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王国一の魔法剣士と魔王の娘は最強の夫婦  作者: こみっと
一章 敵対種族の結婚編
7/10

7話 一夫多妻は否定派だ


バイロン邸へと向かう道中、私とエリスの間には何とも重たい空気が流れていた。

 

肩を並べて歩きたくなかった私は早足で一歩先を行く。対するエリスは後ろで気まずそうに口笛を吹いているが、その音色は下手くそで全くと言っていいほど音符になっておらず、もっと言えばただ息を出すだけでなんの効果も発揮していない。


まあそんなのでこの静寂が和むはずもないのだが。


「少しは静かに歩けんのか? 鬱陶しい極まりないぞ」


「あ……ご、ごめん」

 

八つ当たりするように、耳障りな音を咎める。あれで誤魔化せているつもりだったのだろうか。

 

呆れた。実に呆れた。

 

まさか許嫁がおりながら私に求婚していたとは。どうやら彼にはずば抜けた魔法と剣技が常識を覆しているのと同じように、倫理観も常識が通用しないみたいだ。

 

これまでの言葉は全て私を口説くための方便だったのか。惑わされた自分自身にも腹が立つし、掌で転がされていたのかと考えると苛立ちもある。

 

しかしそれよりも、がっかりだった。

 

一夫多妻には否定派なのだ。愛するなら一人の女を愛してほしい。実際平等に愛すことなど不可能なわけで、他の女と順位をつけられ比べられるのがオチだ。気に入られなかった者、あるいは飽きられた者には態度も豹変してしまうわけで。

 

魔王の娘の私からすると、それは屈辱的拷問に他ならない。

 

ふざけるなよ、と声を大にして怒鳴ってやりたい。私が誰なのか知っていて言っているのかと、胸ぐらを掴んで罵倒してもいい。

 

高貴で気高く悪魔と恐れられる、魔族界で魔王の次に偉いのが私なんんだぞ!?強さで言えばトップなんだぞ!?

 

馬鹿馬鹿しい。往来にまみれる有象無象の女たちと変わらず、甘い言葉でドキドキしてしまったことに恥ずかしさもある。

 

結婚に対して少しでも考えてやろうと思っていたのに、この始末だ。

 

私は感情の許すがままに、エリスを拒んだ。今は彼に対して不信感が増すばかりである。


「あ、あの……アイリニ?」

 

エリスが様子を伺うように、不安げな声で呼び止める。不機嫌でさっさと前を歩いてしまう私を見てさすがに焦っているのだろう。

 

しかし私は足を止めない。耳も傾けない。顔など見たくもない。


「えっと、この角を右に曲がって……欲しかったんだけど……」


「早く言わんか!」


「……ごめん」

 

まるで飼い主に叱られた駄犬のように、もし彼の頭に耳がついていればへなへなと垂れているような描写が映し出される。

 

エリスはエリスでなぜ私が不機嫌になっているのか勘づいているはずだ。戸惑った素振りでどのように声をかけるべきか、四苦八苦しているのはなんとなくだがわかった。

 

その誠意は褒めたいところだ。さっきからずっと的外れでイライラするがな。面と向かって言えるまで口は聞いてやらん。


「ね、ねえアイリニ」

 

うるさい黙れ。


「怒ってる?」


怒ってない。失望しただけだ。


「……」

 

沈黙である。

エリスはすんともうんとも口を開いてくれない私に相当堪えているらしい。項垂れて下を向いてしまった。


「……次の角は左に曲がってね」

 

とうとう道案内しかしなくなったぞ。

時折後ろを振り返れば、老婆のような辿々しい足取りでしゅんと俯いている姿が伺える。


「バイロンさんの屋敷ってさ、結構遠いんだよね。宰相だから王都の中でも人気のない隠然で安全な場所に住んでいるんだろうけど、道も迷路みたいで困っちゃうよね……あはは」

 

無視無視。


「ねえ……アイリニ」

 

