僕のクラスの異世界転生者
異世界転生。
それは、今や誰もが一度くらいは耳にしたことのある言葉だ。
かつては空想の中だけに存在した、死んだ人間が別の世界に生まれ変わる創作の中だけの概念。
魔法のある世界。剣と魔物の世界。獣人やエルフが暮らす世界。
昔なら、そんな話をすれば呆れられるか、笑われるかだっただろう。
しかし今は違う。
転生者の存在は、科学的にも医学的にも確認されている。
前世の記憶を持った子供。
生まれた瞬間から異常な知識を持つ者。
現代科学では説明できない魔法を使う者。
中には前世の人格まで明確に覚えている者もいる。
国は転生者登録制度を作り、学校には転生者対応の授業まである。
テレビでは毎日のように、
『前世が古代文明の王だった男性が――』
『前世で勇者だった女性が――』
などというニュースが流れている。
だから、僕は特段、転生者という存在そのものを珍しいとは思っていなかった。
問題は、僕のクラスだった。
高校一年の春。
僕――佐藤春樹は、ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通に受験勉強をして、ごく普通の高校に入学した。
前世の記憶はない。特殊能力もない。魔法も使えない。家系に伝説の英雄がいるわけでもない。
本当に普通の高校生だ。
入学初日、僕は新しく始まる高校生活に期待に胸を膨らませていた。
「それじゃあ、簡単に自己紹介していこうか」
黒板の前に立った担任教師は、何でもないことのように言った。
「名前と趣味。それから、前世がある人は前世について簡単に説明してくれ」
……前世。
そういう学校なので、別におかしくはない。
転生者がいるクラスなら、前世について確認するのも珍しくない。
僕はそう思っていた。
最初の女子が立ち上がるまでは。
「黒崎玲奈です」
黒髪の少女だった。
整った顔立ちで、いかにも優等生といった雰囲気をしている。
「趣味は読書です。前世は――『殺戮魔王』でした」
教室が静まり返った。
僕も固まった。
殺戮魔王。
聞き間違いかと思った。
「……殺戮、魔王?」
担任が目を見開きながら問う。
「はい」
黒崎さんは平然としている。
「正確には、魔王国の第七十二代魔王ですが」
「そんなに続いてたの!?」
思わず声が出た。
黒崎さんが僕を見る。
「……何か?」
「いや、なんでもない……です」
僕は席に座り直した。
なるほど、このクラスには魔王がいるらしい。
それも”殺戮”なんて物騒な語幹が付く程の。
でも、一人くらいなら。
そう思った。
次の男子が立ち上がるまでは。
「天城光。趣味は剣道。前世は勇者です」
「…………」
「…………」
黒崎さんと天城くんの目が合った。
数秒――二人とも何も言わない。
教室の空気が重くなった気がした。
担任が咳払いをした。
「……まあ、前世ではいろいろあったと思うが、今は仲良くな」
「先生」
黒崎さんが手を挙げる。
「何だ?」
「私、彼とは仲良くできません。クラス変更をお願いします」
「奇遇だな」
天城くんも言った。
「俺も無理だ」
(入学初日から何やってんの!?)
僕は心の中でツッコミを入れた。
しかし、それだけでは終わらなかった。
「田中剛だ。前世は魔王軍四天王」
「水野ぷるですぅ。前世はスライムですぅ」
「白石聖です。前世は聖女でした」
「竜崎龍子。古代竜」
「剣崎剣。前世は聖剣なり」
「神崎アリア。前世は世界を滅ぼした邪神ぞ」
「待ってください!」
僕は手を挙げた。
「先生」
「何だ、佐藤」
「このクラス、何なんですか?」
担任は少しだけ困った顔をした。
「……一年二組だ」
「クラス番号を聞いてるんじゃありません!」
こうして、僕の高校生活は始まった。
※※※
最初の一週間。
僕はこのクラスの異常さを嫌というほど思い知らされた。
まず、黒崎玲奈さん。
前世、魔王。
現在、高校生。
彼女は非常に真面目だった。
授業態度は良好。成績優秀。遅刻、欠席なし。宿題も忘れない。クラス委員にも立候補した。
ただし。
「黒崎、文化祭の出し物について何か案はあるか?」
「全クラスを統合して巨大迷宮を作りましょう。迷いこんだ愚かな人間たちを、私たちは遥かなる高みから見物するのです」
「……却下だ」
