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王国一の魔法剣士と魔王の娘は最強の夫婦  作者: こみっと
一章 敵対種族の結婚編
9/10

9話 本気と覚悟


「固まっていないで、早く続きをやろう」

 

風の最強格の魔法を無防備に食らったはずなのに、アイリにはケロッとした様子で依然と戦闘の継続を求めている。

 

服はボロボロになり肌には所々に痛々しい傷が目立つが、逆に力を吸収したかのように魔力は膨張の一途を辿っていた。

 

俺とヴィシーが困惑しているとはつゆ知らず、今にも襲いかかってきそうな勢いだ。

 

なぜ魔王の娘が光属性の魔法を覚えることができたのか。類稀た才能が故か、はたまた魔力が陰の性質に変化する前に習得したのか。

 

魔力とは幼い頃は何色にも染まらない中性的な色や形をしている。言ってしまえば真っ白で真ん丸なのだ。それが経験した事象、形成された人格や性格。願望や欲望といった様々な得て物を加味してキャンバスは彩られていく。

 

アイリニの魔力は確かに魔族らしく黒く棘がある。人を殺すことに躊躇がなくよもや快感を覚えるぐらいなのだから、陰の性質が強くなるのは至極真っ当な出来事だ。


一年中闇の世界を彷彿とさせる夜しか訪れないそれには、朝焼けに似た光ですら照らされる余地などなかった。

 

ただ、これはあくまで一般論。魔族ならそうだと決めつけた先入観に他ならない。

俺には見える。アイリニには一筋の光明が差している。


「なんで魔王の娘が光属性の魔法を放てるのか、解釈に困りますがこの際どうでもいいです。まだまだ戦う気があるのでしたら受けて立とうじゃねぇですか」

 

大きく深呼吸をしてヴィシーは体勢を整える。先程の魔法で魔力をごっそり消費してしまったことは当然見抜かれているだろうが、ここで敗北を宣言するのはプライドが許さない。


「あれはお前のとっておきだったのだろう? 無傷とは言わんがダメージと称すには乏しい結果に終わってしまった。それでも戦意を喪失せず未だ剣を向ける気概は褒めてやろう」


「五剣帝として、エリス様の許婚として、負けるわけにはいかねぇんですよ」


「その心意気、気に入ったぞ」

 

まずいな。このままじゃヴィシーは確実に敗れる。正直言って魔力を制限しているアイリニにですら魔法が通じていないし、とっておきも大した傷を負わせることができなかった。

 

五剣帝の魔法は洗練されどれも人間種の中なら一目置かれる威力と技術が合わさっている。剣術も踏まえればその戦い方は千差万別。初見では対処するのも難しいってのに。

 

アイリニをこれまで誰も討伐できなかった理由がよくわかるな。強すぎる。


「ヴィシー、もうやっけにならないで素直に降参しなよ。このままだと殺されちゃうよ?」


「何言ってんですか!? この絶好の機会、エリス様がヴィシーに加勢すれば魔王の娘もさっさと殺すことができてんですよ!」


「いやいや、好きな人を殺すなんて無理だよ」


「それが意味わかんねぇって言ってんです!」


「ちょっとちょっと、なに人の家の前で大悶着起こしてくれてるのさ……て、あれ? エリスくん?」


聞き覚えのある声。ドキっと肩が震えると、反転した顔の先には端正な佇まいで俺を凝視する──


「あ!? ど、どうも……あはは」


「話の最中にどこをよそ見してんですか……げ!?」


「ん? 誰だそのじじいは」


「いや、え、なんか辛辣だけど。僕のほうが色々と説明してほしいことがあるんだけどな」

 

苦笑いでくしゃっと顔を潰すのは、王国の宰相バイロンさんだった。

 

白髪と鼻の下に生やした髭がトレードマークで口調は若々しくも節々に隠しきれない礼儀を感じさせる。清潔な黒のスーツに身を包み、所作は貴族らしく達者で、それでも距離感が近く親戚のおじさんをイメージさせてしまうほど溝がない。

 

おそらくヴィシーが放った大規模な風魔法のせいで騒ぎを聞きつけ現場へと赴いたのだろう。結界内とはいえ完全防音じゃないし、衝撃は微弱でも漏れてしまう。気づく人は気づく。