知らん。気安く名前を呼ぶな。


「アイリニっ!」

 

鬼気迫る語気の強い声。

ようやく決心がついたのか、エリスもこのままでは良くないと感じ取ったのだろう。彼は私の進路を妨害するように前へと躍り出た。

 

そして私の手を握り。


「許嫁の件については本当にごめん! でも俺がいちばん好きなのはアイリニだから!」

 

そう叫び跪くと、迷いなく手の甲へキスをした。

 

その一連の流れに嫌悪感を抱くわけでもなく、手を振り払うわけでもなく、顔中から一面に湯気が湧き出すように面食らってしまう。

 

いきなりの愛の告白にも、エリスの意を決した唇の温もりが直に伝わってきたことにも、そして何より彼の普段見せることのない真剣な眼差しに射抜かれて心が高鳴ったのだ。

 

だがここで簡単に折れてはいけない。

今まで数多の女をたぶらかしてきたエリスにとってみれば、これで大体のことは許されてきたのかもしれないが私は違う。

 

魔王の娘は単純ではないのだと証明してやる。


「響かんな。そうやって何人もの女を口説いてきたのだろう?」

 

エリスは最強の魔法剣士として市民からの人気は絶大だ。顔も整っている方だし、笑顔も素敵。そんな男に言い寄られれば、並の女は容易に靡いてしまうだろう。


「正直怒りを通り越して呆れたな。今までお前が言ってきたことは、全て詭弁だったのだから」


「ち、違うよアイリニ!」


「何が違うのだ!」

 

思わず大声を張り上げる。あまりの煩わしさに耐えきれず、私は呵責な態度を顕にする。


「お前が私に好意を寄せていたのは百歩譲って信じよう。だが許嫁がいるとなれば話は別だ!」


「だから違うんだって!」

 

エリスは必死に弁明しようと試みているが、私の怒りは治まらない。


「別の女と婚約しながら私に求婚だと? ふざけるのも大概にしろ。俗に言う不倫とやらを平然と行う男の、どこを信用できると言うのだ!」

 

もう我慢の限界だった。

これ以上話を続けるのも億劫で、私はエリスの気などおかまいなく先を急ごうとすると。


「俺はまだ正式に婚約はしていない!」


「……なに?」

 

エリスが叫んだ不可思議な言葉に、私は無意識に足を止めた。


「許嫁がいるのは悪かったよ謝る。でも俺はアイリにと出会う前から何度も婚約は破棄しようと考えてきたんだ。だから決して突然現れた悪魔と天使の二翼を纏う最高級に可愛いアイリニに、心が移り変わったわけじゃないんだ」


「ふん、今更戯言を。約束事を破ろうとするその気概がお咎めなしとは言えんのだぞ?」


「もちろんわかってはいるよ。相手の女性も素敵な人だったし、家事スキルも完璧で街いちばんの美女だって評判だったんだ。俺にはもったいないぐらい優秀でさ。でもずっと結婚は考えられなかった」


「性格に難でもあったのか」


「……」

 

あったのだな。


「俺は」

 

無かったことにして、エリスは渾身の想いを私へとはっきり伝える。確かにそれは嘘偽りない本心だったのだろう。

 

強く握りしめた手と真っ直ぐに私を捉えて離さない力強い瞳を見ればわかる。


「本当に心の底から好きになった人と結婚したいんだ。それが、アイリニなんだ!」


「誠に身勝手な言い分だな……呆れを通り越して哀れにも思えてきたぞ」


「それでも構わない。ずっと言い続けるよ。好きだぁあああ! アイリニのことが大好きだぁあああ! あの日、あの時、初めて君と出会ったときから俺の心は――」


「や、やめんか!」

 

既に太陽は消え日没を顕著に知らせる時間帯。人通りが減っているとはいえ、突然愛を叫びだすのは好奇な視線が突き刺さるのでやめてほしい。 


「行動で示すのだな、あと態度と! お前に惚れるまで今は一歩後退したところなのだから」


「もちろん任せてよ! 俺はアイリニのためだったらなんでもできちゃうからさ!」


「……なら、この状況はどうするつもりだ? 当事者は揃っているようだが」


「時と場所を考えてほしいよね。最悪な展開だよほんと」

 

