1-7
食堂棟は部室棟の隣にある。傘を差して移動する。
食堂の入口前にはガラスケースがあって、そこに食品サンプルが並べられている。カレー、うどん、そば、ラーメン、定食類、いかにも食堂という感じのメニュー。
「直陽くんは決まった?」
「うーん」
こういうときのメニュー選びは難しい。あまりに安いものを選ぶとケチなのかと思われるし、かといって見栄を張って普段頼まないものを頼むのも違う気がする。そして何よりいつまでも決まらないで優柔不断と思われるのも格好が悪い。
「直陽くんは、嫌いな食べ物はある?」
「特にないかな。強いて言えば麺類よりご飯類の方がいいかも」
「じゃあ、ハンバーグ定食、カツ丼、カツカレー、日替わり定食のチキンカツ定食、あたりかな?」
「この中ではカレーという気分じゃない」
「他の三つの中で順位は付けられる?」
「うーん、どれも好きっちゃ好きだから順位は付けられないな。値段もあまり変わらないね」
「じゃあ、お姉さんがいいことを教えてあげよう」あまねは少し得意気に話し出した。ちょっとかわいい。
「うちのおばあちゃんの遺言なんだけど」
「うん」
「あ、でもまだ生きてるけど」
「それ遺言じゃないじゃん。ってか『まだ』って」
「あ、ちょっと語弊があった」
あまねはちょっと慌てて言葉を繋げる。
「⋯おばあちゃんから昔言われたことなんだけど、『好きなことで迷っているなら、目をつぶって指を差せ!』なんか名言っぽいでしょ?」
「なるほど。つまり、どれを選んでも嬉しいことなら、どれを選んでもいい。なら、ランダムに選べ、ってことか」
「そうそう、そういうこと!」
じゃあ、大人しくお姉さんの忠告を聞いておくか。ん?「お姉さん」?
「じゃあ、私はもう決まってるから、一緒に指差そう。直陽くんは目をつぶってね。せーのっ!」
慌てて目をつぶり、指を差す。
「おーー!」というあまねの声が聞こえる。
ゆっくりをと目を開けると、直陽はチキンカツ定食を指差していた。そしてチキンカツ定食にはもう一本の指も伸びていた。
*
「ところでさ」
食堂の窓際の席に向かい合わせに座り、チキンカツを頬張りながら直陽は言った。
「誤解してるかもしれないけど、俺はたぶんあまねさんと同い年だよ」
「直陽くんも一浪?」
「そう」
「そうだったんだ。ちなみに何歳?」
「十九」
それを聞いてあまねがニヤニヤする。
「私は二十歳」
「同じ一浪だけど、誕生日がもう来てるってことか」
「そうそう」
確かに「お姉さん」であることには違いない。
「まあ、生まれ年度が同じなのは変わりないけどね」あまねはうんうんと頷きながら言う。
「ところで、直陽くんは写真部なんだよね?どんな活動してるの?やっぱりすんごい高い一眼レフとか、それこそ年代物の何十万もするようなカメラ使って、部室の中に《《霊安室》》があったりするの?」
やはりこの子は天然なのだろうか。
「もしかして暗室のこと?」
「それそれ」
「さすがにフィルムで撮影する部員はいないかな。一眼レフっていっても今のは全部デジカメだからね。俺も普段持ってるのはミラーレス一眼だし、面倒なときはスマホで撮ることもある」
「ミラーレスって何?」
「まあ、手軽な一眼レフみたいなものかな」
「へえ、カメラって言ってもいろんなのがあるんだね。部の活動はどんなことをしてるの?」
「インスタに『今週の一枚』をそれぞれ自由に挙げて、お互いに感想を書き合う、みたいな感じ。かなり自由であまり一体感はない」
「まあ、うちも同じ感じかな。特に活動日があるってわけでもないし。あ、そうだ。良かったら直陽くんが撮った写真見せて」
「うん」
直陽は最近挙げたものの中からいくつか選んで、スマホの画面を見せる。
それを見てあまねが感想を言う。
「これはB校舎の外の階段だね。確かに、木漏れ日が入っててなんか素敵」
専門外の人に素直に褒めてもらえると、なんだか嬉しいものだな、と直陽は思う。
「これは、部室棟の屋上から撮った広場の写真か。これは部室棟のベランダ」
じーっとそれらの写真を見て、あまねは何かを考え込む。
「人がいないね」
痛いところを突く。
「人物はちょっと苦手で。人を撮るとなると、その人との関係性とかも関わってくるから難しいんだ。それに、人の顔を正面から見すぎると、余計なことまで見えてしまいそうで」
「余計なこと?」
「深い意味はないんだけど」
「じゃあ、私を撮ってよ」
「チキンカツを食べてる姿を?」
「そう。苦手なら克服してみよう。私も小説のこと一緒に考えてもらっちゃってるし」
「分かった」
そう言って直陽は鞄の中からカメラ取り出して、ファインダーからあまねを覗いた。するとやはりというか、あまねはカメラ目線でピースをしている。
「できれば自然にしててほしい」
「自然って?」
「チキンカツを食べる」
あまねは急に笑い出す。
「何か、面白いこと言った?」
少ししてやっと発作が遠のき、あまねは言葉を発した。
「⋯いや、ごめん。何か面白くって。さっきは『チキンカツを食べてる姿を撮るの?』って言ったのに、今度は、チキンカツをただ食べてる姿を撮りたいって言う」
「確かに矛盾してるね」
「そんなに深く考えなくてもいいんだけど。ま、とにかく撮ってよ。まずは普通のカメラ目線のやつ」
言われるがままに直陽は写真を撮る。
「じゃあ、次は自然なやつやるね。⋯はい!これでどう?」
目線は宙を舞い、チキンカツに一口かぶりついている。一応シャッターを切るが⋯。
「なんかやらせっぽい。やっぱりこういうのは自然に動いている時にそっと撮らないとダメなんだよね。だから人物写真は難しい」
「なるほどね。⋯あ、そうだ!」
あまねは急に席を立ち、直陽の隣に座り、
「ほら!ここ見て!」
と言って自分のスマホで自撮りを始めた。
「え?何をしてるの?」
「ダブル・チキンカツ記念!」
わけも分からぬまま、直陽とあまねと二つのチキンカツが写真に収まった。そして急に思い立ったように、あまねはチキンカツだけをパシャパシャ撮り始めた。
「そういえば、チキンカツだけの写真、まだ撮ってなかったなって思って」
やはりこの子は予測がつかない。
「はい」と言ってあまねは直陽にスマホの画面を差し出している。そこにはインスタのQRコード。
お互いに撮った写真を交換し合った後、あまねは、直陽からもらった自分自身の写真を見ながら何かをずっと考え込んでいる。
「あまねさん?」
返事がない。
「あまねさん?何か考えているの?」
まだ返事がない。
「あまねさーん!おーいおーい!」
少し音量が大きくなったとき、
「あ、ごめん。ちょっと何か分かりかけた気がして⋯」
そう言ってあまねはさらに続けた。
「さっき最初に見せてくれた風景も送って」
「うん」
そう言って直陽は「B校舎の外の階段」「部室棟の屋上から見える広場」「部室棟のベランダ」の写真をあまねに送信した。
「⋯⋯私、思いついたかもしれない!早くチキンカツ食べちゃおう」
わけも分からず慌ててチキンカツを掻き込むと、あまねに連れられて、B校舎の外階段へと向かった。
**次回予告(1-8)**
B校舎前で写真を撮り合う二人。あまねは小説を書くためのある提案をする。




