第十四話 王都の夜明けと潜入準備
アリスに支えられながら山道を登り続けること、およそ三十分。
山道の頂上を越えた瞬間、眼下に広がる光景に、俺は息を呑んだ。
オムネット王国の首都、王都。
南シティのような雑然とした活気はなく、すべてが整然と、そして重厚に配置されている。
街全体を囲む高い城壁の内側には、ピラミッドのように階層的な建造物が林立し、その中心には巨大な王城がそびえ立っている。
夜明け前の薄明かりの中、街の主要な道路や建物の輪郭が、人工的な青いマナの光で描かれており、まるで未来の都市のようだ。
「あれが王都よ。オムネットの文明とマナ技術の粋が結集した場所」
アリスの声は、どこか疲れていたが、強い決意を秘めていた。
「王城の真下に、王立図書館がある。姉のメモが保管されている可能性が最も高い場所よ」
(あの巨大な王城に、どうやって潜入するんだ?)
「アリスさん、体力は回復しました。でも、このまま街に入ったら、すぐにマナの検知システムに引っかかるんじゃないですか? さっき杖でシステムをオーバーロードさせたばかりだし……」
「ええ。だから、ここからは**『E-ランク・ハンター』**の潜入術を使うわ」
アリスは、俺を木陰に座らせた。
「ユウ、あなたのステータスが低いことが、私たちにとって最高のカモフラージュになるのよ。通常のハンターは、高ランクになるほどマナの反応が強くなる。E-ランクのあなたは、周囲の一般市民と区別がつかないほど反応が弱い」
「でも、レンシオは俺たちの行先を知らないはずでは?」
「油断は禁物よ。レンシオが我々を追っている限り、王族も我々がイーフォンへ向かったと信じている。私たちは、この誤解を利用する」
アリスは、自分のリュックから、数本の細い金属のワイヤーと、小さなカプセルを取り出した。
「まずは、あなたの体力(VIT)を回復させないと。このマナ・カプセルを飲みなさい。一時的にマナを吸収し、身体能力を向上させるわ」
「マナを……俺、魔力がないのに」
「大丈夫。これは治療用。魔力のない人間でも、体力回復には効果があるわ」
俺がカプセルを飲むと、身体の内側からじんわりと温かくなり、疲労感が急速に抜けていくのを感じた。青いカードの体力(VIT)の数値が、『3』から**『5』**へと戻った。完全に回復はしていないが、活動には十分だ。
「さあ、王都へ入るわよ」
王都の城壁には、いくつもの門があったが、アリスが選んだのは、目立たない南西の通用門だった。
「ここは、主に王族の食料や日用品を運び入れる業者用の門よ。マナ検知システムは、一般市民の出入り口よりもセキュリティレベルが低い」
門番は二人。分厚いマナ装甲を身につけた衛兵が、荷台をチェックしている。
「あの衛兵をどうやって……」
「大丈夫。私たちには、E-ランクの偽装と、この街の日常という武器がある」
アリスは、腰に下げたランタンを再び灯し、俺の腕を組んだ。そして、いきなり口調を変えた。
「ねえ、あなた。なんでこんな夜中に採集なんかに行くのよ。朝まで待てばよかったのに」
「えっ、あ、いや……納期が、な……」
彼女は、まるで恋人に愚痴をこぼすような、親しげな態度で話し始めた。そして、俺たち二人を取り巻く周囲の空間に、かすかに紫色のマナの霧を放った。アリスの偽装装置は、近距離ではまだ有効らしい。
二人は、衛兵の前に立ち止まった。
「ちょっと、ごめんね。うちのE-ランク・ハンターが、夜通しキノコ採集に付き合わされて、疲れ切ってるの」
アリスは衛兵に向かって、流暢なイーフォン語混じりの南シティ訛りで話しかけた。
「E-ランク? ふん、ご苦労なこった」
衛兵は鼻で笑った。高ランクのハンターを相手にすることが多い衛兵にとって、E-ランクは格下と見なされるようだ。
衛兵が、マナ検知器を俺たちの体に向けてかざす。
ピッ、ピッ、ピッ……
弱い反応を示す警告音が鳴るが、衛兵はそれを無視した。
「ああ、微弱なマナ反応。ただの市民と大差ないな。早く行け」
アリスは深々と頭を下げ、俺を連れて門を通過した。
門をくぐり抜けた瞬間、俺はホッと息を吐いた。
「すごい……衛兵の反応を逆手に取ったのか」
「E-ランクは、この街の常識の中で**『脅威ではない』**と見なされている。私たちは、その無防備さを利用した。さあ、ここからはマナの光に沿って進むわ」
王都の舗装された大通りには、すでに朝の光が差し込み始めていた。
建物はすべて均整が取れ、統一感がある。南シティの雑多な風景とはまるで違う、厳格な美しさだ。
アリスは王城の中心部を指差した。
「王城へ向かうわ。王立図書館は、王城の地下三階。そこへ潜入するには、衛兵の配置と、王族のマナ制御システムの波形を理解する必要がある」
アリスは俺のリュックを軽く叩いた。
「ユウ、あなたの【知識統合】が頼りよ。銀の杖は、隠しておきなさい。次の出番は、王立図書館の中よ」
俺は、この巨大な権力の中心地で、たった一人の少女と、俺自身の『知識』を武器に、最も危険な場所に侵入しようとしている事実に、改めて身震いした。
(元サラリーマンのE-ランク・ハンターが、王立図書館へ潜入……)
王都の青いマナの光が、王城の尖塔を照らし始めた。
夜明けは、もうすぐそこだ。