「もうすっかり夜も更けてしまって申し訳ないです。予定では日没までには訪問するつもりだったんですけど」


「本当だよ。ヴィシーが『エリス様の魔力を感じたので迎えに行ってくるのです』て言ったきり中々帰ってこないからどうしたんだろうと思っていたら、突然地震が起きて窓からすごい竜巻が見えたからさ。外に出てみればこれだ」


バイロンさんは父親のような顔でヴィシーを睨みつける。


「街中であの魔法を使ったらダメだって前にも言っただろう? エリスくんが結界を張ってくれていたから被害は最小に済んでるけど」


「うるせぇのです。恋する乙女に説教はご法度なのです」


「どういう経緯でこうなったのかは知らないけどさ、後日ちゃんと街の人に謝りに行くこと。いいね? じゃないとお菓子抜きだから」


「……わかったのです」

 

拗ねた子供のように渋々了承するヴィシー。大の甘い物好きなので、この脅迫には折れるしかなかった。


「おい、もういいか? 楽しい戦いを途中で中断されているのだ。魔法が暴発する前にさっさと続きをやろう」

 

アイリニは戦闘態勢をそのままに、未だ戦う心を忘れない。バイロンさんの登場にも関わらず、ヴィシーへ早く剣を構えろと催促する。


「ヴィシーもそうしたいところですが、あいにく今は続きをできるほど立場がよくねぇのです。格好悪いを承知でここは退散させてほしいのです」


「なに?」

 

さっきまでの威勢はどこへいったのやら、思いもしなかった弱気な発言にアイリニは眉を細める。


「逃げるのか? お前らしくもない」


「ヴィシーの主様はもう止めろと仰っているのです。本当は今にも斬りかかりたい気持ちですが、反逆者にはなりたくねぇですから」


「主だと? ふん、知ったことか。そのじじいがお前にとっての何かは知らんが、私はまだ満足しておらんぞ」


「はあ、えらく好戦的ですねおめぇは。主であるバイロン様の意向に反する真似は、できねぇと言っているじゃねぇですか。そもそも突っかかった理由はヴィシーの私情ですし」


「ん? バイロン……聞いたことのある名前だ」


「ほら、屋台を周った後の噴水前のベンチで話したでしょ? バイロンさんが王国の宰相だってこ、と……ぐぎ!?」


「あ、待つのです!?」

 

俺とヴィシー、その視線の先にはあまりにも無警戒にすたすたとアイリニのもとへ歩み寄るバイロンさんがいた。

 

油断しすぎた。激しい戦いの余韻すら残らない温かな空気が、バイロンさんが現れたことを機に漂っていただけに意識をそらし過ぎた。

 

バイロンさんはアイリニが魔王の娘だってことを知らない。なんせ魔法に関しては知識ゼロの人間だ。完璧な擬態魔法を見破れるはずもない。

 

すかさずヴィシーが剣を構えるが、もう既にバイロンさんが気さくに声を掛けた頃だった。


「もしかしてヴィシーと戦っていたの、君かい?」


「そうだが。私に気安く話しかけるとは、死に急いでいるのか? 人間」

 

ああもう、アイリニが通常運転過ぎて、ちょっとでも刺激してしまえば本当に殺してしまいそうだ。戦いを邪魔された鬱憤も溜まっているだろうし。


「ちょ、アイリニ! その人は」


「あはは、大丈夫だよエリスくん。急に話しかけてしまったから、無礼も承知の上さ」

 

いやいや、今あなた窮地に立ってるんですよ!?呑気なこと言っている場合じゃ。


……あれ、でもアイリニが手を出す素振りがないな。上目遣いに睨んではいるにしても、魔力の流れは正常だし、筋肉にもまるで力を感じない。

 

ヴィシーも勘づいたのか、細心の注意を払いつつ様子を静観する。普通ならすぐにでも助けに入るはずなのに。


「自己紹介が遅れてしまったね。僕は王国の宰相バイロンだ」


「宰相……? まさか、お前がエリスの言っていた王国のナンバー2か? こんなじじいが」


「アイリニ!? 口の聞き方には気をつけてよ。今から俺たちの今後のことで大事な話をする相手なんだから。丁重にいかなきゃ、てか宰相だから!」


「全く見えんがな」

 

