1,あ、なんかついに異国の王子様が迎えに来たみたいです。
私、斎藤 凛子には、幼い頃から腐れ縁で面倒を見ている非常に厄介な幼馴染がいる。
その厄介な幼馴染、通称泣き虫姫との出会いは幼稚園の年少組、ひよこ組でのこと。
それが私のすべての苦労の始まりだった。
私は昔から、どこか冷めている可愛げのない生意気な子供だった。
幼稚園の中でもなんだか浮いていて、なぜか男の子にはアネキ!とか呼ばれていたりもした。
そんな私には、なんだか好きになれない……ていうか、正直いって嫌い子がいた。
それが私の幼馴染の泣き虫姫こと、鈴皆杏である。
それはもう当時からことあるごとに泣き喚く私と正反対のタイプの厄介なガキだった。
でも杏にはある意味最強とも言える武器があった。
それは見た目の可愛さ。
これが泣き虫姫と呼ばれるもうひとつの所以である。
それはもう今も昔も目を見張るほどの美少女であった彼女は周りの大人からちやほやされた。
しかも、性格もいい子ちゃんときたもんだ。
だけど、そのせいで男の子たちからはいじめられやすい子でもあった。
なかでも、白石純汰というやつはしつこかった。
遊びに杏だけ仲間はずれにしたり、おもらししてしまった杏を大声で笑ったり。
ほら、あの<好きな子ほどイジメちゃう>というやつだ。
そこで私は、あまりにガキなその男の子に当時(あくまで当時である)得意だった仮面ライダー直伝の飛び蹴りをかましてしまったのである。
それが間違いだった。
「わぁ!凛ちゃんって強いんだね!ありがとう!!」
「は……?」
別に杏を助けたわけじゃなかったのに、なぜかその日から杏に懐かれてしまったのだったとさ。
ま、そんなわけで14年後の2010年秋。清台大学門前、午前10時。
つまり、今。
「りぃぃんちゃぁあん!!」
「杏……」
顔中涙でびしょびしょになった大学一年19歳になった鈴皆杏は幼稚園のときから何の進歩もなく、私に抱きついてきた。
今度はなんだ。
「どーしたの、杏」
「凛ちゃん!!どーしよう!!変な男の人がついて来るのぉお!しかも話しかけられた!」
「変な男の人ぉお!?」
昔から杏にはその類の変人男やストーカーが多かったが、話しかけてくるのは珍しい。
たいてい、「遠くから見つめていたい!!」てな感じなのに。
辺りを見回してみるが、とくにそういうやつは見当たらない。
ただ……
やたら見目麗しい、美形が杏の真後ろに立ってはいるが。
「杏、それってもしかして……」
そっと杏の後ろの男に目を向ける。
杏も私の視線の先に気がついたのか恐る恐る後ろを振り向く。
「き……きゃぁぁぁあああ!!!!」
目いっぱいに涙をためて悲鳴をあげると杏は素早く私の後ろに隠れた。
こんなときだけ鈍い杏の動きが早くなる。
そんな杏に、美形くんは中世ヨーロッパの貴族みたいな格好で、漆黒のカラス並に艶やかな髪を、シャンプーのCMかというぐらいサラサラさせて、沖縄の海並に綺麗なブルーの目を細めた。
自分で言っててなんだけど、なんのこっちゃわからん。
まぁ、それは兎も角美形くんの顔がひじょーに険しい。
「鈴皆杏。なぜ逃げる」
いや、なぜって。
突っ込もうかと思ったが向こうは本気っぽいのでやめておいた。
「凛ちゃん……」
弱々しく私の服の裾をつかむ杏の姿にこれは本気でおびえてるな、と判断した私はとりあえず目の前の男を睨みつけてみたりした。
う、まぶしい。
少しばかり美形すぎやしないか、この人。
「お前は誰だ」
なんかとてつもなく上からものを言われてるいるような気がするんですけど。
昔のガキ大将魂がうずてしまいそうだ。
「え―――……まぁ、杏の幼馴染権保護者みたいなもんですかね。斉藤凛子です」
