婚約破棄されたので身を引いたら、不倫していた元婚約者が破滅し、なぜか隣国の冷酷王子に溺愛されて困っています
「エリアナ・ヴェルディア。君との婚約は、ここで破棄する」
王城の大広間に、その言葉が響き渡った。
周囲の貴族たちがざわめく中、私は静かに顔を上げた。
「理由を、お聞きしても?」
問いかけると、婚約者である第一王子ルークは、わざとらしくため息をついた。
「君は淑女としての品位に欠ける。それに――他の男と密会しているそうじゃないか」
……呆れるほどの言いがかりだった。
けれど、その隣で勝ち誇ったように微笑む女を見た瞬間、すべてを理解した。
侯爵令嬢ミレイユ。
最近、やたらとルークに近づいていた女だ。
「証拠ならありますわ。こちらを」
彼女が差し出した手紙。
そこには確かに、私が誰かと密会しているかのような内容が書かれていた。
だが――そんなもの、見覚えはない。
「……それで、私は断罪されるのですね」
「当然だ。君のような女は王妃に相応しくない」
ルークはそう言いながら、ミレイユの肩を抱いた。
その距離の近さに、思わず苦笑する。
「なるほど。では――」
私は深く一礼した。
「婚約破棄、謹んでお受けいたします」
その瞬間、会場がざわつく。
泣き崩れるとでも思ったのだろう。
けれど私は、ただ静かに微笑んだ。
(不倫していたのは、そちらでしょうに)
気づいていないとでも思っていたのか。
夜ごと密会していたのは、あなたたちの方だというのに。
――まあ、いい。
ここで争う必要はない。
なぜなら。
(すでに、証拠は押さえてあるのだから)
その日の夜。
私は静かに屋敷を後にした。
王都にいる理由はもうない。
すべてを捨て、辺境へ向かう――はずだった。
「こんな夜更けに一人とは、感心しないな」
低く響く声。
振り返ると、そこにいたのは一人の男。
銀の髪に、氷のような瞳。
「……どなたですか?」
「通りすがりの王子だ」
軽く言ってのけた男に、私は思わず目を見開いた。
「隣国アストリアの第二王子、レオンだ」
噂には聞いている。
冷酷無比で、誰にも心を許さない王子。
「婚約破棄された令嬢が、夜逃げか?」
「……否定はいたしません」
すると彼は、ふっと笑った。
「面白いな。普通は泣き叫ぶものだが」
「泣いても、何も変わりませんから」
その言葉に、彼は興味深そうに目を細めた。
「ならば、提案だ」
「提案……?」
「俺の国へ来い。代わりに――復讐を手伝ってやる」
心臓が、強く跳ねた。
「なぜ、そこまで」
「気に入ったからだ」
即答だった。
そして彼は、私の手を取る。
「それに、あの男と女……気に食わない」
――その瞬間、私は決めた。
「……よろしくお願いいたします、殿下」
こうして私は、すべてを失った代わりに――
新たな運命を手に入れた。
それから数ヶ月後。
王都では、大騒ぎになっていた。
ルーク王子とミレイユの関係が暴かれたのだ。
私が用意していた証拠。
それを、レオン殿下が王国へ突きつけた。
「王族としての品位を著しく欠く行為だな」
彼の冷たい声が、謁見の間に響く。
ルークの顔は真っ青だった。
「ち、違う!これは――!」
「証拠は揃っている。言い逃れは無意味だ」
さらに、ミレイユの偽造した手紙も暴かれる。
彼女はその場で崩れ落ちた。
「どうして……どうしてバレるのよ……!」
愚かなことだ。
真実は、いずれ明るみに出る。
結果。
ルークは王位継承権を剥奪。
ミレイユは社交界から永久追放。
すべてが終わった。
そして。
「エリアナ」
隣で優しく名前を呼ぶ声。
振り向くと、レオン殿下が微笑んでいた。
あの冷酷王子とは思えないほど、柔らかい表情で。
「これで復讐は終わりだな」
「はい。すべて、殿下のおかげです」
そう言うと、彼は少しだけ不満そうに眉を寄せた。
「……それだけか?」
「え?」
「礼なら、もっと他にあるだろう」
距離が、近い。
思わず息を呑む。
「例えば――俺の婚約者になるとか」
一瞬、言葉を失った。
「……冗談、ですか?」
「本気だ」
即答だった。
「お前はもう、俺のものだ」
その言葉に、胸が熱くなる。
「嫌か?」
「……いいえ」
