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『三連続で今日も雨か。まあ梅雨だしな』と直陽くんの心の声が聞こえた。
「ねえ、直陽くん、今、外を見て、『三日連続で今日も雨か。まあ梅雨だしな』みたいなこと思ってた?」
「こんな天気が続けば誰でもそう思うでしょ」
実際は四日連続で、直陽くん、間違ってるな、なんて思ったんだよね。それでちょっといたずらしてみたくなった。気付いてないんだなと思ってニヤニヤしちゃった。
バスを降りる時に、
「じゃあ、急ぐから先行くね。あ、それと、三日連続じゃなくて、四日連続だった」
と言ってみたんだけど、直陽くん、気付いてなかったな。気付かれてもどうせ信じないだろうからと、この時はまだ軽い気持ちだった。
*
さっきは打算に満ちた考えから直陽くんに近付いたって言ったけど、分かってほしいのは、全部が打算ってわけじゃないんだよ。同じ授業を取ってたとか、部室が向かい側だったとか、そこは偶然。定期券を落としたのもわざとじゃないし。授業で隣に座ったのは⋯心の声に引かれた⋯だけ。
小説書き手伝ってとか、お昼食べに行こうとか、目をつぶってせーのとか、そのへんは雨の日の高めのテンションがそうさせたというか。
あー、でもでも、目をつぶってせーのは、本当に雨の日の力は使ってないよ。直陽くん本当に何も考えずに指差したから。本当は、力使って「すごい偶然!」ってやりたかったけど、へへ。
え?直陽くんが目を開ける前に同じものを指差せばいいじゃんって?それはズルじゃん!それはしない。ほら、私真面目だから。
小説コラボの始まりの時の話。
B校舎のスロープに移動する。
「さっきの直陽くんの写真はこの辺から撮ったものだよね?」
「そうだね。撮った時間は夕方ぐらいだから雰囲気はちょっと違うけど」
「同じ角度で、私を撮ってみて。ポーズは⋯こんな感じ?」
私は、外階段の手すりに片手を軽く乗せ、遠い目をしてみる。「ちょっと撮ってみて」
直陽くんはシャッターを切った。撮った画像を見てちょっと驚いて、
「ちょっと芝居じみてはいるけど⋯今までのあまねさんのイメージはだいぶ違うね」
と言った。
「今までこういうのは撮ったことある?」
「⋯ない。こんなこと頼める人いなかったし」
「やってみてどう?なんか新しいことできた気がする?」
『何か期待させてるみたいだけど⋯確かに、人物写真。悪くないかもしれない』と直陽くんの心の声が聞こえる。
「うん。もっと撮ってみたくなった」
それを聞いて私も嬉しくなり、
「おお、そうかそうか、お姉さんも役に立てたか!」
と言った。
『とても分かりやすく、素直な性格だな』
「で、役に立ったついでといっては何なんだけど」私はデジカメの画像を指差して、「これを見て、どう思う?」と訊いた。
「あまねさんじゃない、みたい」『どういう意図だろう?』
「私じゃないのなら、なおさら、どんな子に見える?」
「⋯それはつまり、天真爛漫で、バスの隣の知らない人に話しかけたり、授業で遅刻してきてももの怖じしないあまねさんじゃなくて、ってことだよね」
「⋯なんかからかわれた気分。べつに誰にでも話しかけるわけじゃないよ」
「え?」
この時、誤解されたと思ってつい口が滑ってしまった。気持ち悪いと思われたくない一心でちょっと誤魔化した。
「で、どんな子に見える?気にしないから何でも言って」
「大人しそうには見えるね。そして、悩みを抱えてそう」
「うんうん。他には?」
「でも垢抜けてはいるから、都会には住んでそう」
「ほうほう!」褒められた気がしてちょっと笑みがこぼれる。
「真面目そうで、心の中では勉強はしたくないって思っているけど、親に反抗できなくて大学受験まで来た、って感じ」
