好きな未来を3択の中から選ばせてあげる、と夢の中で言われたが。
「この3つの中から、好きな未来を選ばせてあげるわよ?」
夢の中なのか、もう1人の私が立っていて、不遜な顔でニタニタと笑っていた。
気味が悪かった。
濃紺のドレスを身に纏い、あからさまに煌びやかな装いをしている目の前の私と向かい合っている。
当の私は、先ほどベッドに入った時と同じ寝間着を着ている。
この差を見せつけられているようで、少々腹が立つ。
「あなたはどちら様かしら?ここはどこなのか、はっきりしてくださる?」
私は立ち上がって、彼女と同じように腕を組んだ。
今ここが空の上なのか地上なのかもわからない不思議な空間だった。
少し離れた場所に立っている彼女のドレスと似たような濃紺が辺り一面を覆っていて、他に何もない。
ところどころ粒のように白く光っているので、夜空に放り込まれたようだった。
「あら、どう見てもあなたじゃない?鏡も見たことないの?」
「そんなことを訊いているんじゃないの。何が目的かしら?」
「ほ〜〜〜んとっ、私って可愛くなあい!」
「じゃあ、あなたも可愛くないわね」
バッサリ切り捨てると、向こうの片眉がぴくりと動いたのがわかった。
どうやら、彼女の方が私より感情表現は豊からしい。
ますます私の偽物に見えてきて、気分が悪い。
「まあいいわ。それよりも未来よ、未来!」
紺のオペラグローブを見せつけるように腕を広げると、彼女は声高に言った。
今度は私の方が眉を顰めることになる。
だが、彼女と違って私は実際には表情を動かしたりはしない。
あくまで心の中で顰めるだけで、表になど出さない。
それは淑女のすることではないのだから。
だけれど、もう1人の私だと名乗る彼女は、自由だった。
「今から3つの未来を特別にあなたに見せてあげるっ!その中から選ぶといいわ!」
彼女は踊るように楽しげにくるくると回った。
すべてが不気味に見えてくる。
彼女は何がしたいのだろうか。
「さあ、その3つの中から、あなたは何を選ぶのかしらねっ?」
どこか少女のような彼女が私の足元を指差すと、そこが赤と黄色と青の石畳に変わった。
魔法のようにも見えるけれど、魔力は感じない。
やはり、夢の中なのかしらね。
ただ色の変わった足元を見ていると、ムッとした声が飛んできた。
「その3つの中から選ばせてあげるって言っているのよ。厚遇だと思わない?」
「内容を見ていないのに、そんなこと言われてもね」
「はあ、本当につまらない人ね」
「そもそも王太子の婚約者という時点で、この国の令嬢の中では厚遇だけれどね」
「それ、本心じゃないわよね?いい子ぶらないでくれない?」
キツい化粧がより迫力を増すように、彼女は睨んできた。
この私を睨むなんて、いい度胸しているじゃない。
私も、強い視線を返した。
睨むなんて下品なことはせず、それなりの圧のある目力で。
それでも弱き者や後ろめたい者にとっては怯ませられるくらいの、ちょうどいい目線を送ったが、彼女はぶすっと不満げにするだけだった。
私の顔で、そんな見苦しい表情しないでほしいのだけれど。
「内容を、って言うのなら、さっさと確認したらいいじゃない」
不機嫌な声で、もう1人の私は顎をクイッとさせた。
どうやら、この赤と黄色と青の中から選んでみろとのことらしい。
どのようにしたらいいのか説明がないところがより苛立つが、なんとなくわかる気もした。
私は、真ん中にある黄色の石畳をそっと爪先で踏みつけた。
すると、彼女のいる方がピカッと光って、何かを映し出した。
その中に映っているのは、今よりも歳を重ねたであろう私の姿だった。
紙芝居にしては滑らかに動き、絵画にしては本物そっくりのものが綺麗に映っていた。
やはり魔法に近い気がするが、魔力は感じない。
夢の中で見る偽物のような、何かだった。
そこにいる私と映し出されているもの全ては、押した色と同じく、黄色い縁に囲われて淡く光っている。
