第十話 王都への旅立ちとレンシオの真意
「王都へ、今夜……ですか?」
俺は思わず聞き返した。まだこの街に来て二十四時間も経っていない。
「ええ。王都には、オムネット王族が収集した歴史的アイテムが集まっている。あなたの手放した『豊臣重信のメタルペーパー』も、最終的には王都のコレクターの手に渡る可能性が高い」
アリスは、手元の羊皮紙を丸めながら説明した。
「それに、姉が最後に目撃されたという記録があるのも王都よ。姉は、元の世界に戻るための鍵を、王族の持つアイテムに見出していた可能性が高い」
(なるほど。姉の謎と、俺の紙幣の行方、そして元の世界に戻るヒントがすべて王都にある、というわけか)
「分かりました。王都へ行きます。どうやって行けばいいんでしょうか?」
「安心なさい。既に手配済みよ。あなたが行くのは、斡旋所の定期便。物資輸送用の**魔道馬車**よ」
アリスは、羊皮紙で作られた一枚の搭乗券のようなものを手渡した。
「出発は、南シティの東門。二時間後よ。それまで、宿に戻って準備をしなさい。必要なものはすべてリュックに詰めること」
「ありがとうございます、アリスさん」
「礼は不要よ。私たちの目的は一つ。あなたを元の世界へ送り返し、その過程で姉の謎を解くこと。これが、ハンターとして最初の、そして最重要の個人クエストよ」
アリスはそう言い、俺の顔をまっすぐ見た。
「あなたのハンターランクはE-だけれど、ユニークスキルと銀の杖がある。これを、あなたは『異世界・マジシャン』と名乗りなさい。誰もその意味を理解できないから、ちょうどいいわ」
俺が斡旋所のホールに戻ると、出口付近でレンシオが待っていた。
「ヘイ、ユー! クエストの件、どうだったヨ?」
「レンシオさん。俺、今夜、王都へ行くことになった」
レンシオは再び目を丸くしたが、すぐにニヤリと笑った。
「オー、クイック・ムーブだネ! さすがコールド・ガールの斡旋」
「ああ。それで、これ、昨日のお礼だ」
俺は財布から、ギルド紙幣を何枚か取り出し、レンシオに渡そうとした。
しかし、レンシオは受け取ろうとしない。
「ノンノン、ユー。これはチープ・マネーじゃない。俺は、ユアから貰うモノがあるヨ」
彼はそう言って、俺の持っていた透明な小瓶に視線を向けた。
「これか? アリスさんは、元の世界に戻る鍵になるかもしれないって」
「知ってるヨ。俺、そのリキッドが欲しい」
真剣なレンシオの表情に、俺は戸惑った。
「どうして? これ、何に使うんだ?」
レンシオは周囲に誰もいないことを確認し、声を潜めた。
「ユウ。俺、嘘ついてたネ」
彼は顔を伏せ、耳と尻尾をわずかに垂らした。彼には獣人族のような耳があったことに、今更気づいた。
「俺は、ただの街の住人じゃない。俺は、王都の**諜報機関**に雇われている、**情報屋**だヨ」
「諜報機関……?」
「オウ。オムネット王族は、二十年前から異世界転移者に興味を持っていた。アリスの姉が消えた時、王族は彼女が残したメモを秘密裏に回収した。そして、次に転移者が現れた時に備えて、噴水広場に監視役を置いてたヨ。それが、俺だ」
まさか、最初に親切に助けてくれた青年が、監視役だったとは。
「……じゃあ、俺を助けてくれたのも、全部任務だったのか?」
「ノー! 助けたのはオフコース、ユアがビギナーだから。でも、アイテムを見つけたとき、俺はこれがヤバいと分かった。特に、このリキッド」
レンシオは、透明な小瓶を指差した。
「この液体は、姉のメモによれば『座標固定液』って名前だった。元の世界に戻るための、最後のトリガーだヨ」
レンシオは真剣な瞳で俺を見た。
「ユウ。俺は王族の命を受けて、このリキッドを回収する必要がある。このリキッドが、この世界で悪用されることを恐れているからだ。だから、頼む。このリキッドと、ユアの『銀の杖』……それは王族へ渡すことが、ユアの安全に繋がるヨ」
彼の言葉には、嘘をついているような不誠実さは感じられなかった。彼は、この世界の秩序を守ろうとしているのだ。
しかし、アリスは、これらが「鍵」だと言った。
「レンシオさん。悪いけど、このリキッドと杖は渡せない」
俺ははっきりと言った。
「アリスさんは、この二つが、元の世界に戻るための『鍵』だと言った。俺は彼女の姉の謎を追うクエストを引き受けた。だから、これらは俺が持っていく」
レンシオは残念そうに肩を落とした。
「……オフコース。ユアがそう言うと思ったヨ。コールド・ガールは、王族のアイテムを回収するのを邪魔しようとするからネ」
「アリスさんは、姉の謎を解こうとしているだけだ」
「ソレもそう。だが、王族には王族の思惑があるヨ。ユア、王都に行くのはいい。だが、気を付けろ。王都には、俺と同じようにユアのアイテムを狙っているインフォーマーがいる。そして、一番ヤバいのは……」
レンシオは、東門の方角をちらりと見た。
「**イーフォン(E-phone)**だヨ。彼らは、転移者を自国の技術に取り込もうと、ずっと狙っている。ユアは、二つの国のターゲットになった。それを忘れるな」
レンシオはもう一度、残念そうに溜息をついた後、笑顔に戻った。
「でも、ユアは俺のフレンドだヨ。王都で困ったら、このカードに電話するヨロシ」
レンシオは小さな木製のカードを俺に渡し、そのまま背を向けた。
「グッド・ラック! イセカイ・マジシャン!」
俺は、レンシオの背中を見送りながら、リュックの重みを改めて感じた。
王都への旅は、単なる移動ではない。二つの国、そしてアリスとレンシオ、それぞれの思惑が交錯する、最初の試練となるだろう。
(よし。行くぞ、王都へ!)
俺は東門を目指し、喧騒の街へと足を踏み出した。