「では、魔王城を。愚かにも私に挑む挑戦者どもを粉微塵に――」
「もっと普通のやつにしろ」
「……ではメイド喫茶で」
「なんで魔王からメイドに飛ぶんだ」
「人間には人気があると聞きました」
意外と現代文化には詳しかった。
天城光くん。
前世、勇者。
彼も真面目だった。
剣道部に所属し、成績も良い。運動神経も抜群。性格も爽やか。欠点らしい欠点がない。
ただし。
「天城、体育祭のリレー頼めるか?」
「任せてください」
結果。
天城くんは百メートルを三秒で走った。
「お前、何した!?」
「普通に走っただけですが?」
「普通じゃない!」
「前世ではもっと速かったです……くッ、自分の弱さが情けないッ!」
「比較対象がおかしい!」
水野ぷるさん。
前世、スライム。
彼女は普通の女子高生だった。
普通に笑う。普通に喋る。普通にスマホを使う。
――そして。
「佐藤くん、おはよぅ」
「おはよう。水野さん珍しいね、今日は遅こ――」
言いながら目をやると、水野さんが自分の身体を液体のように変化させていた。
「…………」
「…………」
「何してるの?」
「ドア開けたら先生に見つかっちゃうでしょぉ? だからドアの下から入ったのぉ」
「それ遅刻対策じゃないでしょ!」
ちなみに、その後先生に見つかって怒られてた。
「学校では転生前の体質を使っちゃいけません!」
「はい」
本人は素直に反省していた。
ちなみに、転生者たちの中にはごく稀に、”前世の力”を使える者がいる。
水野さんのように、スライムの固有能力である液体化などはまだ優しいものだが、中には魔法やスキルなど、不可思議な力を持っている人もいる。
白石聖さん。
前世、聖女。
彼女は保健委員になった。
当然だった。
怪我をした生徒がいれば治癒魔法を使う。
体育で転んだ生徒がいれば治癒魔法を使う。
風邪を引いた生徒がいれば治癒魔法を使おうとする。
「白石」
「はい?」
「風邪は治癒魔法じゃなくて、病院に行かせような」
「ですが、私なら一瞬で――」
「現代医学の立場がないんだよ」
そして。
竜崎龍子さん。
前世、古代竜。
彼女には、前世の記憶が完全に残っていた。
数千年を生きた古代竜。世界各地を飛び回り、国を滅ぼし、英雄たちと戦い、神話に名を残した存在。
そんな彼女が。
「龍子ちゃん、数学の宿題やった?」
「やるわけない」
「なんで?」
「数学など嫌いじゃ」
「古代竜にも苦手なものあるんだね」
「私とて嫌いなものある。数学とピーマンじゃ」
「妙に人間っぽいなぁ」
「あと注射じゃ」
「完全に普通の女子高生じゃん」
そんな毎日だった。
※※※
僕はいつしか、このクラスのツッコミ役になっていた。
本人たちは至って真面目なのだ。
それが余計に困る。
ある日の昼休み。
僕たちは机を囲んで弁当を食べていた。
「佐藤くん」
黒崎さんが言った。
「はい?」
「卵焼きを一つ交換しない?」
「いいですよ」
「こちらを」
彼女が差し出したのは、真っ黒な物体だった。
「……何ですかこれ?」
「魔王城特製・暗黒卵焼き。あらゆる珍味を卵に絡めて焼いた――」
「いや、普通の卵焼きでいいよ!」
「……なぜ?」
「怖いから!」
「失礼ね。毒は入っていないわ」
「そこじゃないだろ」
天城くんが口を挟む。
「佐藤くん! 俺が食べてやろう!」
「勇者が私の料理を食べるのか?」
「お前の所為で、昔から毒耐性は鍛えている」
「前世の話を弁当のおかずに持ち込むな」
天城くんが箸で黒い卵焼きをつまむ。
「いただきます」
ぱくり。
「…………」
「どう?」
「……美味い、な」
「本当に?」
「ああ、信じられん」
黒崎さんが少し嬉しそうに笑った。
「そう」
僕は二人を見た。
前世では、世界の命運を賭けて殺し合った二人。
勇者と魔王。
なのに今は、卵焼きを交換している。
「……仲良いじゃん」
「良くない」
「良くないわ」
二人が同時に答えた。
「息ぴったりじゃん」
「それとこれとは別だ」
また同時だった。
※※※
夏――文化祭があった。
僕たちのクラスは、結局普通の喫茶店をやることになった。
しかし。
「いらっしゃいませ」
黒崎さんがメイド服を着ていた。
「……」
「何?」
「いや」
前世が魔王。
現世がメイド。
人生って何なんだろう。
「似合ってるよ」
