第二話 オムネットという国とイーフォン
外套をしっかり身体に巻き付けても、濡れた服が肌へ貼りついて気持ちが悪い。
噴水広場を吹き抜ける風が、冷たさに拍車をかける。
——温まりたい。
でも、服を替えるとなればお金がいる。
この世界の相場なんてまるで分からない。
「……服って、いくらくらいするんだろ」
ぼそっと漏らした独り言に、すぐそばの青年が反応した。
「キテるモノね? んー……ワン・コルドだから、チープよ」
指を一本立てて見せる。
ワンコインみたいなノリで言うが、この世界の金銭感覚なんて分かるはずもない。
「……コルドって?」
青年は一瞬だけ目をぱちりと開いた。
「コルド……オウ? しらないネ? コルドは“オムネット”の通貨ヨ。……ユア、どこカラ来たよ?」
「日本だよ」
「ニッポン……? イーフォンじゃなく、日本?」
聞き返された。“イーフォン”という言葉は初耳だ。
「イーフォン?」
「オムネットとイーフォン。二つのナショナルよ」
青年は当然のように言った。
——この世界には「オムネット」と「イーフォン」という国がある?
あまりに自然な言い方に、逆に現実味が増す。
「オムネットが……この場所の国名か?」
「オウ。ここは“オムネット・サウスシティ”。ユーが落ちてきたの、そこのファンテンね」
説明しながら、青年は噴水を親指で指す。
その仕草は現代日本と変わらないのに、言葉だけが違う。
「じゃあ、イーフォンってのは?」
「イーフォンはジャパンとエービスがユニオンした国ネ。だからランゲージもジャパングリッシュ」
——ああ、この英語混じりの日本語の理由はそこか。
日本と“エービス”という国が合併してできた国。それがイーフォン。
そしてその影響が言語に残り、発音が少し英語寄り、語順も英語が混じる……。
ようやく腑に落ちる。
けれど同時に、ぞくりと背筋が震えた。
俺がいた日本とは違う歴史を辿った世界……なのか?
小さく深呼吸して、聞き返した。
「じゃあ、オムネットとイーフォンは……隣同士の国?」
「ノンノン。オムネットはメインランド。イーフォンはアイランドね。国ぶりチガウヨ」
俺の頭の中に、地図のようなものがぼんやり浮かぶ。
けれど混乱のほうが勝って、すぐに霧散した。
そんな俺の様子に気づいてか、青年は肩を竦めて笑った。
「ソレより、ユー、まずはウォームしなさい。服、買う? ワン・コルドでチープよ」
「その……メタルペーパーって、使えるんだよな?」
「オフコース。トヨトミ・シゲノブのフィフティ・メタル。サーティ・コルドくらいネ。ユー、もう服テンションじゃない?」
三十コルド……さっき言っていたのは、服が一コルド。
ということは、紙幣一枚で三十着は買えてしまう計算になる。
桁の感覚が俺の世界と違いすぎる。
「……それなら、一着だけ……買ってみるか」
「オウ、カムカム! クロースショップ、こっちネ!」
青年は手を振り、まるで観光案内のように先を歩き出す。
他の人々はだんだんと散っていき、広場の活気が戻りつつあった。
濡れた靴の中で、水がちゃぷっと鳴った。
——日本じゃない。
言語も、紙幣も、国の名前すら違う。
それでも。
まずは服を買って、体を温めよう。
そこからだ。何が起きているのか、ゆっくり確かめればいい。
そんなふうに思いながら、俺は青年の後ろ姿を追った。




