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王国一の魔法剣士と魔王の娘は最強の夫婦  作者: こみっと
一章 敵対種族の結婚編
6/10

6話 商店街でのお忍びデート


馬車を降りると、賑わう商店街には様々な店が乱立していた。


ここは大通りの長い一本道に形成された王国一の商店街。元々は王都の人口増加に伴い市場を作る予定だったらしいが、無計画な集客と建物の増改築によってここまでの大規模に発展してしまった。

 

結果的にここには何でも揃っていると口コミが広がり有名な観光スポットとなった。


今では見たこともない食材や料理、物珍しい装飾品や織物。大道芸人が芸を披露していたり、占いをする老婆がいたり、見境なくサービスを提供する者で溢れている。

 

見渡す限り大通りを囲む露店には圧巻の一言だ。どれも目移りしてしまうほど興味をそそられる。なんせ魔族領にはこういった店は点のように僅かしかない。買い物をするよりも、人間種をいたぶり殺す方が楽しいからだ。

 

だが、いざ空間に身を落とすと忘れていた欲望が蘇ってくるように感じる。


「色々なお店があるでしょ。少し定価よりも高いのは玉に瑕だけど、屋台の料理はどれも絶品だし、ここでしか手に入れることのできない貴重な代物もたくさんあるんだ」

 

意気揚々に店を見渡すエリスは旅人気分で目を輝かせている。エリス自身、ほとんどを魔族討伐のため市外地に出向いているからか、久々の光景に興奮しているようだ。


「まずは俺のとっておきのおすすめ。あのお店に行ってみようよ」

 

エリスが指さした先にあるのは香ばしい匂いを漂わせる肉の串焼きの屋台だ。丸々一匹を火の上でクルクル回すことで皮はカリっと、中はジューシーで特に人気店だと太鼓判を押されているのだと。


程よく焼けた肉はタレに絡み合うように光沢を煌めかせている。


「ほう、なかなか美味そうだな」


「でしょ? 王都に来た時はいつも食べるんだ。おじさん! 二本ください!」

 

お小遣いで買い物をする子供のような無邪気さに、私は少し微笑ましくなる。


「あいよ! いつもありがとな」

 

愛想を振りまく肉付きのいい店主は元気な返事で応える。

顔見知りなようで、肉が出来上がる間に世間話で大いに盛り上がっていた。


「今日はサービスするぜ。なんせエリス様があの憎き魔王の娘を討伐したって朗報が舞い込んできたからな」


「サービスってそんな、いいのに」


「いやいや、これは俺からの感謝の気持ちだぜ。遠慮せず貰ってくれ」

 

店主は金はいらないからと、二本の肉の串焼きをエリスに渡した。そして耳打ちするように、私には聞こえない小さな声で。


「それにしても、横の姉ちゃんは連れか? エリス様も隅に置けない人だ。めちゃくちゃ美人じゃないか」


「でしょ? 多分世界一、いや銀河一、いや宇宙一、可愛いと思うよ」

 

ね、とウインクされるが私にはてんで理解できない。男二人でこそこそ猥談か?


「何を話しておったのだ」

 

肉の串焼きを手に戻ってきたエリスへ早速尋ねてみる。私が魔王の娘だと知られるような軽口を叩いていたのなら、この商店街で殺戮ショーが始まることになるぞ。


「アイリニのこと、とても美人だよねって話てたんだよ」


「なっ……そ、そうか」

 

咎めようとしていた心境が一瞬にして移り変わり、咄嗟に熱くなる頬を隠す。

自分でも容姿が整っていることに自覚はあるが、口に出されてしまうと心臓が跳ね上がる。


「どうしたのさアイリニ。ほら、一緒に食べようよ」

 

おまけに私が悶々としていてもお構いなく、エリスは通常運転だ。私の顔を覗き込み様子を伺っているのか、途端に顔が近くなる。


肩と肩とが触れ合う距離で、汗の匂い一つも感じさせない。これが私を恋に堕とす策略なのであれば、エリスはとんだ小悪魔だ。


言葉一つ一つに動揺してしまう私とは違い、エリスには余裕があるように思える。人を好きになれば普通、直視は難しく同じ空気を吸うことでさえ落ち着かなくなるものではないのか。


「そ、そうだな」

 

こほん、と咳払い。とりあえず人間種の食を楽しむとしよう。

 

