2-10
「いつか、成瀬さんともこうして話したいと思ってた」
店内は再び喧騒を取り戻し、学生やサラリーマンの笑い声が響いている。
「そう、なの?」
「ほら――気を悪くしたらごめん――俺たち、陰キャメンバーじゃん。人と目合わせられないし、セイタみたいに吹っ切れてるオタクってわけでもないし」
莉奈と靖太郎は気を使ったのか、少し離れたカウンター席に移動していた。涼介はというと酔い潰れて座敷席の畳の上で寝息を立てている。
「そう言われるのは、悔しいけど、その通り、だね。本当のこと言うと――」
琴葉は一瞬ハッとして莉奈の方をチラッと見る。莉奈は靖太郎と話していてこちらを気に掛ける様子はない。
「ちょっと怖いけど、いいよ」直陽が促す。
「⋯⋯初めて自己紹介された時――去年の新入部員紹介の時だけど――『直陽』って名前見て、似合わねー、って思ってた」
「ああ、それはよく言われるよ。直射日光みたいな名前の割りに、人の目見れないし、夏っぽくもないって」
「まさに、そんな感じ。でも――」少し自嘲気味に琴葉は続ける。「私もそう」
「成瀬さんの名前、琴葉っていうのは、どういう意味があるの?」
「私のお母さんは、大学生のころ、琴を弾いてたらしい。それで――私は何度も聞かされてウンザリな話なんだけど――『秋の言葉』って言う曲があるらしくて、それがお母さん好きだったんだって」
「それで、琴、言葉、で琴葉ってことか」
「そう。まともに言葉も出てこないのに」
「名前って、面白いね」
「月城君は、どうしてそんなに変われたの?」
「俺、変わったのかな」
「変わった」
「そう、なの?自分では分からない――あ、でも最近気付いたことがある。人の目を見るようになってた。人の目を見た方がその人の気持ちが分かるから」
「人の気持ちが分かるって、怖くない?」
「怖くないって思わせてくれた、のかな」
「⋯⋯あまねちゃんが?」
「⋯うん」少し胸が苦しくなってくる。
「そういえば、私、あまねちゃんと話しているときも、目見てないかも」
琴葉は、天井の端を見つめ、何かを考えていた。
「⋯なんか、分かんないけど、分かった気がする。⋯私も、変わる」
そう言って、琴葉は顔を挙げて、直陽を見た。
「何か、見える?」琴葉が訊く。
「成瀬さんの、決意。⋯成瀬さんは何か見えた?」
「あまねちゃんと話したい、って」
ふふっと直陽は自嘲気味に笑って、目の前の飲み物を飲み干した。
「でも」ニコッと笑って直陽は続けた。「成瀬さんは、俺が変わったって言ってくれたけど、成瀬さんも変わったんじゃないかな。少なくとも今は言葉が自然に出てるように見えるよ」
「確かに。なんでだろうね。月城君なら見下されないって思ってるのかな」
不思議なことを言うなと直陽は思う。
「見下しようがないよ。俺だって大した人間じゃないんだから」
そう言って周囲を見渡すと、いつの間にか、席はまばらになっていた。時計を見ると終電が近いことに気付く。
「そろそろ、涼介を起こそうか」と言って立ち上がった。
**次回予告(2-11)**
打ち上げが終わり、駅で解散となる写真部。
その直後、男子と二人でいるあまねを目撃してしまう。
**作者より**
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