アイリニとしてはかつて戦場で暴れまわった暴君老将でも思い浮かべていたのだろう。魔族の中では強い者が権力を握るらしいし。

 

バイロンさんは魔力もほとんど無いし戦闘技術も皆無だ。言わば政治のプロ。頭脳に優れた人だからね。


「いいんだよエリスくん。僕ももう年なのは事実さ。若作りしていてもしわは増えるし最近では足腰も弱くなってきてね。だから若くて美人な子を見たらぶっちゃけ羨ましくて、どんな無礼も嬉しく思っちゃうんだよ」


「なんだエリス、こいつは変態気質なのか?」


「余計な誤解を生ませようとしないでくださいバイロンさん! そもそもまだ初老ですよね! めちゃくちゃ元気ですよね!?」


「はっはっは! すまないすまない。ただ老いぼれじじいだの、加齢臭が匂うだの、よくあそこのちっこいのに罵倒されるからね。実際あまり気にしていないから安心してくれ」


「あぁん? ちっこいのとは誰のことですかねぇ?」

 

わかりきったようにヴィシーは白々しく装うバイロンさんへ怒りを顕にする。たしかにアイリニと比べるとプロポーションに大きな差があるし、背丈もかなり小さいよね。

 

完全なる飛び火には同情するけどさ。


「ヴィシーはまだ成長期なだけなのです!」


「もう18になるのに?」


「エリス様、こいつ殺しちゃっていいですか? いいですか!?」


「ダメだからね!? 仮にも護衛相手でしょ! バイロンさん、今日は俺の個人的な用事でこんな時間に来てすみません。でも早急に話したいことがありまして」

 

俺はアイリニを横目にそう告げると、察したようにバイロンさんが流れを汲んでくれる。


「なんとなくわかっているよ。門前の兵士から連絡があったからね。エリスくんが魔王の娘の討伐に成功したことや、彼女のことで話したいことがあるということも」

 

バイロンさんの視線がアイリニへと再び向かれて。


「君のことだったんだね。エリスくんのことだ。魔王の娘によって囚われていた君を救出してくれたのだろう。そしてその素晴らしくかっこいい姿に恋をしてしまったと」


「違うが」


「隠さなくてもいいんだよ。なんせエリスくんにはヴィシーという許嫁がいる。つまり先程の戦いはエリスくんを奪い合う生妻を賭けた真剣勝負ということだったんだね!?」

 

当っているような、間違っているような。

 

勘違いではあるんだけど、訂正するにしてもどう言えばいいのか。一重に魔王の娘だって言えれば簡単なんだけど、それはもっと慎重に誤解を招かない方法でしたいし。


「正直言って驚いたな。とても美人な方じゃないか。ヴィシーとは比べものにならないくらいだ」


「それは私も思うぞ」

 

こらこら、ノらないの。


「散々人を馬鹿にしやがりまして……どうやら本当に殺されたいみたいですねぇ?」

 

ヴィシーが無詠唱でいいところをあえて魔法名を唱える。威嚇目的だろうけど、気にしているところをあんなにズカズカと攻められれば、そりゃあ誰でもキレるよ。

 

バイロンさんの悪いところだね。


「この際だからヴィシーが教えてあげますよ」

 

怒りに任せてヴィシーはアイリニへ人差し指を向けると。

まさかこの子!? と次に放たれる言葉を察した頃にはもう遅い。

 

どんな時にもタイミングってものがあるんだ。バイロンさんの屋敷で落ち着いた空間で誠心誠意、真実を話して覚悟を伝えるためには、今のこの状況下はまずい。

 

だからお願い。やめてヴィシー!


「その女こそが人類の憎き仇的、魔王の娘アイリニ=ムソエトナなのです!」


「はいアウトー!」


「ぎゃふん!?」

 

俺はヴィシーの頭へ強烈な拳骨をお見舞いした。


「な、何をするのですエリス様ぁ……いてぇです……」


「なにするんですかじゃないよ! ちゃんと順序ってものがあってさ、バイロンさんには俺が俺の口から説明しようと思ってたのに」


「そんなこと知らねぇですよ。ヴィシーは今、とっても怒っているのです」


「ヴィシーていう最高の許婚がいるのにアイリニへ結婚を迫ってるからだよね!? 俺は確かにヴィシーとはだいぶ昔に約束はしたけどさ、あれは非公認で結婚するなんて一言も──」

