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晴れた日には、恋をする  作者: 月舟 蒼
第五章 冬
69/104

5-8

 今日は大晦日。いろいろあった気がするが、今日で今年も最後だ。直陽は清々しい思いで家を出た。

 バス停でバスを待っている時にスマホを開いた。

 写真部二年生のグループLINE――いつの間にかあまねと汐里も加わっていた――には、今日の年越しイベントの参加・欠席の投稿が寄せられていた。

 結果、参加者は直陽、あまね、莉奈、琴葉、涼介、靖太郎、瞬、汐里だった。どこに集合するかという話は忘れ去られていた。靖太郎の家で年越しをするうという話にはなっていたが、もしかして莉奈や涼介たちはもう靖太郎のうちがどこにあるのか知っていて、直陽も知っているのもだと思って伝えるのを忘れているのかもしれなかった。


直陽:そういえば今日はどこ集合?セイタの家、どこにあるのか知らない。


 何となく学校に行けばいいかなくらいに考えていたので、ついつい訊くのが遅くなってしまった。メッセージを送ってから数分がたつが、まだ一件も既読が付かなかった。

「まあ、部室にいれば何とかなるか」直陽はそう呟いて、バス停の反対側の歩道をぼんやりと眺めた。昼下がりの郊外の歩道で、人はほとんど通らない。バスを待っているこの数分間に通ったのは、ジョギングをしていた初老の男性一人と、犬の散歩をする三十代くらいの女性が一人だけだった。

 ぼーとしていると、右側の方からコツコツと足音が聞こえた。今では聞き慣れた音。その音を聞くだけで、直陽はワクワクと切なさと温かさと締め付けるような思いとがまぜこぜになって押し寄せてくる。

 その音の方に顔を向けると、ベージュの日傘を差したあまねが歩いてくるのが見えた。

 直陽は、軽く手を挙げて、

「こんにちは」

 と言った。

 あまねも微笑み返し、

「こんにちは」

 と言った。

「こんにちは、だって」と言ってあまねは少し笑った。

「だって、こんにちは、だろ。おはようって時間でもないし」

「うん、でもほら、なんか、『こんにちは』って『おはよう』に比べて他人行儀だなって思って」

「確かにね。なんでだろう」

 直陽は、あまねとのこういう何気ない考察が好きだった。日常の中に潜むちょっとした謎。それを静かに話し合うこの空気がいいなと思う。

 直陽は思ったことを言ってみる。

「『おはよう』は、『ございます』が付けられて、他人行儀バージョンと、フランクバージョンがあるから。ってのはどう?」

「おー、確かに。『こんにちは』はこれ以上何もつけられないから、もともと他人行儀のバージョンしかないのかもしれないね」

 あまねのその言葉に、直陽は少し誇らしい気持ちになった。日本語のことで日文の人に褒められるのはやはり嬉しい。

「そういえば、今日の集合場所って聞いてた?」と直陽が訊く。

「それ、私もすっかり抜け落ちてて。あ、さっき直陽くん、LINEに送ってたよね」

 そう言ってあまねはスマホを確認する。

 同時に直陽もLINEを開く。

 画面を見た途端、二人とも「え?」と言った。そこには「児玉台こだまだい駅集合」と書かれていた。

 直陽が、

「この駅がどうかしたの?」と訊く。

 あまねは何かを言いかけたがすぐに飲み込み、

「ううん。何てもない」

 と言った。

「この駅、俺の実家の最寄り駅なんだよね」と直陽が言うと、

「え?そうだったの?」あまねは驚きを見せる。「じゃあ、実家に戻らないつもりだったのに、実家近くに泊まることになっちゃったんだ」

「そうなるね」

 急におかしく思えてきて、二人は笑った。

 その直後にバスのエンジン音が近付いてきた。



 バスにほとんど乗客はいなかった。学校もなければ仕事もない人がほとんどだろう。

 いつからか、直陽とあまねはバス停で会ったときは特に断らなくても一緒に座るようになった。そして、前に並んでいる方がどこに座るかを決め、窓際に座るのが暗黙の了解になっていた。

 直陽は窓際の太陽の光を受けながら、あまねを見た。あまねは車内側にいるので、日の光に照らされ、とても良く映えて見える。天真爛漫でない方のあまねだったが、日差しに照らされたせいか、表情は以前よりも明るく見える。口数は多くはないが、しっとりと話をしてくれる。そんなあまねも直陽は好きだった。

「ターミネーターシリーズは知ってる?」

 あまねに見とれていた直陽は、そのあまねの急な言葉に一瞬反応ができなかった。

「え?何?」

「ターミネーター。何作も出ているハリウッド映画なんだけどね、最初のは1980年代だったと思う。最新作は五・六年くらい前だったかな。お父さんが好きで、全部見ちゃったんだ」

「断片的に知ってるくらいかな。ロボットが襲ってくるやつだったっけ?」

 直陽は知っている範囲で答えた。

「そうそう、大体そんな感じ。でも私が一番好きなのは二作目。お父さんのいないジョンが、機械であるはずのロボット――ターミネーターに、父性を感じて心を寄せる。最後に、そのターミネーターは、未来のために自ら溶鉱炉に沈んでいくの」

「あ、そのシーンは知ってる」

「そこで、ターミネーターは『さようなら』って言うんだけど、英語では、Good-bye. って言ってた。その短い英語を聞いた時、私、鳥肌が立った」

「グッバイ。『良い別れ』?」

「そう。このシーンは、『良い別れにしようぜ』とジョンを勇気付けてるんじゃないかな、と思ったんだよね」

「もしくは、悲しむジョンに『これは正解なんだ。良い別れに違いないよ』と励ましているのかも」

「うん、それもあるかもしれない。――さっきの直陽くんとの挨拶の話でちょっと思い出しちゃってね」

「なるほど。面白いね。挨拶の仕方って言語によってこんなに違うんだって気付かされる――日本語の『さよなら』ってどういう意味?」

「『左様ならば』、『そのようであるならば』、それほど意味はないね」あまねはふふっと少し笑って見せる。

「あ、そうか。『じゃ』も『では』も『そうであるならば』なんだ」

「そうそう、そういうこと。そういう意味では『またね』だけは別系統ということになるね」

 やはりこの子と話していると面白い。

「俺は『またね』が一番好きかな」

「私もそれが一番好き。それだけは未来を見ている。未来の約束をしているから」

「うん、そんな感じ」

 挨拶の言葉から始まったちょっとした思索は、また身近な話に戻ってきた。戻ったあまねは、静かながらもゆったりとした微笑みをたたえていた。

 「未来の約束」直陽は小さく呟いた。

**次回予告(5-9)**


靖太郎の家の最寄り駅で、あまねは直陽に、「ねえねえ」と声を掛けた

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