第十三話 マナを断つ夜道と『銀の杖』の異変
地下水路を抜けるのは、想像以上に骨が折れた。
数時間、冷たい水と汚泥の中を歩き続け、体力(VIT)の低い俺は途中で何度か足がもつれた。そのたびに、アリスが冷たい声で「油断しないで」と叱咤し、俺の意識を引き戻した。
夜明け前、水路の終点。
アリスが格子を開けると、そこは街の喧騒から完全に隔絶された、苔むした岩肌の斜面だった。
「ここからは、山道よ。王都へ最短で向かうには、この裏道を使うしかない。マナの検知システムを避けるために、私たちは徒歩で進む」
アリスはランタンの火を消し、代わりにリュックから取り出した布製のフードを目深に被った。彼女の銀髪は完全に隠れる。
「私の偽装装置は、この街のマナ・インフラから完全に離れると効力が落ちる。ここからは、あなた自身の**【知識統合】**と、この杖の力が必要になるわ」
俺は、リュックから銀の杖を取り出した。細長く滑らかな銀の棒は、暗闇の中でも微かに光沢を放っている。
「どうやってこの杖を使うんですか?」
「姉のメモによれば、杖は『転移者の精神エネルギー』によって発動する。つまり、あなたの高い知力(INT)と【知識統合】が、この杖をマナ兵器に対するカウンターとして機能させるはず」
アリスは一呼吸置いた。
「この山道は、オムネット王国の初期に敷設された古いマナ・ロードが通っている。今は検知器が設置されているだけだが、もし追っ手が来れば、遠隔でマナの罠を起動させる可能性がある」
(マナの罠……つまり、魔法的なトラップか)
俺は青いカードを握り、意識を集中させた。
杖を握った手に、知力のエネルギーを流し込むイメージ。
チッ……
銀の杖の先端が、再び鈍い青い光を放った。しかし、すぐに消える。
「駄目ね。継続したエネルギーが必要よ」
「力を込めるだけでいいんでしょうか?」
俺はふと、杖に知識を流し込むように意識を操作してみた。
俺の脳内にある『電気回路』『周波数』『磁場』といった、元の世界の物理学の知識。それらを、この杖を通じて周囲の空間に**「適用」**するイメージだ。
ブゥン……
今度は、杖が低いうなりを上げ、青い光が安定して先端を包み込んだ。
光は、杖から半径数メートルを、元の世界の『レーダー』のように見せている。俺の目には、周囲の空間に存在する、目に見えないマナの流れが、白い線として可視化されたように感じられた。
「すごい! ユウ! それよ!」
アリスが興奮した声を上げた。
「これがマナの流れ……」
俺の視界には、地面を這うように、細い白い光の線が伸びているのが見えた。それが、アリスの言う「マナ・ロード」だろう。
「その白い線に触れずに進むのよ! 触れると、検知器が作動するわ!」
俺は杖を掲げ、**【知識統合】**で得た情報——『マナの流れのパターン』『山道の地形情報』——を瞬時に処理しながら、白い線を避けて慎重に歩み始めた。
一時間ほど山道を登ったころ、アリスが突然立ち止まった。
「ユウ、マナ・ロードの様子がおかしいわ。白い線が、先で急激に収束している」
俺も杖の光で確認する。確かに、数百メートル先の岩場に、白い線が一箇所に集中している。
「まるで、検知器の増設、もしくは……罠の発動準備みたいだ」
俺の脳が警報を鳴らす。
「どうする? このまま進めば、間違いなく捕まるわ」
アリスが焦りを滲ませる中、俺は【知識統合】を最大限に働かせた。
(マナの収束地点、地形、そしてレンシオの追跡時間……)
結論: この罠は、我々を捕獲するためのものだが、その目的はあくまで杖の回収。もし捕まっても、殺されることはない。しかし、アイテムは奪われる。
俺は、銀の杖を両手で強く握りしめた。
「罠を、逆に利用します」
「利用する?」
「この杖は、マナ兵器を無効化できる。つまり、マナの収束地点で、杖の力を使えば……」
俺は、青いカードに表示されたユニークスキルの情報を思い出した。
(俺の知力(INT)は10。この杖はそれを、この世界の物理法則に干渉させる**『武器』**にする。マナを『無効化』するのではなく、マナの波形を『書き換える』ことができれば……)
俺は深呼吸し、杖を通じて周囲のマナの流れを認識した。そして、収束地点のマナの波形に対し、元の世界の**『ノイズ(妨害電波)』**の概念を重ね合わせて、杖から流し込んだ。
ブチッ!!
銀の杖が、激しい青い光と共に、弾けるような音を立てた。
杖を握る俺の掌に、強烈な電気のような反動が走る。
そして、俺の視界のマナ・ロードを示す白い線が、一斉に消滅した。
「マナ・ロードが……消えた!?」
アリスが驚愕に声を震わせた。
「無効化じゃない。一時的に、マナの検知システムそのものを、オーバーロードさせた」
俺は冷や汗を拭いながら言った。
「五分間は、この一帯の検知器は機能しない。追っ手がここに来るまでには十分だ」
しかし、その代償は大きかった。
俺の青いカードを覗くと、体力(VIT)を示す数値が、**『6』から『3』**に激減していた。同時に、銀の杖の青い光も消え、熱を帯びていた。
「ユウ! 大丈夫!?」
アリスは俺の異変に気づき、駆け寄ってきた。
「大丈夫です。でも、しばらく杖は使えない」
無理やり杖を使ったせいで、全身が鉛のように重い。
アリスはすぐに俺を支え、山道を登り始めた。
「五分が勝負よ! 王都まであと少し! よくやったわ、ユウ! 本当に、あなたの力は……計り知れないわ!」
彼女の声は冷たかったが、その中には、初めて聞く称賛の響きがあった。
俺は、倒れそうな身体を引きずりながら、王都への道を歩き続けた。




