6-2
その日は何も食べられなかった。
心配したお母さんが、私に「何かあったの?」と訊いてきた。
「私は、駄目な子なのかな。人の気持ちが分からない子なのかな」
お母さんは、そんなことない、あなたは自慢の娘よ、そう言ってくれたし、お母さんのその言葉に嘘がないのも分かってた。けど、一人の大切な親友を傷付けてきたこと、そしてそれに十年以上も気付かずにいたという事実は何も変わらなかった。
「お母さん、私、この町を出たい」
もうそれしか言えなかった。桃華ちゃんと笑い合った日々、その幸せが全て反転してしまったこの町にいることが、何よりも苦痛だった。
先生の勧めで変更していた志望校は、児玉台団地からは通いにくい場所にあった。その学校に受かったら引っ越そうということになった。その時はアパート暮らしでもあったから、これを期に家を買おうと両親は決心したようだった。
それからの学校は苦痛だった。友達は桃華ちゃん以外にもいたけど、親友と呼べるほどの友達はいなかったし、何より桃華ちゃんとのことで、人との付き合いに自信が持てなくなっていた。
年が明けて元日の午前零時過ぎ。親と一緒に、スーパー裏手の神社を訪れた。
朱色に塗り直さればかりの鳥居が、真っ白な雪景色の中で誇らしげにそそり立っていたのを今でも覚えている。そこには「木霊神社」と書かれている。切り拓かれる前のこの丘陵地には、樹齢千年を越えると言われるクスノキが立っていた。江戸時代のころから信仰の対象となり、その御神木は「木霊」と呼ばれた。そこに造られたのがこの木霊神社だった。
小学校の地域学習で自分で調べたからしっかりと覚えている。
他は何だったかな。強く思えば願い事が叶うとか、御神木に触れてはいけないとか、神社の周りに住む動物は御神木の使いだとか、いろんな伝承を模造紙にまとめて発表した。自分から率先してグループ学習をやる子だったな。周りには頼りにされたりして。
中三のその時、私はなぜか、そのこと思い出していた。ずっと忘れていたのに。やっぱり寂しかったのかな。自分が頼りにされた時のことを懐かしんでいたのかな。
神社のことだって忘れていた。殊更その御神木を大切に思っていたわけじゃないし、特別な信仰心があったわけでもない。でもその時の私には、何かにすがっていなければ立っていられなかった。誰でもいいから私を支えてほしい、そんな思いだった。
本殿に向かって二つの列があった。私は左の列に並んだ。
賽銭箱に百円玉を放り投げ、鈴を鳴らした。二礼二拍をした後、私は願った。願いは一つしかなかった。
――人の気持ちが分かるようになりたい。
もう誰も傷付けないように。もう誰も、私の心に振り回されないように。
願い事を終えて列を外れ、無料で配っていた甘酒を手にして、近くの石段に腰を下ろした。親は近所の人とおしゃべりをしていてまだ帰る様子はなかった。
甘酒を一口飲む。冷えた体にじわっと温かさと甘さが染み渡る。
「これは、苦手、かも」
そんな独り言を言っていると、足に柔らかい何かが触れる感覚がして、思わず「ひゃっ」と声を上げた。見ると一匹の黒猫がすり寄ってきていた。
「あなた、私の心が分かるの?」
そう言うと、猫は「にゃあ」とだけ返事をした。
私はいっそう、受験勉強に励んだ。それはある意味「逃げ」だったのかもしれないけど。そのおかげで望んだ高校に入ることができた。
受験が終わると、私は逃げるようにして児玉台団地を離れ、今いる緋坂台団地にやってきた。