「そう?」
「うん」
「……ありがとう」
少し照れていた。
その隣では、天城くんが執事服を着ていた。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
外部から来る女性の客たちをかたっぱしから惚れさせていた。
「似合いすぎでしょ!」
「ありがとう」
「褒めてない」
竜崎さんは厨房。
水野さんはウェイトレス。
白石さんは会計。
そして僕は客引き。
「いらっしゃいませー!」
普通だった。非常に普通だった。
僕以外は。
「佐藤くん」
水野さんが走ってきた。
「どうしました?」
「注文のプリンが一個足りないのぉ」
「え?」
「だから私、ちょっと”増やす”から、コレ持っててぇ」
そう言って一枚の平皿を僕に渡してくる水野さん。
「ま、待って」
「大丈夫ぅ」
彼女が両手を合わせると、身体が液体になった。
そして。
「ぷるぷる……」
「何してんの!?」
彼女は小さなスライムになった。
「私の身体の一部を使えばぁ――」
「食品衛生法的にどうなんだそれ!」
結局、僕が買いに走った。
※※※
秋――体育祭。
この日は地獄だった。
原因は天城くん。
「位置について――」
スターターピストルが鳴った。
天城くんが走る。
速い。速すぎる。
ぶっちぎりだった。
「天城くん! 手を抜かないと!」
「善処する!」
「善処じゃない!」
結果、天城くんは一人でクラスを優勝に導いた。
さらに黒崎さんも妙に運動神経が良かった。
「魔王だから身体能力も高いのよ」
「魔王ってすごいね」
「元魔王よ」
「元って便利な言葉だね」
そして問題が起きたのは騎馬戦だった。
僕と天城くんと田中くんで騎馬を組んだ。
「佐藤くん、俺が上に乗ろう!」
「なんで?」
「勇者だから」
「意味がわからないよ」
結局、天城くんが上になった。
その瞬間。
「援軍だ!!」
田中くんが叫んだ。
「え、援軍!? どこ!?」
「向こうに魔王様がいられる!」
田中くんの言う援軍は、黒崎さんだった。
前世の因縁。
天城くんと黒崎さんの目が合う。
「……」
「……」
「来い、勇者!」
「受けて立つ、魔王!」
「これ体育祭だよ!?」
僕の叫びも虚しく。
二人は真正面から激突した。
結果、二人とも騎馬から落ちた。
判定は両者失格。
「……」
「……」
黒崎さんが言った。
「勇者よ」
「何だ、魔王」
「次は負けない」
「俺もだ」
「だから体育祭だって言ってるでしょ!」
※※※
冬――雪が降った。
僕たちは放課後、教室に残っていた。
竜崎さんが窓の外を見ている。
「雪か」
「珍しい?」
「昔は雪山を飛び回っていた」
「へえ」
「でも今は寒い」
「ドラゴンなのに?」
「ドラゴンにも寒さはある」
そう言って、彼女は持参していたブランケットに全身を包んだ。
「……出てこないの?」
「無理じゃ」
「前世が古代竜とは思えないね」
「人間になったからの」
気付けば、黒崎さんもブランケットに包まれていた。
天城くんも、白石さんも、水野さんも。
気づけば、クラスのほとんどがブランケットに身を包んでいた。
「……」
僕は思った。
魔王。勇者。聖女。ドラゴン。スライム。邪神。四天王。聖剣。
「皆寒さに弱すぎない!?」
僕が叫ぶと、黒崎さんが震えながら言った。
「この世界は寒すぎるわ」
「前世じゃ、こういう季節はなかった?」
「あったわ。でもここは寒すぎるの」
「そうだな」
天城くんが答える。
「俺たちはずっと死闘を繰り広げていたから、寒さを感じる余裕なんてなかったんだ」
少しだけ、教室が静かになった。
誰も、その続きを聞かなかった。
前世。
そこには、それぞれの人生があった。
殺し合った者もいる。愛し合った者もいる。守った者もいる。奪った者もいる。
世界を救った者も。世界を滅ぼした者も。
だけど、今は高校生だ。
それだけでいいのだろう。
※※※
三年生になった。
僕たちはもう、すっかり仲良くなっていた。
もちろん、黒崎さんと天城くんはいまだに喧嘩する。
「魔王」
「何よ、勇者」
「俺のおやつを勝手に食べただろ」
「知らないわよ」
「証拠がある」
「何?」
「お前のその口元に付いている食べかすだ」
黒崎さんは恥ずかしそうに口元を拭った。
「……見るな、変態」
「返せ」