しばらく見ていると、私は男児を出産した。
「男の子ですよ!王子妃、おめでとうございます!」という声まで聞こえてくる。
黄色い私は生まれたばかりの子を抱き抱えて、その瞳に涙を浮かべていた。
そうして、やはりこちらも歳を重ねたであろう婚約者である王太子が近づいてきて、私とお子の両方を覗き込んだ。
「ありがとう、エウレナ。よく頑張ってくれた」
王太子殿下は柔和な笑みを浮かべて、男児の張り付いている髪を払った。
髪に触れた本人と同じ、綺麗な金髪だった。
「殿下、もう終わりましたか?」
そこへ、鈴の音のような高い声が乱入した。
映し出されている私と王太子が部屋のドアの方に振り返ると、フリルとリボンとレースに覆われたピンクのドレスを着ている童顔の女が立っていた。
「ああ、今行くよ」
王太子は赤ん坊に見せた時よりも恍惚な笑みを見せて、もう一度出産したばかりの私を見た。
「エウレナ、ご苦労だったね。しばらくは公務など気にせず、ゆっくり休んでおくれ」
「痛み入ります」
「それでは、また来る」
それだけ言い残すと、王太子はさっさとピンクの女のところへと歩いていく。
ピンクの女は王太子が来るなり、腕を回して甘えるようにべったりとくっついた。
「赤ちゃん、可愛かったですか?」
「僕と同じ髪色でホッとしたかな」
「いいなぁ、私も赤ちゃん欲しいです」
「もう第一王子が生まれたから、これからは気にすることないよ」
そんな会話を繰り広げながら、まざまざと見せられる後ろ姿を、黄色い私は見つめていた。
なんの茶番劇かしらね。
私はつまらないお芝居を見せられているようで、反吐が出そうになる。
「無難な未来ね」
私がそう答えると、濃紺のドレスの私は不敵な笑みを見せた。
「なによ、強がっちゃって。本当は切なかったりするんじゃないの?」
「私に何か感じてほしかったのかしら?」
「何も感じないわけ?」
「ありきたりすぎてつまらなかったわ」
「あのピンク女が、相変わらず彼の寵愛を受けているのにぃ?」
私ではなく、偽物の私は映っていたあの男爵令嬢が気に入らないらしい。
それこそどうでもいいことだ。
「彼女が殿下の慰めになってくれるというなら、有難いことじゃない。私に愛まで求められても困るもの。ああいうのは、側妃が満たして差し上げればいいのよ」
「…あんな女が側妃でいいわけぇ?」
「いいのではないかしら。頭が弱いから、政治などには首を突っ込まないでほしいけれど。寵愛対象としては、及第点でしょう?」
私の答えに納得がいかないらしく、もう1人の私は声を荒げて、私の足元を指差した。
「もういいわ、さっさと次も見なさいよ」
どうして上から物を言うのかしらね。
私だって、普段はあんな態度しないというのに。
私は仕方なく、青色の石畳を踏んだ。
黄色が消えて、青が浮かび上がった。
やはり似たような感じで、今の私とは違う私が映っている。
先ほどは黄色だったように、今度は全体的に青色の光が帯びている。
その場所はさっきとは違って、寝室のようだった。
カーテンが閉め切っていて、仄暗い。
そして、なぜか憔悴した私が横たわっている。
病気を患っているとか、具合が悪そうというわけではないのに、疲れているような、ほんの少し不健康に見える。
その部屋の中に、王太子殿下が1人で入ってきた。
彼は施錠したあとに、ドアノブに鎖を巻きつけて、さらに魔法までかけて、扉が開かないようにした。
慣れた手つきでそうしてから、一直線にベッドへと向かう。
「エウレナ、いい子にしていたかい…?」
これまた自然な動きで、青い私の上に跨って、その髪に愛おしそうに触れていた。
そこに口付けを落として、さらりと髪から首筋、鎖骨、胸元へと指を滑らせていく。
あんな王太子殿下は、はじめて見た。
よく見ると、私の足首には枷がはめられているではないか。
どこにも逃げられないように、部屋に閉じ込めているようだった。
