第八話 宿と《青いカード》の予感
アリスとの密室での会談を終え、俺は斡旋所の外に出た。
ホールは先ほどよりもいくぶん静かになり、雑談を交わすハンターたちの声が響いている。
アリスは別れ際、古びた羊皮紙の登録用紙と、一枚の硬貨を俺に手渡した。
> 「今夜はこれを宿代に。私が保証人よ。この硬貨を見せれば、大抵の宿は泊まれるはず。くれぐれも、街では目立たないように」
>
硬貨は手のひらサイズで、中央にドミニク王の横顔が刻まれた銀貨だった。
アリスは、俺の身分保証の件と、明日の能力査定について斡旋所の責任者(おそらく代理の彼女自身だろう)に登録処理をすると言い、再び裏の部屋へと戻っていった。
「ハーイ、ユー。どうだったヨ? あのコールド・ガール」
レンシオが、店の外で待っていた。
「アリスさん……実は、二十年前に来た転移者の妹だったんだ」
レンシオは目を丸くし、数秒間言葉を失った。
「シスター……マジかヨ。ウワサは本当だったネ。あのコールド・ガールが、転移者のコネクションだとは……」
彼は深く頷き、興味深そうに俺の顔を覗き込んだ。
「それで、明日、ハンター登録するヨ?」
「うん。まずは自分の能力を確かめろ、って。アリスさんが宿も手配してくれたんだ」
俺は手に握った銀貨をレンシオに見せた。
「オー、シルバーのギルド・コイン! ナイス! それなら大丈夫ネ」
レンシオは快活に笑い、俺の肩を叩いた。
「じゃあ、ユーを宿まで送るヨ。南シティのベストな宿は、ここから歩いてファイブ・ミニッツ」
レンシオに連れられて、俺は斡旋所から少し離れた路地にある宿屋に辿り着いた。
看板には、赤と黄色のランプで《宿屋:オムネットの憩い》と書かれている。
古いが清潔そうな二階建ての建物だ。
受付でアリスからもらった硬貨を見せると、髭の生えた強面の店主は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに顔を和ませた。
「ああ、斡旋所からのご予約の方ですね! ありがとうございます。部屋は二階の奥。湯も張ってありますよ」
どうやらアリスは既に手を回してくれていたらしい。
「レンシオさん、助かったよ。本当にありがとう」
「ドント・ウォーリー。ユアは俺のファースト・ゲストだネ。明日の登録、頑張れヨ! 俺はまた、キノコ狩りに行くから」
レンシオは手を振り、喧騒の街の中へと消えていった。
与えられた部屋は、簡素だが十分な広さがあった。ベッドと小さなテーブル、そして窓。窓からは、夜の南シティの光がわずかに見える。
リュックを床に置き、まずは風呂で一日の疲れを流す。
浴槽に浸かりながら、俺は今日の出来事を反芻した。
(異世界転移、謎の紙幣、アリスの姉、そしてハンター登録……)
風呂から上がり、ベッドに腰掛けたとき、俺はリュックから三つの「異世界アイテム」を取り出した。
銀色の棒、透明な小瓶。そして、青く光るカード。
カードは、手に取るとやはり微かに温かい。
アリスの言葉が頭をよぎる。
> 「元の世界の記憶や、情報がデータ化されたものかもしれない」
>
俺の記憶……。
ふと、カードの表面を親指でそっとなでてみた。
すると、カードの青い光が、わずかに強くなったような気がした。
その瞬間——
俺の意識に、何かが流れ込んできた。
それは言葉でも、明確な映像でもない。まるで、パソコンの画面が立ち上がる時のように、情報が一気に脳内にアップロードされるような感覚。
数秒後、俺はハッと息を吐いた。
心臓が激しく脈打っている。
(今のは……何だ?)
カードは、相変わらず静かに青く光っている。
もう一度、カードに集中して意識を向ける。
今度は、もっと明確な文字が、俺の脳裏に浮かび上がった。
【ユウ】
所属:転移者
等級:N/A
能力値:
* 筋力(STR):5
* 耐久(VIT):6
* 魔力(MAG):1
* 知力(INT):10
* 敏捷(AGI):4
ユニークスキル:
* 【知識統合】
* 効果: 異なる世界の知識、言語、歴史を脳内で瞬時に処理・統合する。
* 備考: 言葉の壁を打ち破った主な要因。精神力と密接に関係。
(ステータス……?これ、俺の能力値なのか!?)
まるでゲームの世界の表示だ。
『ユウ』は俺の名前で、それ以外の数字は、俺の元の世界の平均的なサラリーマンとしての能力をそのまま反映しているように見えた。
(魔法の能力を示す**魔力(MAG)**が『1』……知力が高めなのは、まあ、事務仕事してたからか?)
そして、何よりも目を引いたのが、**【知識統合】**というユニークスキル。
レンシオや店主のジャパングリッシュが不思議と理解できた理由が、これだ。
俺の耳が勝手に補完してくれていたのではなく、このスキルが脳内で処理していたのだ。
俺は青いカードを強く握りしめた。
これは、単なる身分証ではない。
(これは……俺の存在証明だ)
明日、アリスが言っていた「能力査定」——。
俺の心臓は、期待と不安で激しく脈打っていた。
「俺の力……いったいどんなものなんだ?」
窓の外の夜の街に向かって、俺は静かにそう呟いた。
明日は、この世界で「ハンター」としての第一歩を踏み出すことになる。




