2-1
七月の中旬。休みまではあとはテストを残すのみ。一つ一つのテストが終わり、気持ちが晴れ晴れしてくるころ、梅雨が明けた。晴れ間が広がり、それまでのジメジメ感は過ぎ去り、太陽がじりじりと肌を刺す季節がやってきた。
写真部の部室に入ると、中には莉奈だけがいた。軽く挨拶を交わしてベンチに座り、何気なくスマホを開く。
莉奈も直陽に視線を向けるでもなくスマホに目を落としている。
「月城君」
莉奈が唐突に直陽に声を掛ける。
「ん?なに?」直陽は、スマホに目を落としたまま、声だけで返事をする。
「ちょっといいかな?」と言って、ベランダに手招きする。
莉奈に連れられるままにベランダに出てみると、そこには琴葉が立っていた。
少し驚いたが、直陽は察しがついた。
琴葉は視線を落とし、何か言いたげなような、でも言えないような、もじもじした様子だ。
視線を落としたまま、琴葉が言葉を紡ぐ。
「その⋯あの、この前は⋯ごめん」
沈黙が訪れる。それ以上は何も言えない琴葉。莉奈が琴葉の背後に周り、肘で琴葉の背中を押す。
琴葉は「分かってるよ⋯」と小さく漏らす。
「⋯莉奈ちゃんに、怒られた。誤解されたよって。私、その、うまく言いたいこと言えなくて⋯。べつに月城君のカメラに、映りたくない、わけじゃないし、人物を撮ろうと思ったことを、応援したくない、わけでも、ない。ただ⋯その⋯」
口が開いては閉じ、閉じては開き、魚のようにパクパクと動いた。
「う、うらやましかったの。前に進んでる、月城君と、月城君を動かした、あまね、さんが。⋯だから、その⋯」
両手の拳を握りながら、意を決したように顔を挙げて直陽の目をキッと見つめて言った。
「あ、あまねさんに、会わせてください!」
琴葉の目は真剣そのものだった。
直陽が、
「う、うん。もちろんいいけど」
と言うと、琴葉の顔はパッと明るくなり、
「ほんとに?良かった!」
と言った。
「琴葉!」すかさず莉奈が入り込む。「大事なのはそこじゃないでしょ!」
「あ、ごめん」再び小さくなり、琴葉が続ける。「あの後、莉奈ちゃんに怒られた。新しいこと始めたのに、月城君は全否定さらたように感じて、きっと立ち直れないぞ、って。私、月城君を、傷付けた。それを、謝りたい。ごめんなさい」
そう言って琴葉はペコリと頭を下げる。
「うん。でももう大丈夫だよ」と直陽は答える。
「私の考え過ぎだったかなー」莉奈が口を開く。「月城君、立ち直ったみたいだね。やっぱり、あの子、あまねさんのおかげ?」
「うん、まあ、そんなとこ」
それを聞いた琴葉が反射的に叫ぶ。
「やっぱり、あまねさんに会いたい!」
「う、うん、分かったよ。文芸部――部室はすぐ向かいだから、ちょっと行ってみようか」
「行く!」
いつになく興奮している琴葉に背中を押され、部室前の廊下に出る。
目の前の「文芸部」と書かれた扉をノックする。中で何やら話し声がする。「え?何だろう」そんな声だ。
もう一度ノックしようと仕掛けた時、扉が開かれた。
「はい?」出てきたのは汐里だった。
「あ、南条さん、お久しぶりです」直陽は汐里の肩越しに文芸部の部室の中をチラチラ見ながら挨拶した。
「あ、あまね?中にいるよ。どうぞどうぞ」
「あ、今日は別の部員もいるんだけど、いいかな?」と言ってちょっと緊張して直陽の後ろに固まっていた琴葉を紹介する。
「うん、もちろんいいよ。どうぞ」
その言葉に甘えて中に入る。
「あ、直陽くん⋯」一瞬直陽と目を合わせたあまねは、すぐに視線をそらした。
直陽はそれには特別気にもとめず、琴葉の紹介をした。
「成瀬琴葉さん。うちの部の部員。俺たちと同じ二年生。そして」続けて琴葉の方に向き直り、「こちらが朝霧あまねさん」
「どうしてもあまねさんに会いた――」
「このたびは⋯すいませんでした!」
直陽が言い切らないうちに琴葉が前に進み出て、大きく頭を下げた。
「そ、そんなにかしこまらなくても⋯」あまねは少し驚いている。
琴葉は頭を下げたまま話し続ける。
「⋯私、うらやましかったんです。私とどこか似ているって思ってた月城君が、先に進み出しのが」
そ、そんなこと思ってたのか、と直陽は驚く。
琴葉は、頭を上げて、口に力を込め、唇を震わせる。
「わ、私と、友達になってください!」
琴葉をここまで動かしたあまねさんは、やはりすごいのだろう。いや、噂で聞いただけの相手に対してここまで行動してしまう琴葉の思い込みもまたすごいが。
「うん⋯私は構わないけど⋯」
「本当ですか!じゃあ、うちの部室にも来てください!」
そう言って琴葉はあまねの手首を摑み、半ば強引に写真部の部室の方へと向かっていった。
「す、すいません!こうなるとは思っていなくて」
直陽は汐里に向かって頭を下げる。
「なんか、楽しそうだね。後で話聞かせて」
「はい、失礼します」
直陽はペコリと頭を下げて、その場を辞した。
**次回予告(2-2)**
再び部室に戻った直陽は、また莉奈にベランダに手招きされる。そこで莉奈は直陽に、あまねについて思ったことを伝える。