「殿下、こんなこともうやめにしましょう…?」
弱気な声が青い私から零れて、濃紺のドレスの私よりも偽物に見えた。
「君を他の奴の目に触れさせたくないんだ」
「そんなのいつまでも続きませんよ」
「続くさ。エウレナが僕のそばにいてくれる限り、いつまでも続けてみせるよ」
色っぽい視線でベッドの上の私を舐め回して、ほうと息を吐いている。
「綺麗だエウレナ、僕だけのお姫様…」
そのまま一方的に唇を奪われて、熱情に飲み込まれていく。
いつものことなのか、青い私は抵抗することなく受け入れていく。
カーテンが閉まっているだけで、昼か夜かもわからないが、ことが始まっていく。
王太子殿下は、体中に跡をつけるようにしつこく求めている。
まるで、青い私以外には何も見えていないような、獣のようだった。
それでいて、時々組み敷いている私のことを気遣っている。
「ごめんね、ごめんエウレナ。ただ君が好きなだけなんだ、…愛しているんだ、エウレナ」
譫言のように愛を囁く王太子は、必死で青い私を求めていた。
心でも繋ぎ止めたいようだった。
操られていると言われた方が、まだ納得のできる光景だった。
「どう?1人だけ、彼の女として愛される人生は?」
いつの間にか近づいてきていたドレスの私が、ニヤリと顔を歪めて笑っていた。
その笑みは、なかなかに腹立たしかった。
「嘘くさくて敵わないわね」
「素直じゃないわねぇ」
「異臭がしそうで不快だったわ」
「…ほんとに可愛くない」
ケッと吐き捨てるような表情をされても、私の心は特に揺れたりしない。
だって、嘘くさいのは本当のことだし。
これは彼女に構っていないで、赤色も見てしまった方が早いだろう。
私は促される前に、赤色の石畳を踏んだ。
青から赤に変わったが、映し出された私は、地面の上に転がっていた。
いや、正確には私らしき女性だった。
身ぐるみ剥がされて、暗い路地裏に落ちていた。
顔面は殴られたのか、鈍器でもぶつけられたのか、ぐちゃぐちゃで判別がつかない。
息があるのかもわからないし、体も暴行の跡だらけで、痛ましかった。
わざと残されたであろう、王太子からの唯一の贈り物である、大して値のあるものではないネックレスだけ身につけていた。
それが、私だと証明するようだった。
「この人も可哀想にな。横槍に入った男爵令嬢を嗜めただけなんだろう?」
「あと、王太子に対して、ずっと苦言を呈していたらしい」
「まともな方が殺されるとはなぁ」
「この女は王家のことを知り過ぎているからな。迂闊に放流できなかったんだろ」
「あの男爵令嬢を妃にするためだけに殺されるなんて、浮かばれないねえ〜」
「その女を殺しといてよく言うよ」
「それはそれ。依頼はきちんと遂行するさ」
全裸の女を取り囲んでいた数人の男たちは、殺せと命じられて殺しただけなのだろう。
好き勝手言って、足早にその場を去っていった。
鈍く赤く光る私は、不用品のように取り残されていた。
「ここまでお馬鹿だと思いたくないけれどね」
本当にこの未来を辿るのだとしたら、自分の結末よりも未来の国への心配が勝る。
国民は、平穏に暮らしていけるのだろうか。
王族と貴族は、きちんと自分たちの役目を果たしていくのだろうか。
私の犠牲を開幕に、腐敗が広がっていくばかりだと思うと、貴族令嬢としては選べない未来だというのが、率直な感想だった。
「動揺くらいしたらどうなの?」
「王太子殿下と男爵令嬢のお馬鹿さ加減にため息は出そうだったけれどね」
「そういう可愛くないところが、婚約者に好かれていないのだと、いい加減気づいたらどうなの?」
目の前の彼女は、また私を睨んでくる。
奥に映ったままの赤い私の、光を失った目もこちらを向いている気がする。
今度こそ私は、パフォーマンスとしてため息を吐いてあげた。
深く深く息を吐いて、それからドレスを身に纏って偉そうにしている私を見てあげた。
向こうにたじろぐ様子はない。
さすがは私の偽物といったところかしら。
