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それから数日後のことだ。まだ梅雨時のその日、直陽くんからの写真が来なかった。忙しいのだろうと気にもとめていなかった。
翌日は直陽くんと同じバスに乗る日だった。私は時間ギリギリに到着した。直陽くんは軽く会釈をくれるだけで、すぐ目をそらして俯いた。この時になって何かあったのかもしれないと感じ取った。でも、晴れていたので私もそれ以上踏み込むことができなかった。バスの中でもお互い近付かなかった。直陽くんは私を見ることもなく、俯いたまま降りていった。
次の日、激しく雨が降った。翌日も雨が続くことを確認すると、私はインスタのDMを開いた。
「直陽くん、なにか悩みことがあるのかな?私で良かったら話聞くよ」
すぐには返事は来なかった。送って二時間ほどした時、通知があった。
直陽:「明日、何限から?」
あまね:「私は四限からだよ。直陽くんは?」
直陽:「俺は三限から」
午前中空いているなら、そこでゆっくり話をした方がいいだろう。
あまね:「もし直陽くんが良ければだけど、いつものバスはどうかな?朝は早いけど、話す時間は取れるかなと思って」
直陽:「うん。ありがとう。それでいいよ」
翌日も雨は続いていた。少し早めに家を出る。
結構雨は強くて、私の小さめの傘では雨を完全に防ぐことはできなかった。バス停に着く頃には、肩や足が濡れてしまっていた。
左の方から直陽くんがやってくるのが分かった。見えたわけではなくて、心の声が聞こえたから。
『あ、あまねさんだ』という声。それはどこか安心しているようでもあり、戸惑っているようでもあった。
直陽くんの方を向く。直陽くんが軽く手を挙げたので、私もそれに応じた。
近付くにつれ、彼の心の声が大きくなる。
『月城君のカメラになんて映りたくない』
『成瀬さんはどんな気持ちだったのだろう』
『俺は嫌われただろうか』
『普段あまり話しもしないのに、写真を撮りたい?気持ち悪い!』
『人の目も見れない陰キャのくせに!』
『成瀬さん一人の意見にすぎないことは分かってるはずなのに。落ち込む自分が許せない』
『成瀬さんはどんな気持ちだったのだろう』
『嫌われたかな』
『気持ち悪い』
『陰キャのくせに』
『気持ち悪い!』
『気持ち悪い!!』
『気持ち悪い!!!』
『気持ち悪い!!!!』
――「もううんざり!あなたのそういうとこ、本当に嫌い!!」
「あまねさん」
ハッとして顔を上げる。
「ありがとう。雨だいぶ強いね。別の日にしてくれても良かったのに」
⋯どうして?
どうして君は私を気遣う言葉を掛けられるの?心はこんなに傷付いているのに。
あ⋯。
気付いた時には、もう涙が止まらなくなっていた。
「ううん。気にしないで。でも確かに雨強いね。へへ」
少し声が震えた。目も合わせられなかった。ここで涙を見せるわけにはいかない。肩の雨を拭くのに紛れて、頬の涙も拭き取る。
ほどなくバスがやってくる。
先に口を開いたのは直陽くんだった。
「昨日は本当にありがとう。ちょっと思う所があって⋯。あまねさんのDM、正直、嬉しかった」
「そっか、良かった」
バスの屋根に打ち付ける水の音とエンジンの音が大きかったから、直陽くんは「駅に着いてからでいいかな」と耳打ちしてきた。私は大きく頷く。
直陽くんはずっと黙っていたけど、雨が強い分、心の声はよりいっそう大きく聞こえていた。直陽くんの、「成瀬さんはどんな気持ちだったのだろう」「俺がいけなかったのかな」「気持ち悪いよな」「人物写真なんて俺が立ち入るべきではなかったんだ」ずっと逡巡する声が聞こえた。その苦しさが私の心の中にずっと流れ込んでいた。
駅に着くまで会話はなく、直陽くんは窓の外を見つめていた。




