6-15
電車は混み気味で座れなかった。発車ベルが鳴り、ドアが閉まる。
人は多かったが、電車のモーター音が響くだけで、ほとんど話し声もしなかった。
その静寂がまた二人を隔てる。
琴葉ちゃんとの一件から、直陽くんに向き合えない――ううん、避けてきた自分に後悔していた。もっとやりようはあったはずだ。
でもそれが今の私の限界だったのかもしれない。やはり雨が降っていない日は、人が怖い。だからこそ距離を置いてきたのに。
「ごめんね」
自然と口をついて出ていた。逆に言えばそれしか思いつかなかった。
「ううん」
即座に否定し、直陽くんが気遣いを見せる。
「不安になった、よね。琴葉ちゃんの申し出を軽い気持ちで受けちゃって、後悔してる。直陽くんからしたら、気持ちいいものではないよね」
一番嫌いな自分が出てきてしまっていた。こんなことを言って、直陽くんに何を言わせようとしてるんだ。
「俺はあまねさんと何か一緒にできることが、嬉しかったんだと思う。あまねさんは、ちょっと危なっかしいところもあるけど、予想がつかなくて、正直言うと、楽しかったんだ。だから――」
雨の日に聞こえていた直陽くんの心の声が私の中でこだまする。
『実はこういう子、嫌いじゃない』
その声を聞いた時どれだけ嬉しかったか。そう思ってくれた直陽くんを、私は裏切った。心配させた。きっと傷付けもしたはずだ。
「言ってくれていいよ」
私は恐る恐るそんな言葉を絞り出すと、直陽くんの言葉を待った。どんな言葉でも受け取ろう。どんな批判も甘んじて受け入れよう。
「ショックだったのは確か。でも、それは完全に俺のわがまま。気にしてくれてありがとう。でも、もう大丈夫。成瀬さんとは和解できたし。そして、もしあまねさんに何か事情があるなら、待つから」
思いもしない言葉だった。私はあなたを傷付けたのに。不安にさせたのに。私の知っている直陽くんじゃない。そうか、直陽くんも前に進んでいるんだね。
心の声は聞こえないのに、直陽くんの勇気と強さと優しさが染み込んでくる。
「ごめん、直陽くん。本当にごめん」
直陽くんの顔を見ることができなかった。たぶん震えていたと思う。
この時私はまだ「信じる」ことの恐怖と対峙していた。まだそこに踏み込むかどうかということに精一杯で、雨の日の秘密を打ち明けることは全くできそうになかった。
「大丈夫だよ、きっと」
直陽くんの呟きに私はハッとする。顔を上げ直陽くんを見た。直陽くんはあの時の私と同じ気持ちなんだ。
ありがとう、直陽くん。君は勇気をくれたよ。
*
地下鉄を降り、バス停まで歩いていく。「緋坂台団地行き」と書かれたバス停までたどり着く。
あと少しの力が欲しかった。「信じる」ことと闘う力が。
もう気持ち悪いやつって思われたっていい。
隣に立つ直陽くんの右手を摑んだ。
私は消え入るような声で呟いた。
「⋯ちょっとこのままでいい?」
「⋯うん」
私は少し震える手を直陽くんの手に重ね合わせ、その体温を感じていた。
バス停を降りると、少し離れて向かい合った。
「直陽くん!ありがとう!私、頑張る!」
不安にさせてごめんね。君の強さ、勇気、力、全部受け取った。私も闘わなくてはいけない。踏み込まなくてはいけない。
「うん」
「また、連絡するね」
「うん」
私はバス停を離れて歩き出す。
時々気になって振り返るが、直陽くんの位置は変わっていなかった。私が手を振ると、直陽くんも控えめに手を振った。
私が脇の小道に入って見えなくなるまで、直陽くんは見送ってくれた。




