第十二話 地下水路の侵入と『知識統合』の応用
東門の騒乱を背後に、アリスは俺を、門の脇にある石壁の影へと引き込んだ。背後からはレンシオの怒鳴り声と、衛兵たちの慌ただしい足音が聞こえる。
「静かに。衛兵はすぐに私たちを探しに来る」
アリスはそう言って、石壁の地面に近い部分を指差した。そこには、苔むした古い格子が埋め込まれている。
「ここが、南シティの地下水路の緊急排水口よ。斡旋所の人間しか知らないルート」
アリスは、懐から小型の金属製ピストルのようなものを取り出した。
「衛兵のマナ兵器の反応を一時的に遮断する、**偽装装置**よ。姉が残した唯一のアイテム」
アリスが装置のボタンを押すと、カチリという小さな音と共に、彼女の身体の周囲に微かな紫色の膜のようなものが生じた。
「早く。格子は解除するわ」
彼女は、装置を格子の隙間に差し込み、複雑な操作を始めた。
その間に、俺は青いカードを握り、自分のステータスを再確認した。
【ユウ】
...
知力(INT):10
...
ユニークスキル:
* 【知識統合】
* 効果: 異なる世界の知識、言語、歴史を脳内で瞬時に処理・統合する。
俺の最大の武器は、この知力とスキルだ。
マナも身体能力も劣っているが、知識だけは誰にも負けない。
(アリスの装置の動作、衛兵の動き、レンシオの言動……すべてを統合し、最適な判断を導き出す)
その時、俺の脳内で、まるでコンピューターが高速計算をするように、膨大な情報が処理され始めた。
処理結果:
* レンシオの短剣の光(青色) → マナ駆動ではない、異種のエネルギー利用 → 銀の杖と同じ転移者系の技術の可能性。
* 魔道馬車の赤色点滅 → イーフォン国の技術的な干渉を示すサイン → イーフォンが馬車のルートを把握していた。
* アリスの偽装装置(紫色の膜) → オムネットの標準的なマナ検知システムを無効化 → 検知システムは低出力マナ反応に依存。
そして、結論。
「アリス。衛兵が持っているマナ検知器は、私たちが隠れるまで、たった5秒でこの場所を特定するわ」
その言葉は、まるで自分の口から出たものではないかのように、冷静かつ正確だった。
アリスは目を見開いて俺を見た。
「な、何でわかったの!? この装置の限界時間は私しか知らないはずよ!」
「あなたの装置の熱量変化と、衛兵の検知器の基本スペックが、脳内で照合されました。急いで!」
アリスは一瞬の驚愕の後、すぐに状況を理解した。
「すごい……これが転移者の力……! あなたの知力は、私の姉以上かもしれないわ!」
彼女は最後の力を振り絞り、格子のロックを解除した。
ガチャン!
重い格子が内側へ倒れ、腐敗した水と土の匂いが立ち込める暗い穴が口を開けた。
アリスは先に穴に入り、俺もリュックを背負ったまま続いた。
穴の中は、幅一メートルほどの狭い水路。水深は膝下ほどで、冷たい水が流れ込んでいる。
アリスが格子を内側から閉めると、衛兵の足音がすぐ頭上を通り過ぎていった。
「危なかった……」
アリスは偽装装置をオフにした。
地下水路は真っ暗だったが、アリスはすぐに腰に下げたランタンに火を灯した。青いマナの光が水路を照らし出す。
「この水路は、街の南西へ続いている。南西には山脈があり、そこからイーフォン国境へ抜ける古い山道があるわ」
「国境を越えるんですか?」
「ええ。正規のルートじゃ無理よ。私たちはハンターとして潜入する。あなたのハンターランクはE-。これは、**『秘密裏に動く』**には最高のカモフラージュになる」
アリスは水路を先導しながら、続けた。
「レンシオの言った通り、王族は銀の杖をマナ兵器対策に欲しがっている。そして、イーフォンは、転移者の技術、特にあなたの【知識統合】のようなユニークスキルを、自国の**科学技術**に取り込みたいと考えているはずよ」
(科学技術……イーフォンは日本とエービスの連合国。科学技術が発達しているというのも頷ける)
俺の目の前には、アリスの背中と、ランタンの光に照らされた水路が続いている。
「アリスさん、一つ聞きたいことがあります」
「何?」
「あなたは、レンシオが王族のインフォーマーだと知っていたのに、なぜ俺を彼の前に連れて行ったんですか?」
アリスは足を止め、振り返った。その冷たい瞳に、決意の色が宿っていた。
「それは、あなたが信頼できる人間かどうかを試すためよ。レンシオにアイテムを渡すという選択肢もあった。けれど、あなたは私の言葉を選んだ」
彼女はさらに一歩、俺に近づいた。
「そして、レンシオにあなたを追跡させるためよ。彼が私たちを追うことで、王族の注意は王都から逸れる。私たちは、その間に王都へ向かう敵の裏をかく」
「王都へ? イーフォンへ向かうと言ったのに……」
アリスは小さく笑った。初めて見せる、冷たさの裏に隠された計算高い笑みだった。
「私たちは、まず王都に行くわ。イーフォンへ向かう、というのはレンシオを欺くための嘘よ。姉のメモは、王族が所持している。私たちはまず、そのメモを回収する必要がある」
水路の奥で、アリスの青いランタンの光が揺らめいた。
「さあ、ユウ。あなたのE-ランクの冒険は、これからが本番よ。目標は王都、そして**王立図書館**よ」




