1-6
そこから誤解を解くのに三十分は要した。
「なるほど。同じ団地に住んでいて、バス停が同じなんだね。それで話すようになってここに至ると」
「まあ、そんな感じ」
「ふーん」
汐里は何かまだ考えているようだ。
「ところでさ汐里ちゃん」
あまねが汐里に質問をぶつける。
「小説ってどういう手順で書いたらいいの?私より部員歴長いんだから詳しいよね」
「ちょっと待って」反射的に直陽は口を開いていた。
「南条さんは先輩なの?」
「そうなんだよ。月城君といったか、いいところに気が付いたね」汐里は、右手の人さし指を立てて、得意げな顔で話し始める。「私は三年生。あまね嬢は二年生。なのにこの扱いなのです」
「それは何と言うか、気の毒というか、失礼というか⋯」
「ちょっと汐里ちゃん!いろいろ情報が欠けてるよ。印象操作よくない!」
「ごめん、ごめん。うんとね」急に汐里が先輩らしく見えてくるから不思議だ。
「私もあまねも生まれは同じ年度なわけよ。つまり⋯」
「汐里ちゃんは現役合格、私は一浪ってことね」
「それが分った時に私が、別に敬語じゃなくていいよ、って言ったってわけ」
「なるほど⋯」直陽が合いの手を入れる。
「だから」汐里が続ける「月城君も気にしないでね」
「ところで、汐里ちゃん、なんかアドバイスくれない?」
「えーっと、小説の書き方だっけ」
「そうそう」
「そうだなあ、人によっていろんな書き方があるみたいだけど――これは私のやり方ね」汐里はどこか嬉しそうだ。「まず、最後のシーンを書いてしまう。本格的に書かなくても、ちょっとした二・三のセリフとかでもいい。そしてその最終地点に向けてどんな『お膳立て』が必要か逆算していく」
「ふむふむ、なるほど」
いつの間にかあまねがノートを取り出してメモを取り始めた。なかなか真面目な面もあるんだなと直陽は思う。
「それを聞いて、あまねさんはできそう?」直陽も小説の書き方に興味を持ち始めていた。
「うーん、まだちょっとピンとこないかな。他にはどんな書き方がある?」
「他に聞く話では、登場人物を最初に設定してしまって、細かく世界観とかプロットを決めておいて、そこにどんな物語が生まれるのか想像して、それを描写しながら書いていく方法とか」
「でもその方法だと、何も劇的なことが起きないただの生活描写になってしまわない?」直陽が思った疑問をぶつけてみる。
「そうならないように、この出来事だけは起こしたいな、っていう事件とかを強制配置して、また妄想・想像・観察をするって方法みたい」
「じゃあ」あまねも口を開く。「描きたい出来事を、物語の最初に設定して、そこから物語を構成してくこともできるわけね。つまり、終わりを設定するのと逆になるけど」
「そうだね。いろんな書き方があるから、自分にあったものを探してみるといいよ」
汐里が話をまとめようとしていたが、直陽はなおも続けた。
「ということは⋯結局のところ、『描きたいこと』がはっきりしていないと、どのパターンでも難しいってことになるよね?」
「確かにそうとも言えるね⋯。ま、よく考えてみてよ。焦ることはないからさ。⋯ごめん、この後授業だから、そろそろ行くね」
なるほど、そういうわけだったか。直陽は少し申し訳ない気持ちになった。
「汐里ちゃん、ありがと。参考になった。また訊くかもしれない」
「うん、いつでも訊いて」
そう言うと汐里はじゃあねと言いながら、直陽にも手を振りながら部室を出ていった。
*
再び残される二人。
訪れる沈黙。
それまで賑やかな空気が流れていたせいか、その落差でさっき二人でいた時以上の照れくささが湧き上がる。
直陽はあまねをちらっと見る。
「何か、摑めた?」
「⋯うーん、結局何か軸となるもの⋯出来事?登場人物?そういうものを思いつかないと書けないってのは分かった。なんか振り出しに戻ったみたい」
少ししゅんとなるあまね。
こういう顔も見せるんだ。直陽には少し新鮮に感じられた。腕時計をちらりと見る。と同時にあまねが口を開く。
「そういえば、お腹空かない?」
「うん、まあ」
「直陽くんは、食堂派?売店のお弁当派?それともまさかの自作弁当派?」
「それぞれ八対二対ゼロってところ」
「じゃあ、食堂行こうか」
「え?あまねさんと?」
「そう。嫌?」
「嫌ってわけじゃないけど、いいの?さっきの南条さんみたいに変な誤解受けて説明するの面倒じゃない?」
「私は別にいいけど」
「あまねさんがいいならいいけど」
「じゃあ、行こう」
半ばあまねに押し切られる形で食堂に向かうことになった。
**次回予告(1-7)**
食堂に向かう直陽とあまね。注文の決まらない直陽に、あまねはある提案をする。
**作者より**
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