6-14
大学近くの飲み屋はいくつかある。その中の一つの店の前に文芸部の人たちの塊が見えた。
だがそこでしまったと思った。ほとんど一年生で、上級生は部長と大地君だけだった。汐里ちゃんもいない。
「みんな、揃ったな」そう言って部長は皆を店の中に案内した。
「南条さんいないね」
席に移動する途中で大地君が話しかけてきた。
「LINEくらいしてみるんだった。いるものとばかり」
私の不満そうな雰囲気を察したのか、大地君は、
「あ、後悔してるね」
と笑った。
「あ、べつに大地君が嫌だとかそういう意味じゃないんだけど」
と慌てて弁解する。
「ああ、いいよ、気にしなくて。ま、俺は後輩と仲良くなろーかな」
「前向きだね、大地君は」
実は、後輩と話すのは少し億劫だったりする。一人っ子だし、年下の子と話す機会なんてほとんどなかったのもある。これは中三のあの事件とは関係なく、もともとこうだった。年下というだけで変に身構えちゃう。それに、今の私にとっての先輩は部長だけだが⋯面倒見のいい先輩って彼のような人のことを言うのだろうか?そういう姿になるべきなのか?それも少し違う気がする。
「じゃあ、一年生はそのあたりに座って。二年生⋯朝霧と佐伯はここ」
久我部長がテキパキと指示を出す。
考えれば考えるほど「先輩」になるのは難しいと思ってしまう。
そういえば、直陽くんは、後輩とはどうなんだろう。
そんなことを考えているうちに部長がどんどん席を決めてしまい、私は部長の隣になる。
「では、みなさん、前期お疲れさま!乾杯!」
部長の掛け声で飲み会が始まった。
私と部長の反対側は一年生だったが、一年生のグループは既に会話の輪ができており、私の話し相手は自然と部長になる。
「それで、朝霧、さっきの続きだが」
そう言って部長は自分の生い立ちから始まった話に小説を書くきっかけを繋げた。要するに好きな作家がいたこと、尊敬していた高校の国語の先生が小説を書く人であったことなどだった。自分も憧れて小説家の真似事をするうちにのめり込んでいったということらしかった。
「それで朝霧、小説の書き方だったな」
そう言って、小説のテンプレの話を始めた。どうやらさっき私が本で読んだ「プロット八段法」のことみたいだった。
思い出そうとして先ほどのノートを取り出す。
「おお、朝霧、俺の話をメモしようとしてくれているのか。やる気になってくれて嬉しいぞ」
と部長が言った。
いや、その、なんか勘違いされているなと思ったが、訂正するのも面倒なので何も言わなかった。
気を良くした部長はそれからもずっと小説の書き方について語っていた。どれもだいたいさっき読んだ内容をかすめていた。
ただ私が知りたいのはそういう大枠の話じゃないんだよなと思う。
「あの、先輩、その、私が訊きたいのは、核心的なテーマ、つまりネタのことなんですけど」
気持ちよく語り続ける部長の話を遮って何とか言葉を滑り込ませる。しかし部長は
「ネタは日常にいくらでも転がっている。その感性を磨くのも俺達の仕事だ」
と言うだけで、また自分の流れの中に戻っていく。
そうこうしているうちに、一人また一人と部員が帰っていく。気が付くと大地君も帰っていて、残ったのは私と久我部長、一年生の女の子二人だけになった。
これはまずいぞと思った時にはもう既に遅く、一年生の二人も逃げるように帰っていってしまった。
私はさっきから店内をチラチラと見ていた。知り合いはいないかなと。久我部長と二人でいるところを見られたくないなと思っていたからだった。
「先輩!そろそろ私たちも帰りませんか?」
と私が言うと、さすがに時間が遅くなっていたことに気付いたのか、部長は「ああ、もうこんな時間か」と言って帰ることを承諾した。
店を出て大学の最寄り駅まで歩く。左隣には久我部長がいる。部長はまだ話し足りないのか、ずっと小説論を語り続けている。
改札に入ったところで、私は思わず「あ⋯」と声を出す。目の前に直陽くんがいたからだった。
慌てた様子で直陽君が部長の方を向き、「こんにちは」と言った。
久我部長は私に向かって、
「それじゃ、今日はどうも。また明日」
と言って手を挙げた。
「こちらこそ、ありがとうございました」
と私が応えると、部長は名残惜しむ様子もなく、すっといなくなった。
直陽くんは部長を目で追って、
「やっぱり爽やかで、さすが先輩って感じ」と言いながら、私に視線を向けた。
よりによって直陽くんに見られるとは。また嫌な思いにさせてしまったかもしれない。だからといって何か弁解するのも変な気がする。私は直陽くんの彼女でも何でもないんだし。
でも誤解されるのは嫌だ。何か、何か言わなきゃ。
「「あのっ⋯」」二人の声が重なる。
直陽くんが手で譲る仕草をする。
何と言えばいいんだろう。どんな言い方をすれば変じゃないんだろう。
「付き合って⋯ないから⋯」
私の口から出たのは、結局そんな言葉だった。何のひねりもない。私は何を言っているんだ。
「え?」直陽くんの声が、遠くの発車ベルと重なる。
もうどう思われたって構わない。とにかく誤解はされたくない。
「久我先輩はただのサークルの先輩、だから⋯」
「うん」
「⋯次は直陽くんの番」
逃げるように先を促す。
「あまねさんはこれから帰るところ?」
「うん」
その瞬間、私の中で汐里ちゃんの顔が浮かんだ。ずっと友達でいると言ってくれた汐里ちゃん。踏み込んでくれた汐里ちゃん。
もうどう思われてもいい。自分がしたいことをするんだ。
「一緒に帰っても、いい?」
高鳴る心臓の音で、自分の声が聞こえなくなるような気がした。
直陽くんはほとんど表情を変えずに、
「うん、もちろん」
と答えた。