「あなたが何を私に望んでいるかは知らないけれど、私は今のままで何も問題はないわ」
平然とそう答えたが、その答えでは彼女が気に入らないのは火を見るより明らかだった。
「だーかーらーっ!そういう態度が自分の首を絞めているのよっ!」
髪を振り乱しながら怒りを露わにする私は、滑稽だった。
「国の存続のためにいいと思ったものは引き受けるし、婚約者の間違いを正すのが将来の妃の役目なのだし、何もおかしなところはないじゃない」
「せっかく未来を3つも見せてあげたのだから、改めたらどうなの!?」
「こちらとしては、頼んでもいないのだけれどね」
わかりやすくため息を吐いてみせると、とうとう胸ぐらを掴まれた。
はしたないから、やめてほしい。
「それで、どの未来を選ぶわけぇっ?ここまできて、がっかりさせないでよね!?」
悲鳴に近い声で叫ばれて、耳を塞ぎたくなる。
本当に、わかっていないのはどちらなのだか。
「あなたの夢物語には付き合っていられないわ」
平坦な私の声が、よく響いた。
胸ぐらを掴んでいる彼女の顔が、今まで以上に醜くなっていくのがわかった。
「どれも選ばないわよ」
「な、にを言っているの…」
「なんで私が選ぶ前提なのか教えてほしいくらいだけれどね」
「ふざけないでよっ!あんたのそういう人を見下しているところを、婚約者は見抜いているんでしょうね!?」
言いたい放題だが、何を言われても何も思わない。
馬鹿な人を馬鹿だなと思っているだけだし、役に立つところがあるなら利用するだけだ。
そもそも、私が夢の中の自分だからといって、ただの他人に提示された人生を簡単に歩んでいくと思っていること自体、私のことを馬鹿にしているというものだ。
「大体、選べなんて偉そうなこと言っているけれど、3択とも中途半端じゃない」
面倒臭いが対話に臨んであげると、彼女はぽかんと口を開けた。
「何がよ」
「全部よ、全部。たった一部の場面だけ見せられて選べなんて、選ぶわけないじゃない」
「はあ…?」
「あなた、物事を局地的に見過ぎているんではなくて?もっと大局で見るものなのよ、人生も、関係性も、国も、歴史も」
私は濃紺ドレスの私を突き飛ばして、寝間着を払った。
突き飛ばされた方は尻餅をついて、私を見上げている。
いい気味だと思った。
「愛されたい、上に立ちたい、自分の思い通りにしたいなんて、子どもでも言わない我が儘を押し付けられてもいい迷惑だわ。私はどれも選ばない」
そう言って、颯爽と後ろを振り返った。
3つの未来を見ることに付き合ってあげたのだ、もういいだろう。
私は彼女を置いて、歩き出した。
「夢ばっか見てないで、現実をつぶさに観察してなさいよ」
「ちょっと…!」
「流れを見て、最適解を選ぶ。そうやって、自分の手で作っていくからご心配なく」
「待ちなさいよっ、エウレナ…!」
彼女の叫び声が聞こえたけれど、気にも留めなかった。
目を開けると、カーテンの隙間から光が零れていて、今が朝だとわかった。
「はあ、夢だったみたいね…」
珍しく独り言を零しながら、私は起き上がった。
すぐにベッドを抜けて、カーテンを開けた。
日の光が優しくて、ここが現実だとわかるし、生きた心地がした。
無機質の空間から帰ってこられた感覚がした。
あれだけ奇妙な未来とやらの断片を見せられたのだ。
だったら、私はもっと最適解を選んでやろうと思うのが自然だった。
そこだけは、面白みがあったかもね。
そんなことを思いながら、私は今日も自分の信念に従って、人生を刻んでいくのだろう。
あんな未来が待ち受けているというのなら、向き合うまでだ。
私のすべきことは、変わらない。
「私は王太子の婚約者であり、貴族の娘エウレナ。ただそれだけよ」
やっぱり普段は言わないような独り言が出てしまうのは、変化があるようで、笑ってしまうのだった。
了
お読みくださりありがとうございました!!
毎日投稿162日目。




