6-13
昼休みが終わりかけるころ、私は学部の友達とテストの教室へと向かっていた。B校舎の廊下を歩いている時、思いがけず、直陽くんを見かけた。
一瞬目が合う。
直陽くんは、「あ、あまねさん」と言って軽く手を挙げた。
突然のことで驚き、「⋯うん」としか言えなかった。
「知り合い?」隣にいた友達が訊いてくる。
「うん⋯サークルの関係で」
とだけ答えると、その友達はあまり興味なさそうに「そうなんだー」と言うだけだった。
直陽くんは、
「じゃ、また」
と言って、すぐに立ち去った。
心の準備ができていなかった。ちょっと後悔する。でも少しでも顔が見られて良かった。次会った時はちゃんと踏み込もう。今のこの気持ちを無駄にしてはいけない。
*
その週の金曜日、全てのテストが終わる日。部室に立ち寄ると、部長が一人で本を読んでいた。
「お、朝霧もテスト終わったか」
「はい、さっき」
「じゃあそろそろ、執筆活動に専念できるな」
ああ、そのことか。直陽くんとのコラボ、いい案だと思ったんだけど。そして琴葉ちゃんも加わったけど、なかなか手が進まない。頭の中にプロットとか筋書きみたいなものはある。でもいざ書く段階になると急に手が動かなくなる。小説書きの真似事みたいなのは、中学のころからしてた、でも、高校のころから急に書けなくなってしまった。
「そうなんですけど。うまく書けなくて」
「俺にもそういう時期はあった。書こうとしても数ページ書くのがやっとだった」
久我部長は年に数作品書き上げ、そのいくつかは小説投稿サイトでランキングに挙がったするくらいの人で、その世界ではそこそこ知られていた。私も読んだことはある。それなりに面白いとは思う。主に異世界転生もので、今人気のジャンルだ。
書けなくて困っているのは確かだし、部長から学べるものは学んでおいた方がいいかもしれない。
「書けるようになったのは、何がきっかけだったんですか?」
私のその言葉に気を良くしたのか、部長は、自分の生い立ち、小説を書くきっかけとなったこと、高校時代の先輩や友人、先生との関係の話をとうとうと語り始めた。なかなか本題に入らない。
部長は「ああそうだ」という感じで「今日の飲み会で書き方を詳しく教えよう」と言った。確かに今日はテストが終わった日でもあり、文芸部でも打ち上げの飲み会が企画されていた。
確かにたまにはこういうのも出ておくのも大事かな、と思い、場所と時間を確認した。
「では、現地で集合しますね」と言って、部室を離れた。
*
飲み会までまだ時間があったので、学校近くの本屋に入った。
自分の好きな作家の棚に行き、何冊か手に取る。その一冊のプロローグを開く。
こんな風に書けたらな。でも簡単にいかないんだよな。
ふと近くのコーナーに目をやると、「小説の書き方」という本が目に入った。斜め読みしてみる。
おー、なるほどなるほど。これは勉強になる。その場でその本を買い、店内のカフェコーナーでノートを広げた。
飲み会までまだ二時間はある。大事なところをかいつまんでノートにまとめる。
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【1】古典的な物語構造の基本理論
● 三幕構成
映画・小説・演劇の王道構成。
起承転結に近いが、より心理的・論理的に整理されている。
1. 序章:主人公・世界観・課題の提示
2. 対立:障害・葛藤・決断
3. 解決:頂点・変化・結末
◯ ハリウッド脚本術でも必須。
◯「起承転結より自然」「読者を飽きさせない」
● フライタークのピラミッド
◯より文学寄りの構造理論。
◯導入 → 展開 → 山場 → 下降 → 結末
◯感情の「波」を意識したもの
◯物語の抑揚を重視し、「山をどこに置くか」で緊張と緩和を設計する。
● ヒーローズ・ジャーニー(神話的構造)
「普通の世界→冒険→帰還」という循環構造。
主人公が「自分を見つける旅」を描くときに最適。
【2】現代的な“設計型”の小説術
● プロット8段法(ライトノベル・一般文芸共通)
◯多くの新人賞や編集部が採用する基本設計法。
1. 導入(世界観・人物)
2. きっかけ(事件・出会い)
3. 迷い(目標が定まらない)
4. 決意(主人公が動く)
5. 試練(困難・対立)
6. 絶望(敗北・離別)
7. 再起(成長・再会)
8. 解決(成長した姿を見せる)
◯ 感情の流れを整理するテンプレ。
◯新人賞の応募要項などでも「起承転結ではなくこの流れで」と指導されることが多い。
●スノーフレーク・メソッド
◯「一点のアイデアから徐々に拡張していく」設計法。
1. 一文のあらすじを書く
2. それを一段階展開して1段落にする
3. さらに登場人物・設定・展開を広げていく
◯ 最後は10〜15ページの詳細プロットになる
◯「自然発生的ウェビング」を整理するのに最適。
● キャラクター先行型
◯最近の文芸・ライト文芸・映像作品では主流。
◯「人物の変化が物語を作る」とする方法論。
◯登場人物の「欠落」を決める
◯それが埋まる瞬間=クライマックス
◯物語の出来事はすべて「その変化を導くための仕掛け」
【3】思考・テーマ系の方法論
● 「テーマ先行型」
◯「書きたい問い」「哲学的な命題」から出発し、それを体現する人物を作る。
◯物語はその“問いの実験場”として機能する。
● モチーフ連鎖法
◯物語の中で繰り返す象徴を設計し、それが意味を変えて再登場するようにする。
● 感情曲線理論
◯読者の「心の動き」をプロット化する考え方。
◯「幸福度のグラフ」を描くと、読者の感情移動が見える。
◯これでテンポを調整する。
【4】仕上げ・文章レベルの理論
● ショウ・ドント・テル(Show, don’t tell)
◯説明するな、描け。
◯読者が「感じ取る」余地を残す。
● 五感描写・間・余白
◯五感と沈黙を使うことで、心理を「見せずに伝える」。
● 対比と繰り返し
◯構造的対比を多用する。
◯これで文学性と構造美が両立する。
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こうやってまとめちゃおうとするあたり、私真面目なんだよなあ。凝り性とも言われる。
理論って大事だね。まあ、私の場合、そもそも理論やプロットがあっても文章を書けないっていうなんか別の問題な気がするけど。
でも面白かった。時々見直そうと思う。
ふと時計を見ると、飲み会の時間が迫っていた。冷めてしまったコーヒーを飲み干し、席を立った。




