表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

三話

 慌てて・・・体裁を整える余裕はなかった・・・針灸院事務所の階下にある美容院へ駆け込んだ。テイシンがテイシンがとわめくと、奥からマリアが飛んできた。手に受話器を持っている。

「なんでケータイでないの、センセ!」

 事務所に忘れてたんだ。

「テイシンちゃんと女の子が、車で連れて行かれちゃったよ!電話したのに、センセに電話したのに」

 あとはなにやらカダログ語でわめき散らす。

 すっかり動転している様子から、車のナンバーなんぞ控えてはおるまい、と聞くと案の定だ。

 テイシンは無事に連れ戻すから、と逆にマリアをなだめすかした。

 年齢不詳の美女マリアはこんな時、ひどく幼く見えてこちらを慌てさせる。昔テイシンが迷子になったときもそうだった。

 昔話の記憶を振り切って、事務所に戻ると「大きい仕事」用の道具を取り出し、特注の手袋をはめた。



 恨まれる心当たり?数かぎりなくある。しかし実際に襲ってくる馬鹿にはあまり覚えがない。テイシンにだってないはずだ。では誰が事務所に押し入って二人を連れ出したのか。

 タイミングからして、メイヒというあの少女がらみではないかと見当をつける。

 少女をさらうことが目的だった?

 根拠がないわけじゃない。事務所は荒らされていたが、それは徹底したものではなかったからだ。事務所の所有者が誰なのかを探った、まあその程度だ。

 ともかく少女が事務所にいると知っている人物に当たった。簡単だ。ばあさんとその仲間たちしかいないはずだ。

 当たりだった。当たってほしくない推測だった。

 ばあさんは、店の中といわず外といわず散乱している野菜の残骸を、ゆっくりと拾い集めているところだった。人々はそれを痛ましそうに眺めているだけだ。ばあさんの丸めた背中が小さく見えて、なんだか泣きたくなった。

「先生・・・」

 殴られた痕も生々しい顔が、すまなそうにうつむいた。

「ごめんよ・・・あの子の行き先を教えろって言われて・・・あたしゃイヤだったんだ。死んでも言わないつもりだったさ。でもね・・・・・・ごめんよ」

 立ち尽くしていると、周囲の誰かがぼそっと言った。

 教えたのはばあさんじゃない、あいつさ、と。見てられなかったんだろうさ。あのままじゃばあさん殺されてたよ、と。

 相手の暴力が老婆の次の標的を見つけ出す前に、彼らは口を開いていたのだろう。

 ありゃあイさんの部下の人だからね、という声も聞こえた。

 イ。聞いたことのある名前だ。

「あの子は無事なのかい?」

 ばあさんはすがるような目で見上げてきた。十年前と同じ目だ。すがるような目で、ばあさんはあのとき言った。この子を頼むよ、テイシンっていうんだってさ。

「あの子は無事なのかい?」

 ・・・無事だ。悪いやつらはやっつけたよ。ばあさんのことが心配になって来ただけなんだ。本当だ。

 それを聞いて、集まっていた者は三々五々散っていった。ああよかった、先生なら大丈夫だと思ったんだ、と話し合いながら。

「あの子が無事ならいいんだよ。うん、よかった・・・売り物かい?いいんだよ、気にしなさんな。いいかい、野菜っていうのはね、どんなにぼろぼろになったって、食べられるんだ。栄養だってさ」

 言いながら、ばあさんは泣き出した。

 彼女の同郷の人がよくするように声をあげて泣きはしなかったが、老婆のしわくちゃの顔の、そのしわの一本一本に、目じりから涙がしみこんでいった。

「嘘なんだろう?」

 なにも言えなかった。

「・・・みんなはそれを聞いて安心するよ。あたしだってほっとする。だけど、心の中じゃ知ってる・・・みんな、あんたの顔を見ないだろ。ちらりとでも、一度は見ちまったんだ。だから、知ってる。ああ、これは嘘なんだ、って。・・・・・・わかりやすい男だよ、先生は」

 ばあさんは責めるでもなく周囲の人ごみを見やった。

「だからね、みんな、あんたの顔を見ていないフリをするのさ。だって、そうだろう?知ってしまったんだ。無事だなんて嘘だ。あのかわいそうな子は、もういないんだ・・・・・・

 だけれど、そうやって誤魔化さないとやっていけないんだよ・・・自分らのせいだなんて、誰だって思いたくないさ・・・ごめんよ、ごめんよ、先生。だけど、みんなを責めないでおくれね」

 あの子は、まだ、生きてるよ。かろうじてそう言った。今度はうまく言えたはずだ。必ず連れ戻す、と。

 ばあさんは愁眉を開いて、ようやく口元に笑みを浮かべた。

「本当かい?お願いだよ、先生、あんたならできるよ、あんただったら安心だ」

 全幅の信頼を込めた顔だった。その信頼に答えるため、テイシンと少女をすくうため。

 イという男には思い知らせなければならない。お前が敵に回した者が何者なのか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