手渡された肉の串焼きは今にもかぶりつきたくなるほどの食欲を唆られるもので、朝から何も食べていなかった私からすると、砂漠のオアシスに近い。お腹の音がぐぅーと鳴ると、同時に涎も垂れてくる。

 

食に対して、これほどまでに早く食べてしまいたいと思ったのは初めてかもしれない。そうこれはまさに、人間種を殺すときのような高揚感に似ている。

 

私はいただきますを言うことを忘れ、欲望のままに肉を豪快に食らった。


「……うまい!」


「あはは、すごい食べっぷりだね」

 

評判通りに肉厚で脂から滴る芳醇なエキスが更に食欲を掻き立てる。口元に付着したタレなんて気にしない。口いっぱいに広がる肉の宝石箱は瞬く間に私を虜にさせた。


「このタレがまた絶品なんだよね」


「たしかに、肉によく合っているな。これは何を使っているのだ?」


「それは秘密だよ。秘伝のタレってやつだ」


「む、そうか……ならば仕方ない」

 

喋っている内にあっという間に完食。エリスがまだ半分のところを、私は二口三口で平らげてしまった。そしてエリスを待つことなく立ち上がって。


「うむ、人間種の食事も悪くないものだな。種族柄、普段は生食を基本とするので調理という概念があまりないのだ。しかし今、無頓着だった過去の自分を後悔しておるぞ」

 

元々魔族は食事に関して興味が薄い。そんなものに時間を奪われるぐらいならば、己の魔法や肉体を鍛えることを優先する三大欲求が欠落した種族なのだ。

 

睡眠を惜しみ、仕方なく繁殖を行い、食事は腹を満たすためだけに存在する。娯楽と言えたものは人間を殺し優越感に浸ることぐらいだった。

 

だから感動した。普段から血生臭い肉を主食にしていたことが恨めしい。もっと早くに気づいていれば。


「お気に召していただけたようで何よりだよ」

 

エリスは残りの肉を口に入れ、咀嚼する。そして喉へ通すと私の反応を置いてけぼりに手を握って。


「じゃあ今度はあっちの店に行ってみようか」


「おい、ちょ、ちょっと待て──」


「まだまだ教えたい美味しい料理がたくさんあるんだ。せっかくなら色んな料理を食べてみようよ!」


「か、構わんから手を離せ!」

 

私は悪くない気分で半ば強引に手を引かれながら、往来の中へと飛び込んでいった。

 

それから私たちは様々な店を回った。特にエリスが紹介してくれた食べ物はどれも最高だった。

 

チーズという乳製品をふんだんに使用した粉物に、肉や野菜がどっさりと詰まった温かいスープ。サクサクの衣を纏った揚げ物もどれも頬が落ちるほど格別で。

 

飲み物に至ってはなんと酒だ。エルフ族の醸造した果実酒は血のような濃厚な味わいで、酸味や塩味、甘味に富むものなど種類は千差万別。


最初はアルコールの特徴的な消毒臭に飲めたものではなかったが、慣れてしまえばそれもまたたまらなくなって。

 

ビールと呼ばれた黄色い炭酸液にも挑戦すると、度肝を抜かれるほどコクがあり果実酒とは違う爽快感、極上の喉越し。まさに魔王の娘が好む味だった。

 

思わず五杯。それも休むことなく一気飲み。エリスが慌てて「飲み過ぎだよ」と止めに入るが味を占めた私を止めることができるはずもなく。

 

酒という飲み物自体、あまり好んで飲もうとは思わなかったが興味はあった。毎晩のように父が部下と顔を火照らせながら談笑する姿を眺めていたからだ。

 

うむ、実に中毒になるクラクラ感と全身に巡る素早い血流の熱さがクセになる。


「大・満・足!」


「そ、それは……よかったよあはは……」

 

エリスは空になった金貨袋を叩きながら、若干涙目になって私を見つめる。


「まさかあれだけあった金貨がなくなるとは思いもしなかったよ……とほほ」


「そんなに使っていたのか」

 

私は目をぱちくりさせる。


一応魔族の間にも通貨は存在するが、私の身分上、顔を見せれば大体の物が手に入ってしまう。時には略奪をしに村を襲ったりと、そもそも狩りが主流なのでお金の使い方は無知なのだ。