とりあえず笑顔で言う。
20パーセントの笑顔でいいかな。
口だけ笑ってるやつ。
「そうか。まぁ、興味ないんだが。とりあえず後ろの女をよこせ」
興味ナインデスカ。
ならナゼきいたんだ。
なんか、わがままの塊みたいなヤツだな。
「はぁ。その前にあなたどなた様ですか」
「……イルディア王国第一王子、アルフォンス・ソルト・エルマ・イルディアだ」
長いな〜……ってそうじゃなくてね。
嫌そうな顔しながらもしぶしぶと言うかんじに答えてくれた。
答えてくれたわけだが。
さぁ、どこから突っ込もうか。
「うん。まぁ、そうか。すごいね」
つっこむのやめ。
0.1秒で諦めちゃったが誰もあたしを責めないでほしい。
スルーしようスルー。
こういうのには関わらないほうがいいって昔から決まってるんだ。
「あ、講義の時間だ!!いそがなきゃ!いこっ、杏」
「え、あ、うん」
戸惑いながら私に手を引かれて歩き出そうとする杏の左腕をヤツがつかんだ。
「どこへいく」
「は、離してください……」
じっと杏の目を見つめるアルフォンスに杏たじたじになっているようだ。
しかしこの二人並ぶと絵になるなぁ。
「離してあげてよ。ホントに講義の時間なんだって」
「お前には用はない。わたしが用があるのは鈴皆杏だけだ」
言うなぁ、こいつ。
このガキ大将、あ、元ガキ大将斉藤凛子様にむかってお前とか、用がないとか。
それに、一応私の幼馴染の杏をつれて行こうなんてさ。
「悪いけど。これ以上しつこいなら警察呼ぶよ?」
「ケイサツ?」
はて、というようにアルフォンスが首を傾げた。
まさか、警察知らんのかこいつ。
なんか生粋の変人みたいだ。
美形なのに、もったいない。
「おい、アル」
そうこうしてる間になんかもう一人美形が現れた。
こっちは同い年ぐらいの変人美形とは違って年上みたいだ。
20代半ばくらいだろうか。
なんか、ワイルドな感じ。
金に近い茶髪の短髪と、同じ色の目だ。
ん〜、美しい!
でも、みたところ変人の知り合いみたいだからこっちも変人だろう。
「ギル。お前、来てたのか」
「まぁな。世間知らずな王子が一人で行ったとあれば俺も行かなきゃならないだろう」
「わたしは一人で平気だ」
「そー思ってんのはお前だけだよ」
よほど親しいらしく、ぽんぽん言い合っている二人を前にしばらく沈黙してしまった。
美形が、杏をいれて三人。
美男美女だわ、こりゃ。
しばらくボーとしていると、後からきたワイルド系がこっちを見た。
「わるかったな。こいつは俺がつれて帰るから、勘弁してやってくれ」
大して悪かったとも思ってなさそうな顔で言われたが、このさい面倒がなくなるなら気にしないとしよう。
「いいですよ別に」
「わたしも別に……」
おずおずと私の後ろから言う杏にだけ、ワイルド系は微笑んでで軽く頭を下げた。
私には微笑まんのかい。
「そんじゃ」
軽く手を上げて、ワイルド系は変人をひっぱって去っていった。
去り際に、私を鋭く睨みつけて……
「面倒だな」
ギルベルト・スクライドは後ろを軽く振り返ってため息をついた。
面倒なことになった。
まさか、鈴皆杏にあんな厄介な友人がいたとは。
見るからに気が強そうで少し睨んでもひるむ様子はなかった。
時間が無いというのに、これでは簡単には鈴皆杏を連れ去ることは出来なさそうだ。
「面倒……とは、なにがだ?」
「あの女だよ。鈴皆杏の友人の」
「あぁ」
納得したのか軽く相槌をうつアルフォンスにギルベルトは苦笑した。
「大丈夫だ。必ず鈴皆杏はイルディアへ連れて行く」
「分かっている」
硬く決意したように、アルフォンスは頷いた。