私は微笑んだ。
「むしろ、光栄です」
すると彼は、満足そうに笑い――
そのまま、優しく抱き寄せた。
「なら決まりだな」
その腕の中は、驚くほど温かくて。
「これからは、俺がすべて守る」
甘く、低い声が耳元で囁く。
もう、失うものはない。
けれど――
それ以上に、大切なものを手に入れた。
復讐の先にあったのは。
冷酷王子の、過剰なほどの寵愛だった。
――そして私は、彼と共に新たな未来へ歩き出すのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「本日、両国の同盟締結および婚姻をここに宣言する――」
荘厳な大聖堂に、厳かな声が響く。
私は純白のドレスに身を包み、ゆっくりと歩いていた。
その先には――
「……エリアナ、足元気をつけろ。転んだら俺が泣く」
「殿下、静かにしてください」
小声で真顔の注意。
……そう。
隣に立つこの人こそ、かつて“冷酷王子”と恐れられたレオン殿下。
――のはずなのだけれど。
(なぜか最近、残念さが隠しきれていないのよね……)
「では、誓いの口づけを」
その言葉に、彼は一瞬で真っ赤になった。
「え、い、今!?ここで!?」
「今です」
神官が無慈悲に告げる。
「ま、待て、心の準備が……!」
(えぇ……)
つい先日まで敵国を震え上がらせていた男とは思えない狼狽ぶり。
けれど次の瞬間、彼は覚悟を決めたように私を見た。
「……エリアナ」
「はい」
「一生、大事にする」
その瞳は、真剣そのものだった。
そして――
そっと、優しく口づけられる。
……その直後。
「やったあああああ!!成功した!!!」
「台無しです殿下」
思わず即ツッコミしてしまった。
神官も参列者も、ぽかんとしている。
「いやだって!!人生初だぞ!?キス!!」
「聞いてません」
「緊張で昨日一睡もしてない!!」
「だから目の下にクマが……」
「バレてた!?」
(本当にこの人、あの冷酷王子……?)
結婚式の後。
王城の一室で、私は深いため息をついた。
「……これから先が不安です」
「なぜだ!?」
「自覚がないところです」
すると彼は、なぜか真剣な顔になった。
「安心しろ」
「はい?」
「外ではちゃんと冷酷王子をやる」
「“やる”って言いましたね今」
「だって本当はこうだし」
開き直った。
(隠す気ないわね……)
「だがな」
彼はふっと微笑んだ。
「お前の前でくらい、格好つけたくない」
その言葉に、胸が少しだけ熱くなる。
「……ずるいです」
「ん?」
「そういうところです」
すると彼は、嬉しそうに笑った。
「つまり、好きってことか?」
「言ってません」
「顔に書いてある」
「書いてません」
「じゃあ確認する」
そう言って――
突然、ぐっと距離を詰めてきた。
「な、なにを……!」
「夫婦なんだから問題ないだろ?」
にやり、と悪い顔。
(あ、この人たまに強引になるのよね……!)
そして――
再び、優しく口づけられる。
今度はさっきよりも、少し長く。
「……っ」
「顔真っ赤」
「殿下のせいです!」
「可愛いな」
「もう知りません!」
背を向けると、後ろから抱きしめられた。
「逃げるな」
「逃げます」
「無理だな」
「なぜです」
「もう捕まえた」
ぎゅっと、強く。
けれど優しく抱きしめられる。
「……一生、離さない」
その声は、冗談ではなかった。
「……はい」
小さく、頷く。
「それにしても」
彼がぽつりと呟く。
「元婚約者の男、今どうしてるんだろうな」
「地方で細々と暮らしているそうです」
「ざまぁだな」
「ええ、本当に」
二人で顔を見合わせて、くすっと笑う。
復讐は終わった。
過去はすべて清算された。
残ったのは――
少し残念で。
とても優しくて。
誰よりも私を愛してくれる、この人だけ。
「エリアナ」
「はい、レオン様」
「愛してる」
「……私もです」
そうして私は、彼の腕の中で微笑んだ。
冷酷王子――ではなく。
残念で愛しい、それでいて凛とした雰囲気も兼ねた次期国王の妻として。
これからも、きっと騒がしくて幸せな日々が続いていく。
――それでもいい。
むしろ、それがいい。




