5.夢で無い…現実
夢であってほしかった。でも、そうではないようだ。自分の目の前にあるのは…信じたくない。でも、はっきりとした現実だった。平和ボケの象徴ともいえる僕にとっては目を背けたくなる現実。平和を前提にした考え方と、私自身。なんだかすべてが崩れさっていくように思えてきた。
「腕時計の上に手のひらを添えてみろ。」
割り切れた訳ではなかった。でも、彼の言葉に従う以外思い付かなかった。手のひらを添えると、腕時計は光のようなモノを発し、そして暖かいなにかで私は「回収」された。その何かに身を任せていると、海のような、なにか懐かしい空間にいる気持ちと…そして、一気に視線が広がった。不思議に、その時は焦りはなかった。ふしぎに…
「聞こえます?秋人君。今、あなたは、この子自身です。この子へ与えられた衝撃は、小さくはなりますが、あなたも伝わります。この子が亡くなる時、それ時は……、言わなくともわかりますね。ただ、今私の声が聞こえているように、こちらでも、そうならないように最低限の制御を行います。というのも、やろうと思えばあなたを経由して強制的にコントロールする事はできるのですが、それはあなたの脳や精神に影響を及ぼしてしまいます。つまりはあなた自身の身は、あなた自身で守るしか無いという事です。あ、私、後方支援を担当する工藤優子と申します。」
優子さんが、仲間だとか単なる同僚だとかいう事はあまり考える気にはならなかった。優子さんは、最低限の制御をする権限…最悪の場合は私の意思に関係なく強引に制御する権限をもっているという事だ。つまりは、僕の生死の一端を握っているといっても問題のない状況だった。だからこそ、なにより「恐怖や不安」を抱いてしまった。
ただ、もう逃げ道は自分で塞いでしまっている。もう選択肢はひとつだけ。印象を悪くしてしまうのを承知で、こう声をかけた。
「優子さん。別の会いかただったら、好きになってたかもしれない。だけど、いまの状況だと、将来、あなたをうらんでしまうかもしれない。でも、それまで、わたしのお姉さんでいてほしいです。かまいませんか?」
優子さんはオペレーションルームにいるようで、お互い姿が見えているわけではない。でも、なぜか少し困ったような表情が浮かんで、そして笑顔になった表情が見えた気がした。
「いいわ。おねえさんでも。もし、うらまれても仕方が無いと思う。だって、苦しいのを解っているのに、辛いのを解っているのに、無理矢理戦いに送り込む事になってしまうんですから。その事で、私も死ぬことがあっても、あなたをうらんだりはしないわ。だって、自分自身が選んだ道ですもの。」
と言った。そのときの言葉に本音が含まれていたかと言うのは結局聞きそびれてしまったのだが、私はすこし安心したような気がした。真っ白だった頭の中がすこし晴れたような気がした。