「まあ、そのへんは実際そうだったけど」
と言って私は苦笑する。
この時既に直陽くんは私を見抜いていたんだと思う。「大人しそうで悩みを抱えている」これが本当の私なのかもしれないから。
「⋯このくらいでいいかな。やっぱり本人を眼の前にして言うのは拷問だよ」
「ごめんごめん。今度は私の番ね。そこに適当に立ってみて。あ、適切にって方の適当」
直陽くんと手すりに手を掛けて立つ。
「じゃあ、撮るね」
私はスマホを直陽くんに向けると、直陽くんはあふれんばかりの笑顔を見せた。
「え?」思わず驚いてしまう。「直陽くん、すんごい笑顔だよ」
「そうなの?ごめん」『自分では気付かなかった。カメラを向けられると自然に笑顔になってしまう性分なのかもしれない』
「いいのいいの。そのままでいて。⋯おー、かわいいね!」
『馬鹿にされているのだろうか』
「あ、女子の言う『かわいい』は褒め言葉だからね!」
そう言って、私はスマホ画面を直陽くんに見せた。「今度は私が言うね」
『どんなことを言われるのだろう』直陽くんが身構える。
「すごく、幸せそう。愛情に溢れていて、友達も慕ってる後輩もたくさんいて、いつも心が穏やか。いつも周りが元気になるような言葉をかけてくれる」
これは私の本心だった。写真から見える姿というよりは、心の声を聞いてきた私が感じた直陽くん。もしくは未来の直陽くん。
「本人目の前にしてよく言えるね」
「そう見えるって話」
「だからこそ。今そうじゃないからさ」
『でも、本当は嬉しい。ありがとう。たとえ、そう見えただけ、だとしても、そんなこと言われたのは初めてだから』
直陽くんの心の声を聞いて、私はあったかい気持ちに包まれた。言葉にしないだけで、この人はいつもこうやって人に感謝の気持ちを持ってるんだなって思った。それを言葉にするようになれば⋯。
「大丈夫だよ」
そう言ったが、同時に強い風が吹き抜けた。たぶん、ほとんど聞こえなかっただろう。聞こえなくて良かったかもしれない。そんなことを思う。
気を取り直して、私は話を続けた。
「でね、こうして写真を通すと、何か物語が見えてくる気がしない?」
「確かに」
「結局さっきの汐里ちゃんの話だとさ、何か核となる出来事なり人物なりを設定して、それを元にストーリーを書いていくって言ってたじゃん。これがその核にならないかな?」
「⋯なるほど。いいかもしれない」
『この子は少し危なっかしいところもあるが、結構ひらめきのある子なのかもしれない』
危なっかしい子。私は心の中で苦笑した。その通りだ。
「だからね、時々直陽くんの写真を見せてほしいの。風景でもいいし、食べ物でも空でも木でも、もちろん人物でも」
「写真部と文芸部のコラボってわけか。面白そうだ」
直陽くんがにわかに興味を持ったのが分かった。
「ね!面白そうでしょ」
「そうだな。楽しそう」
私がふふふと小さく笑う
「どうしたの?何かおかしい?」直陽くんが訊いてくる。
「直陽くん、笑っている」
「楽しそうだと思ってね。それに⋯」『これはまるで芸術家みたいだ』
「芸術家、みたい」私はニヤッとする。
「そう!それを言おうと思ってた。画家と作曲家のコラボ、みたいな」
「そうそう、そういう感じ。まあ、写真家と小説家は立派な芸術家なんだけどね、みたい、じゃなくて」私は少し誇らしげな気持ちになる。
「卵の卵の卵でしかないけど」
「マトリョーシカみたいでいいじゃん」
「そういうことじゃないんだけど。ほんと、あまねさんって変わったこと言うね」
その時、授業の始まる時間になっていることに気付く。
腕時計を見て二人ほぼ同時に「あ!」と叫ぶ。次の授業が始まる時間になっていた。私と直陽くんは「じゃ、また」と言ってそれぞれの校舎に走っていった。