 

俺は我に返ってバイロンさんへと向き直る。

突然の告白に脳処理が追いついておらず、何かがショートしてしまったかのように固まっていた。


「……は? この子、魔王の娘なの?」


「ああそうだが。お前も人間種なら殺してやろうか?」


「ひいっ……!?」

 

バイロンさんは声にならない悲鳴を上げると瞬時に後退り、盛大に尻もちをする。威厳など最早どうでもよくて今にも失禁してしまいそうなほど体を震わせると、匍匐前進するかのように地面を這いずり逃げようと必死だった。


「はあ、だからちゃんと説明したかったのに」


「ど、どういうことなのさエリスくん! 魔王の娘の討伐に成功したんじゃなかったのか!? なぜ王国に、それも王都に彼女を連れてきたんだ!」

 

バイロンさんはようやくヴィシーのもとまで辿り着くと、その小さな背中に隠れながら、硬直した体に反して俺を糾弾する。


「もうはっきり言いますよ」

 

こうなったらヤケクソだ。全部俺のわがままが招いてしまったことなんだから、今更隠す必要もない。


「俺は魔王の娘に……アイリニに恋をしてしまったんです」

 

俺はヴィシーとアイリニ、交互に視線を移しながらはっきりと口にする。

 

ヴィシーには後ろめたさがあるけどこれが俺の本心だ。すんごい形相で睨まれているし、今にもその剣で喉を掻っ切る負のオーラを感じるし。立腹させてしまう俺が悪い。


「な、なんだって!?」


「ほう?」

 

バイロンさんは驚きを隠せず、そしてなぜかアイリニは興味深そうに俺を見ている。


「ひゃ、百万歩譲ってエリスくんが魔王の娘に恋をしたのは理解するけど、ヴィシーはどうするつもりなんだい。仮にも許婚だろ?」


「ほんと意味わかんねぇですよ。勝手に一人で決めて勝手に了承も得ず連れてきて、おまけに約束も勝手に破って。エリス様の自慰に付き合えるほどこちとらそこまで寛大じゃねぇんですけど」


「ヴィシー、気持ちは分かるけどそんな端ない言葉を使うのはやめなさい」


「ちっ、面倒くせぇです」


「いや、ヴィシーの言う通りだよ。でも俺は本気でアイリニのことが好きなんだ。だからバイロンさんに話をしにきた」


「話ってさあ、エリスくん……。僕とは昔ながらの付き合いだし、ある程度の許容はしてあげたいとは思うけど、王国の宰相としてこの事案を許すわけには──」

 

バイロンさんは途中で言葉を失う。その先を言うのを躊躇ったのだ。

 

なぜなら俺が死地に赴く軍人のように表情を引き締め、大きな覚悟を抱いた瞳を向けていたからだ。

 

アイリニと結婚したい。生半可ではない、その覚悟を。

 

俺は本気だ。アイリニは魔王の娘で俺は人類を守る勇者であり、相対する種族だ。本来なら抱いてはならない恋心だったし、これまで何人もの尊い命を奪われ思い出を汚されてきた恨みを、人類の願いを、俺は託されていたのだ。

 

俺ならあの時、アイリニを殺すことができていた。でも、もうそんなやわな人じゃない。


街の人が討伐の朗報を聞いてお祭り騒ぎに歓喜していた姿を見て、俺も喜ばなくちゃならないはずなのに、耳が痛かったのは願望を蔑ろにしてしまったからとか、これからどう納得してもらえばいいんだろうとか、不安に思ってしまったからなんだろうな。


今は、消え失せた。


俺の全部が全部、アイリニのためにある。嫌がることも困らせてしまうこともあるだろうし、周りに認められないのも納得できないと言われてもそれが当たり前の見解なのだ。

 

だったら覆す。

淡い希望は捨てた。それこそがその希望を粉砕するからだ。

 

アイリニのためならなんだってしてみせる。本気で、覚悟をもって、幸せにしてみせる。

王国一の魔法剣士に不可能なんてない。ずっとそうだった。

 

俺なら、絶対に。


「俺は本気です」

 

バイロンさんはそんな俺の真意を感じ取った。


「はあ……いいよ。話を聞こうじゃないか」

 

