6-17
台風の時の雨の能力を使っても事情を話すことはできなかった。
そして、また雨のない日々が続き、踏み出せなくなってしまった。
でも嬉しいこともあった。夏目漱石のI love you. の話の時だ。
直陽くんは言った。
「あれって結局は、月じゃなくてもいいんだよね。何か一緒に見ていて、その美意識なり価値観なりを共有している、そういう雰囲気が大事なんじゃないかと思う――例えばそうだな」
そう言って、直陽くんは空を見上げた。
私は、「何を言うのかな?」とワクワクして、直陽くんを見つめていた。
直陽くんはちらっと私を見て、ちょっとはにかんで、また空を見上げる。
時々気持ちの良い風が通り抜けていく。
直陽くんは前を向き、前にいたベビーカーを押したお母さんを見ている。
お母さんは子供に何かを話しかけているが、急に泣き出してしまい、抱き上げ、あやし始めた。私も気になってしまって、ずっとその親子を見ていた。私にも直陽くんにもこんな時期があったんだよな、なんて思っていた。
「あまねさん」
直陽くんの言葉で、自分が考え事をしていたことに気付く。
「ん?」少しぼーっとしながら、直陽くんの方に顔を向けると、直陽くんは、
「俺は、あまねさんと一緒にいて、ただ黙って流れるこの時間も好きなんだ」
と言った。
え?どういう意味?一瞬頭がついていかなくなり、直陽くんを凝視してしまう。
「月のように、同じ美意識や価値観を共有する、それがI love you. 」
飛び上がるくらい嬉しいことなのに、何故か心は穏やかだった。
ありがとう、直陽くん。もう君は私に気持ちを伝えてくれているんだね。もちろん、私も好きだよ。でも、どうしてだろう。まだはっきりと伝えてはいけない気がするんだ。
私はすぐに前を向いてそっと微笑んで伝える。「私も」。
私も、直陽くんと一緒にいて、黙って流れるこの時間が好き。「私も」って言うだけで、直陽くんには私の気持ちが伝わる。この関係が、この上なく愛おしい
「直陽くんって不思議だね」
「そう?あまねさんには負けるけど」
私はふふっと笑ってしまう。確かに私もちょっと変だからね。
この時しっかりと分かったんだ。直陽くんの気持ちも、私の気持ちも。そしてそのことに気付いたのは雨の日じゃなかったんだ。
本当に大切なのは、人の心を読めることじゃない。気持ちを推し量りながら、言葉のやりとりをすることなんだ。そのことに気付かせてくれた。




