第六話 喧騒の斡旋所と窓口の少女
石造りの重厚な扉を押し開けると、湿った空気と熱気が肌を打った。
「うわ……」
そこはまさに、俺が想像していた「ギルド」そのものだった。
広いホールの中央には、何本もの太い円柱が天井まで伸び、油のランプと、天井の奇妙な蛍光灯のような光が混ざり合い、室内を照らしている。
ホールは人で溢れかえっていた。
獣の耳を持つハンター風の男、長いローブを着た学者然とした女性、そして武器の手入れをしている兵士のような集団。全員が、思い思いの言葉で会話をしている。
「うるせぇネ……」
レンシオが耳を押さえながらぼやく。
壁際にはいくつもの光るパネルが取り付けられ、そこにジョブやクエストの情報が次々と更新されていた。
(マジでRPGの世界に来たんだな……)
喧騒に気圧されそうになりながら、俺はレンシオの後を追った。
「アッセンジョのメインは、あのレセプション・カウンターよ」
レンシオがホールの一番奥、コの字型に広がった大きな受付を指差した。
そこには三つの窓口があり、それぞれに長い列ができていた。
* 一つ目の窓口:《QUEST / JOB》
* 二つ目の窓口:《MATERIAL / APPRAISAL》
* 三つ目の窓口:《REGISTER / PRIVATE》
「ユアはまず登録が必要。登録したら身分証明できるよ。でも、今は人が多いネ」
「プライベート窓口は?」
「あそこは主にハンターのステータス更新とか、アイテムのシークレットな鑑定とか、そういう時に使うヨ。マスターがいれば対応してくれる」
(シークレットな鑑定……さっきのアイテムを見てもらうならここか?)
しかし、その「REGISTER / PRIVATE」と書かれた窓口には、誰も並んでいなかった。代わりに、窓口の前に「席を外しています」とでも言いたげな、簡素な札が置かれている。
「マスターはどこかに行ったみたいだネ。今日は、ジョブ・ネットのマネージャーじゃなくて、代理が来てることが多いヨ」
レンシオはそう言いながら、ホールの隅にある小さな掲示板の前に立ち止まった。
「まずは、チープな日雇いジョブからスタートする? それとも、俺が持ってるクエストをシェアする?」
「レンシオさんが持ってるクエスト?」
「オウ。今夜、俺は『南の森の毒キノコ採取』ってクエスト持ってるヨ。チープだけど、ノー・モンス。ビギナーにはいいかも」
レンシオは屈託なく笑った。
そのとき、俺たちの会話を遮るように、ホールの喧騒が一瞬だけ静まった。
見ると、「QUEST / JOB」の窓口の後ろから、一人の少女が現れた。
長い銀髪を三つ編みにし、フリルのついた薄紫色の服を着ている。見た目は十五歳前後だろうか。
しかし、彼女の視線には一切の愛想がなく、どこか冷たい。
「待たせてゴメン。カウンター閉めるワ。次のシフトまで休憩」
少女はそう言って、慣れた手つきで窓口の前に「CLOSED」の札を置いた。
列に並んでいたハンターたちがざわめく。
「おい、あと二人で俺の番だったんだぞ!」
「今日中にギルドカードの更新しないと、明日の討伐に行けねえ!」
怒号を上げる男たちにも、少女は動じない。
「休憩は法律で決まってる。文句あるなら『労働基準ギルド』にどうぞ」
少女は完璧な日本語で、そう言い放った。日本語に英語の響きは一切混じらない。
(この街にも、普通の日本語を話す人がいるんだ……)
少女は列を無視し、「REGISTER / PRIVATE」の窓口を通り過ぎ、ホールの裏へと消えていく。
「シーは、マネージャーの代理よ。メイビー、イーフォン出身」
レンシオが小声で教えてくれた。
「イーフォン出身ってことは……」
「ランゲージがピュア・ジャパンなのヨ。でも、態度がちょっとコールドだから、ハンターからは人気ないネ」
レンシオが「QUEST / JOB」の窓口が閉まったのを確認し、ため息をついた。
「ジョブがクローズしちゃったネ。どうする? 明日また来る?」
俺はふと、少女が消えた「REGISTER / PRIVATE」窓口の方へ目をやった。その窓口は、今、誰も使っていない。
思い切って、俺はレンシオに言った。
「レンシオさん。俺、さっきの女の子に話を聞いてみたい。もしかしたら、アイテムのことを知ってるかもしれない」
「ヘイ? あのコールド・ガールに? やめたほうがベターよ。シー、面倒クサイことキライだから」
「でも、今夜動かないと、俺、泊まるところもないし……」
レンシオは俺の濡れた服をちらりと見て、再び肩をすくめた。
「オウ……そうだネ。ユア、アイテムと居場所、両方必要。よし、付いてイクよ。俺が何かあったらストップするから」
レンシオが先に進み、少女が消えたホールの裏口へと向かう。
裏口は、ただの休憩室や物置部屋にしては、異様に重厚な鉄の扉だった。
扉の横には、小さな呼び出しパネルがある。
レンシオが躊躇なくそれをノックすると、すぐに内部から声が響いた。
「何? 今、休憩中だって言ったでしょ。緊急事態じゃなきゃ受付に戻って」
先ほどの、冷たく、整った日本語だ。
「エクスキューズ・ミー! プライベート・アッセンの件で、遠方からのゲスト連れてきたヨ!」
レンシオが遠回しに「異世界人」という言葉を混ぜる。
一拍の沈黙の後、扉の向こうから、冷たい声が続いた。
「……遠方? 意味が分からない。何の用件ですか?」
俺は意を決して、鉄の扉に顔を近づけた。
「あの! 実は、俺の持っているものが鑑定不可能な物みたいで! 異世界の品かもしれません!」
その瞬間、扉の向こうの空気が、まるで凍り付いたように変わった。
カシャン!
という音と共に、扉に取り付けられた重厚な施錠が外れる音が響いた。
そして、内側から、銀髪の少女が顔を覗かせた。
彼女の冷たい瞳が、初めて熱を帯びたように、俺を射抜く。
「……異世界?」
少女は静かに、しかし有無を言わせぬトーンで言った。
「入りなさい。その話、詳しく聞かせてもらうわ」




