今回は、ウェルニッケ、ブローカと呼ばれる言語野と、その周辺の関連する脳細胞を焼ききった。
この男は、もう二度と言葉を発することはない。人間が言葉を操るために必要な部分を壊したのだから。書かれた文章も読めず、書くこともできない。単純な失語症ではない。失語症にはいくつもの種類があるが、彼は重複して発症したのだ。
意思表示する術を失ったこの男が、やがてすべてを失うであろうことは、想像にかたくない。しかし、あわれには思わなかった。
テイシン、わかった、殺さない。この男には、すべてを失うまでの過程を、苦しんでもらう。
神に最も近い悪魔。
そう呼ばれることもある。
自分でも、悪党と同じ種類の人間じゃないかと思うことがある。少なくとも、善人でないことだけは確実だ。
悪魔・・・それもいい。イのような男に苦しみを与え、なんの痛痒も感じないのだから。