刹那、辺りの空気が一変する。

少ない通行人も違和感を感じたのか早々に家路につき、闇夜がどっぷりと包み込む。

 

私とエリス、二人して臨戦態勢に入った。明らかに打って変わった雰囲気は敏感に肌を震えさせる氷のように冷たい。

 

当然だ。魔力と気配は隠しているようだが、肝心の殺意が溢れ出しひしひしと伝わってくる。

 

まるで地面へと束縛して離さない蛙を睨む蛇のような眼力。普通なら腰を抜かして硬直したように動けなくなる悪鬼羅刹の威圧感。

 

ほう、ついにご対面か。

ここは既にバイロン邸と目と鼻の先。知らず知らずの内に奴の護衛エリアへと足を踏み入れていたようだ。


「もう全部知ってるんでしょ。ならこそこそと隠れていないで、出てきなよ」

 

エリスも意地悪だ。

誘き寄せるためにわざと大きな声で愛を叫んだな?

 

ここでどうやら、話を着けるつもりらしい。


「五剣帝の一人、風の剣帝。そして俺の逃げたくて切り離したくて仕方がない悪魔のような許嫁」

 

酷い悪口だな。私と出会う前に一体何があったのだ。


「ダラヴィデ=ヴィシー! そこにいるんだろ!?」


「フッ……」

 

するとエリスへ呼応するようにして昇り始めた月の影から姿を現す。

 

まるで蝶が舞うように妖艶で、しかし黒く暗く、闇を抱える薄暗い表情と魔力の陰湿さにはさすがの私も背筋が凍えるようだった。

 

風属性を統べる最強の魔法剣士らしいが、魔力の質は魔族と近しい、面と向かわなければ同族と勘違いしてしまうほど。

 

そうこれは人間が得ていいようなものではない。邪悪で性悪な、彼女の心の中を曝け出しているかのようだった。


「到底人間とは形容し難い女だな」

 

なんとなくエリスが婚約を破棄したがる理由がわかったかもしれない。


「ヴィシーのエリス様に色目を使うなど、どこの馬の骨かと脳をズタズタにしてやろうと思いましたが……これはどういうつもりですか、魔王の娘!」


「ほう、やはりバレてしまったか」

 

複雑に偽装した擬態魔法だったのだが、いとも簡単に潜在魔力を解析されてしまうとは。

魔力量も桁違いだな。五剣帝と名乗るだけはある。


「どういうことか説明してくれるんですよね? エリス様。何を目的に魔王の娘を王都へ連れてきたのか解釈に困りますが、許嫁としても五剣帝としても、見逃すわけにはいかねぇです」

 

逆に好都合だとヴィシーは迷いなく剣を抜く。当初の予想通り、私を殺す気満々だ。


「待ってよヴィシー! これには深い深い、そう谷底を越えて深海を越えて地球の中心部まで届くほどの深ーい理由があってね!?」


「聞く耳持たねぇです!」


「だよね」

 

説明しろって言ったのにおかしいよね?と同意を求めるエリス。

 

私は「そうだな」と空返事で、無意識に突如現れた強者の存在に笑みが溢れていた。


エリスなど眼中にない。あるのは深緑の肩まで揃えられた髪が激しく揺れ、同時に赤く輝く瞳が殺気を纏っていることだ。

 

なるほど、完全に私を殺す標的と認識しているわけか。

いいな、実にいいぞ。売られた喧嘩は買う主義なのだ。


「エリス、お前は少し黙っていろ。あやつと勝負がしたい」


「あ、うん! 好きにしたらいいと思うよ」

 

若干投げやりで涙目になりながら、エリスは簡単に話の収束がつかなそうな現状に地団駄を踏んだ。



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