暗渠。汚泥。
おっさん達が活躍するハードボイルドっぽいような、SFっぽいようなモノを読みたいなぁ。と思っていたら書いてました。
「あー……おっさん、下手こいてんじゃねぇよ。」
甲高いアラームが鳴り響く。
施設の照明は落とされ、非常灯だけが不規則に明滅していた。
モニターには、保安部隊が展開を開始する様子が映し出されている。
指揮車の男は、呆れたように息を吐いた。
「ハッハッハ! 悪かったな! まさか警備員が順路外れて、イチャイチャし始めるとは思わねぇだろ! やむなしだ!」
体格のいい潜入者は、任務を順調に進めていた。
……警備員カップルが目の前でイチャつき出すまでは。
「でもよ、時間ギリギリまで待ったんだぜ? それに、女の方は可愛かったしな!」
指揮車のモニターに、件のカップルの映像が映る。
さらに女の顔だけがズームされる。
「バカ野郎! 勝手にファイル送信すんな! 通信で位置バレるだろうが! ……可愛いな。」
状況は芳しくないはずなのに、妙な余裕が漂っている。
「わざとだよ。これで保安部隊の奴らは、俺の居場所をピンポイントで特定できたわけだ。」
「寝ぼけんな。バックアップの人員は居ねぇぞ、おっさん。」
指揮車の男は完全に呆れ顔だ。
だが、大柄の男はニヤリと笑う。
「俺の装備、全部一級品だぞ? 三〇式熱光学迷彩、対サイボーグ防御兵装DDR-30ライフル、そして日本政府公認の軍用戦闘義体。つまり――俺の体よ!
生身の軍人二百人を、俺ひとりで相手できるぜ。」
まるで玩具を自慢する子どものように誇らしげだ。
指揮車の男は肩をすくめ、ぼやくように言った。
「それ全部、“見られちゃいけないやつ”だぞ。俺、始末書書きたくないし……。それに、残業は出来るだけしたくないんだが。」
そんなぼやきも無視して、大柄の男は戦闘準備を進める。
敵が通れるルートを絞り、可能な限りタイマン勝負に持ち込めるよう場を整えていく。
「マップ見てみろ。」
指揮車の画面に施設図が表示され、食堂がポイントされる。
確かに、敵と交戦するならそこが最適だ。
だが、指揮車の男は渋い顔をした。
「最善ではある。だが万全じゃねぇ。死者は出すな。それと――俺たちは公務員だ。そして、ここは外務省管轄の施設だ。既に始末書でどうにかなる事態じゃない。ここまでして取り逃せない“あれ”がある。……言ってる意味、わかるか?」
男の笑顔が消える。
「失敗したら落とし前は俺とお前の命。オマケで我らが大将のクビ。それに、内戦の勃発。ビッグブラザーの内政干渉――わかってるさ。電子戦は任せた。」
指揮車の男は苦笑いをするしかない。
「よく考えると少し荷が重すぎるよな。それと、落とし前に俺の命を勝手に含めないでくれ。娘にパパって呼ばれるまでは死ねないんだよ。」
失敗できないオペレーション。だが、失敗する気はしない。
――二人なら、失敗はしないと確信していた。
「背中はまかせろ。“守護神”の名に恥じない仕事、見せてやるよ。……予算さえ出れば、普通にできたオペレーションなんだよなぁ。令状取ってさ。」
大柄の男は笑いながら武器を構える。
「まあそう言うな。誰もビッグブラザーに黒幕が居るとは思っちゃいねぇよ。物的証拠は限りなく破壊され、捜査ファイルだってローカル以外は揉み消される。俺たちは……よくやってるさ。」
空気がチリチリと軋む。
“守護神”がネットワークに介入を始めたのだ。
サイボーグ化していない者には分からない。
通信モジュールを直に震わせる、あの不愉快な電流のような感覚。
そして――それが、敵に“守護神”の存在を知らせてしまうのもまた皮肉だった。
「おっさん、やるじゃねぇか。ネットワークに論理トラップ展開までして。意外とインテリだな。だが――甘い。」
数秒の沈黙。
重苦しい声が返る。
「よく聞け。悪い知らせだ。いつの間にか、通常の保安部隊は後方待機。制圧用サイボーグ五体の展開を確認。……かなり部が悪い。」
それを聞いてなお、大柄の男は笑う。
「制圧用サイボーグ、ねぇ。生け捕りは取らねぇってか。そもそも我が国じゃそんな装備、認められちゃいねぇだろ。面白くなってきたな!」
制圧用は戦闘用の上位――つまり、彼のアドバンテージは消えた。
「この戦闘も含め、すべて記録しろ。……俺たちに有利な材料になる。消されるな、何があっても。」
AR視界にアラートが点滅する。
「奴ら、慎重すぎる。咄嗟に仕掛けたB2通路の簡易感圧センサーが今反応しやがった。妙に進行が遅い。だが様子見と言うには早すぎる。……偽装はしてあるが――この感じ、上手く言えないが、こちらの意図が完全にバレてるな。嫌な気配だ。」
返答がない。
……何かがおかしい。
「通信ロスト……?」
視界が真紅に染まる。
「なんだとォ!? クソがぁ!!」
“マインドクラック”。
守護神様は――もう生きていないだろう。
大柄の男の咆哮。
「俺の魂に触るんじゃねぇ!!!」
マインドクラックとは”魂の乗っ取り“だ。
義体の出力を上げ、思考速度を極限まで高める。
これを防ぐ方法を――。
[そもそも“マインドクラック”を行うには、本人のユニークナンバー、国発行のパスキー、そして量子暗号化されたゴーストパッケージの解除が必須だ!]
[特に量子暗号技術は完全非公開で、公には技術実証中とされている。一般的にはSF世界の代物と考えられている。……それができるのは、ごくわずかな国家機関だけ。クソッ! 何か手立ては――]
「ここまでか……! 意識が……。」
混濁していく意識の中で、男はすべてを悟った。
敵の動き、装備、そして今起きていること――。
自分は“藪を突いた”のではない。“虎の尾”を踏んでいたのだ。
不正を行っていたのは、ビッグブラザー自身。つまり、合衆国自身……。
「……クソッ。」
魂を制圧された大男は、崩れ落ちるように倒れた。
食堂に、硬質な破壊音が響き渡る。
「こちらユニット12。目標の破壊を確認。電子介入の痕跡はそちらで処理を。……了解。通常運用に復帰。」
制圧用サイボーグたちは淡々とオペレーションを終え、何事もなかったかのように待機状態へ戻っていった。
そして――街は、世界は、何事もなかったかのように回り続ける。
無常。
勤務中にイチャついていたカップルは、上手くやったらしい。侵入者を発見したと報告し、手柄を得た。
何故か浮浪者が一人、外務省施設に侵入し射殺された。
この夜、警察の特殊指揮車両の事故でベテラン捜査官二名が死亡。外務省は記録を抹消し、弾薬ログも改竄された。
――そうして“そういうこと”として、今夜も静かに終わっていった。
読んでくださった方、ここまで来てくださってありがとうございます。おっさん達は最善を尽くしました。そして、きっと何処かの暗渠で汚泥に塗れて、タバコ吹かしたりしているのかもしれません。