「もうお腹いっぱいだ。ちょっと休憩しない?」


「ふむ、そうだな」

 

あれだけ食べて飲んでを繰り返したのだ。エリスの腹ははち切れんばかりに膨らんでいた。顔は酒のせいで真っ赤だし。

 

しばらく歩くと小さな広場へと辿り着いた。噴水の側にはベンチが。憩いの場として作られているのだろう。

 

そこに腰掛けると、水を飲んで一息ついたエリスが大きく息を吐いた。


「いやあ、食べすぎちゃったよ」


「私もだ。人間種の料理は美味すぎるな」


「お酒も混ざると更においしかったよね。ちょっと飲みすぎたかな」


「私は全然平気だが」


「アイリニの肝臓が強すぎるだけだって」

 

エリスは苦笑しつつ、水の入ったコップを私に手渡す。平気と思っていても悪酔いするのが酒だ。水を飲んで体内のアルコール度数を低くするのがいいらしい。


「どう? 王都は。楽しめてる?」


「まあな。料理は美味いし、酒も良かった。通りすがりに芸を披露する輩も見ていて面白かったな」


「そう言ってくれると俺も嬉しいよ」


「後は何人か殺して更に欲情したいものだ。あれだけ多くの人間がいれば、数人ぐらいバレやせんだろう」


「まーたすぐ人を殺そうとする。俺、やめてって言ったよね」


「冗談だ」


「可愛くない冗談だな……」


「魔王の娘に可愛げなど必要ない」


「それは俺も困るんだけど」

 

私はふん、と喉を鳴らすと腕を組む。

想起する今日一日の楽しい思い出を振り返り。


「でも、悪くはなかった」

 

エリスと商店街を二人で回った一時は、とても楽しかった。時間が過ぎるのを忘れてしまうぐらいには。

 

何度も笑った。何度も飽きずに語らった。愉快だった。エリスの冗談におかしくて涙が出た。

 

あれも、これも、どれも、今までの私では想像できなかった一人の女としての一面。冷徹で残忍な魔王の娘が楽しいと思うのは、返り討ちにした幾重の勇者一行の亡骸や逃げ惑う下民を嘲笑する時ぐらいだったのに。

 

無意識、だった。


「アイリニがあんな風に楽しそうにしてくれると、俺も観光に連れ出した甲斐があったよ。また一つ、知らないことを知れた気がして」


「そ、そうなのか……?」

 

不思議だ。エリスといると、魔王の娘としての自分を見失いそうになる。忘れてしまいそうになる。心を許してもいいと思ってしまう。

 

初めて受ける男からの好意とは、こんなにも浮き世離れした感覚に陥るのか。

 

私も、エリスも、まだお互いのことを全く知らない。断片的に見えた一部分で知った気になるつもりはないが、だからこそ彼が抱く恋心など一時の気の迷いだと否定したい。

 

でも、考えれば考えるほど、エリスは私のことを知りたかったのではと、そのための商店街巡りだったのではと、これがデートでなければなんて言うのだろう。

 

どんな食べ物が好みで、どんな風に笑うのか、酔った姿はどんなものなのか。

 

デートとは、そういうお互いを知り合う機会を指すのだ。

 

なら私もエリスのことを知る努力をするべきだったのか。新鮮な感情に振り回されそれどころでもなかったのだが。


──いや、まだ、その気にはなれない。


「なにかまた、思い詰めてるみたいだけど」

 

エリスは優しく微笑むと、巡っていた思考をかき消すように私の頭の上に手を載せた。そしてそのまま髪を撫でるように動かす。


「な、なんだ? 急に……」


「アイリニが可愛いからさ、ついね」


「かわっ!? お前はまた、軽はずみに」


「嘘は言ってないし」

 

エリスの手はとても温かかった。まるで壊れ物を扱うかのように丁寧だった。そんな柔らかい手つきは魔王の娘と恐れられる私でさえ気が和む。


「さて、そろそろバイロンさんの屋敷に向かわないとね」

 

エリスの手が離れる。途端に寂しさを感じたが、首を横に振って紛らわした。


「もうそんな時間なのか」

 

辺りを見回すと空はすっかり夕暮れ時だ。西に傾いた太陽が、消える最後まで王都を包み込むように照らしている。

 