「もう食べた」
「殺す」
「待て待て待て!」
相変わらず、田中くんは三年になっても黒崎さんにぞっこんだった。
相変わらず、竜崎さんは数学が苦手だった。
相変わらず、水野さんは学校の隙間を液体化して移動しようとして先生に怒られていた。
相変わらず、白石さんは些細な怪我でも治癒魔法を掛けていた。
そして僕は――普通の高校生のままだった。
それが、少しだけ嬉しかった。
※※※
そして、卒業式の日が来た。
体育館。
壇上では校長先生が話をしている。
「皆さんはこれから、それぞれの未来へ――」
僕はぼんやりと聞いていた。
三年間、長かったような、短かったような。
入学初日、魔王と勇者が同じクラスにいることに驚いた。
ドラゴンが数学で赤点を取った。
スライムが廊下を液体で移動した。
聖女が怪我人を片っ端から治した。
四天王が帰宅部だった。
聖剣が「俺は昔、勇者に使われていた」と自慢していた。
邪神が購買の焼きそばパンを巡って聖女と喧嘩した。
そんな毎日だった。
式が終わる。
教室に戻る。
黒板には、担任が大きく文字を書いていた。
『卒業おめでとう』
みんなが写真を撮っている。
「佐藤くん」
黒崎さんが僕を呼んだ。
「ん?」
「写真を撮りましょう」
「いいよ」
「全員で」
クラスのみんなが集まった。
魔王。勇者。聖女。ドラゴン。スライム。四天王。邪神。聖剣。
そして、普通の僕。
カメラを構えた先生が言う。
「じゃあ、撮るぞ」
僕は笑った。
「はい、チーズ」
シャッターが切られる。
その瞬間、僕はふと思った。
もし。
前世というものが、本当に人間の人生を決めるものなら。
僕のクラスは、もっと酷いことになっていたかもしれない。
魔王と勇者は殺し合い、聖女と邪神は敵対し、ドラゴンと英雄は戦い、四天王は復讐を誓う。
そんなことになっていたかもしれない。
でも、そうはならなかった。
なぜなら、今の僕たちは。
前世ではなく、この三年間を生きてきたからだ。
同じ教室で授業を受け、同じ昼休みに弁当を食べ、文化祭で騒ぎ、体育祭で喧嘩し、雪の日には皆で温まり、くだらないことで笑った。
それだけだった。
だけど、きっと、それが大切だった。
「じゃあ、またな」
天城くんが言う。
「ええ」
黒崎さんが答える。
「……」
二人は握手した。
「前世では敵だったけれど」
「今は?」
「同級生よ」
「そうだな」
二人は笑った。
僕も笑った。
そして、僕たちはそれぞれの道へ歩き出した。
※※※
数年後――僕は大学を卒業して、普通の会社員になった。
特別な力はない。魔法も使えない。前世の記憶もない。
ごく普通の人生を送っている。
ある日、テレビをつけると、ニュースが流れていた。
『本日、元勇者として知られる天城光さんが――』
『古代竜の転生者、竜崎龍子さんが――』
『元魔王の黒崎玲奈さんが、新たな研究所を――』
懐かしい名前が次々に出てくる。
僕は笑った。
そのとき、スマートフォンが鳴った。
もう長年動きの無かった、あのときのクラスのグループチャットだった。
『久しぶりぃ、今度みんなで集まらなぃ?』
水野さんだった。
すぐに返信が来る。
『いいわね』
黒崎さん。
『予定を確認する』
天城くん。
『焼き肉がいい』
竜崎さん。
『食べ放題にしよう』
田中くん。
『私はスイーツがあるところがいいわね』
白石さん。
『僕は皆の行きたい場所で』
僕も返信した。
すると。
『じゃあ勇者と魔王で店決めて』
『なんで俺たちなんだ』
『嫌よ』
あの頃と変わらない。
僕は笑った。
そしてスマートフォンを置く。
僕のクラスには。
魔王がいた。
勇者がいた。
聖女がいた。
ドラゴンがいた。
スライムがいた。
四天王がいた。
邪神がいた。
聖剣までいた。
前世では敵同士だった奴らもいた。
世界を救った英雄も、世界を滅ぼした怪物も。
みんな、同じ教室にいた。
だけど、僕が覚えているのは彼らの前世じゃない。
一緒に笑ったこと。一緒に怒ったこと。一緒に馬鹿なことをしたこと。
卒業の日に撮った写真。
そして、あの三年間。
だから僕は、今でもこう思う。
異世界転生者というのは、別に特別な人間じゃない。
魔王も、勇者も、ドラゴンも、スライムも。
僕にとっては、ただの――。
『クラスメイト』だった。