深い溜息を吐くと、根負けしたと言うように落ち着いた表情で承諾した。


「いいんですかバイロン様!? 魔王の娘ですよ、人類の宿敵ですよ! 頭とち狂ってしまったんじゃねぇですか!?」


「心配無用だよヴィシー。たまにはエリスくんのわがままを聞いてあげようじゃないか。これまで彼には多くの命を救ってもらったんだから」


「ぐぬ……」

 

ヴィシーは静かに憤慨するが、筋の通った正論に返す言葉もなく唇を噛んだ。


「外で話すのもなんだろう。是非屋敷に上がっていってくれ」


「ありがとうございます……バイロンさん」

 

バイロンさんは背を向けて、ヴィシーと一緒に先に屋敷へと歩を進めた。

その間ヴィシーが振り返ってあっかんべーする。彼女にもちゃんと、後で話をしないとな。


「奇妙な男だったな」

 

遠くなっていく男の背中を見つめて、アイリニは興味深そうに頷く。


「バイロンさんとは俺が子供の頃からの付き合いなんだ。もうお父さんみたいな人でさ。だからあの人なら反発せずに、話をしっかり聞いてくれると確信していたんだ」


「反発されたならされたで、殺してやればいいものの」


「だからアイリニ! それはっ」


「なぜだかそんな風に、思えなかったのだ」

 

アイリニは考え込むように、顎に手を当てる。魔王の娘らしからぬ人間種への殺意をバイロンさんへ抱かなったのが疑問だったようだ。


「対してあの性悪女はどうするつもりなのだ? 簡単には折れてくれる相手ではないだろ」


「ヴィシーは……まあ俺が優柔不断なせいもあるし、俺のことを好きになってくれたことへの感謝はしたい」


「でも、私と結ばれたいとお前は言うのだろう?」


「うん」


「なんとも強情で、身勝手な言い分だな。当事者でなければ今頃、第三者から大バッシングを受けているぞ」


「だろうね。でも俺は自分の気持ちにだけは嘘を付きたくないんだ。たとえ世間から孤立しようと、俺はアイリニのためなら何でもする。その覚悟は持ってるつもりだよ」


「……そうか」

 

歯切れが悪そうに、アイリニは俯く。


「嫌じゃ、ない?」


「何がだ」


「俺と結婚するの。勝手に話を進めちゃってて申し訳ないなって」


「今更何を言い出すのかと思えば」


「だってそうでしょ? アイリニは別に俺のことが好きってわけでもないし、ずっと俺の一方通行で俺ばっかり舞い上がってて……」


「私も努力してやる」


「え?」

 

ふと、目が合った。頬を赤らめはにかむアイリニはぷいっとそっぽを向いてしまう。


「私もその……なんだ。お前を好きになる努力をしてやると言っているんだ」


「お、俺を?」


「お前以外に誰がいるんだ馬鹿者!」

 

アイリニの口からそのような言葉が聞こえてくるとは思わなかった。心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。ずっと取り繕ってきたのに嬉しくて、好きが爆発してしまいそうになる。

 

俺のことを好きになる努力をしてやる?アイリニが?それってつまり俺のことを意識してくれてるってこと?

 

やばい。ニヤけてきた。喜びが隠そうにも綻んでしまう。


「えへへ、嬉しいこと言ってくれるじゃん」


「鬱陶しいニヤつき顔を見せてくるな」

 

アイリニは照れ隠しに腕を組むと、一人で先を歩き始めてしまう。


「だがな」

 

その道中、ゆっくりと踵を返して長い黒髪が翻ったかと思うと、揺れる瞳から光の一線が紡がれて。


「お前の本気と覚悟、よく伝わったぞ。心に響くくらいにはな」

 

俺は心臓が跳ね上がったのを感じた。

アイリニが俺を認めてくれた。好きになる努力をすると言った上で、俺の気持ちを認めてくれたのだ。

 

今までにない高揚感が全身を駆け巡っていく。


「ふん」

 

再び前を向いたアイリニの表情はもう見えなかったけど、耳が赤くなっているところを見るとやっぱり照れ隠しなのかな。ツンデレっていいよねマジで。

 

そんな微笑ましい背中を俺は「待ってー!」とにこにこの笑顔で後を追うのだった。



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