風で靡く噴水の水面や地面に転がるゴミでさえもその橙色に染まっていた。


「気になっていたのだが、バイロンとやらは一体何者なのだ。門前の兵士は様と呼んでいたが、高貴な人物なのか?」


「バイロンさんは王国の宰相だよ」


「なに?」

 

宰相とは国政を担当する、言わば王国に君臨する王に次いで絶大な権力を持つ人物のことだ。

 

さん付けのエリスは顔見知りなのだろうか。彼も国では相当な名声を馳せる男だ。商店街を巡っている最中も市民から次々に声をかけられていたし、最強の魔法剣士として勇者の肩書は伊達ではない。

 

単に勇者と宰相という関係だけではなさそうだ。


「俺とアイリニが結婚するために、まずはバイロンさんと話をする。前代未聞の事案にいきなり国王様を介すと、容認される可能性は皆無だとわかった上での考えだ」


「知っているぞ。現存の国王は大の魔族嫌いだと」

 

勇者パーティーを魔王領に派遣したのは歴代でも倍以上の数を誇る。嫌でもその思惑は見え透いてしまうものだ。


「うん、だから外堀を埋めるんだよ。バイロンさんが味方になってくれれば心強いからさ」


「意外としっかり考えておるのだな」


「当然だよ。俺はアイリニのことが好きだけど、そのことで君が傷つくのは本末転倒だからさ。ちゃんと段階を踏んで公認してもらわないと」


「……それもそうだな」


「ただ一つだけ、心構えをしておいてほしいんだ」

 

エリスが珍しく真顔になって、今後のことを不安視するかのように私を見つめる。思いもよらず言葉にできなくて、どうしたのだろうと顔を眺めていると。


「バイロンさんは王国にとってなくてはならない人だ。だから宰相として、常に護衛がいる。そいつがちょっと厄介なんだよね」


「厄介?」


「魔法には火、水、風、光、闇と五属性あるけど、王国にはそれらに通ずる最強の魔法剣士として五剣帝てのが存在するんだ」


「ほう……なかなか強そうな響きだ」


「五剣帝は国の存亡が懸かるとき、または戦争の最高戦力として重宝されてるんだけど、今は国の最重要人物を護衛する要として、それぞれ常に側にいるんだ」


「つまりバイロンとやらを護衛する者が、その五剣帝の内の一人だということか」

 

エリスが心配しているのは私が魔王の娘と知られた瞬間、必ず戦闘に発展すると考えているからだ。擬態魔法も潜在魔力を解析されてしまえば見破られる。恐らく通用しないことを見越しての判断だ。

 

魔王の娘が宰相の元に現れれば相手が臨戦態勢に入るのは想定の範囲以内。なんだ、好都合じゃないか。

 

私は強者に焦がれる性格だ。五剣帝がいかほどの強さなのか、身をもって体験したい。


「ちなみにお前は五剣帝とやらではないのか? 魔法の各属性を統べる最強の魔法剣士なら、お前ほどの化物もその一人のはずだ」


「まあ俺は全属性を統べる最強だからね。もうその枠組からは逸脱しちゃってるんだよ」


「っち、嫌味なやつめ」

 

改めてエリスが規格外の強さを持つことに苛立ちが隠せない。鬱陶しいやつだ。羨ましいぐらいに。


「まさか、お前は私が殺されるとでも思っているのか!? それは魔王の娘に対する愚弄だぞ!」


「そういうことじゃないよ! アイリニが一対一で負けるとは微塵も思わないし、でも無傷とは言い難い。だからさ、えっと……うーん」

 

必死に弁明するエリスはどこか言いにくそうに口籠っている。


「なんだ、何か問題でもあるのか?」


「うん……まあ、ちょっとね」

 

歯切れの悪い口調に訝しく首を傾げると、エリスは意を決したように口を開いた。


「実はバイロンさんを護衛する五剣帝の子は、女性なんだ」


「ん? だからなんだというのだ。私は女だからといって斟酌などせんぞ」


「違うんだよ。その子は……俺の許婚、でも……

あるんだよね」

 

私の顔を伺いながら、段々と雲行きが怪しくなるのをエリスは感じ取っただろう。

 

これは驚いたからではない。はたまた動揺したからでもない。

呆れたから反射的に飛び出た、たった一言でこの場を支配する憤りの声だった。


「は?」




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