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王国一の魔法剣士と魔王の娘は最強の夫婦  作者: こみっと
一章 敵対種族の結婚編
2/10

2話 この男の考えがまるでわからない


「そういえば自己紹介がまだだったよね」


人里離れた魔王領からの戦闘後、私は何故か婚約を申し込んできたこの男と馬車に揺られていた。


男は対峙していた頃とは口調も態度も刺々しさは薄れ、青年と呼ぶには幼過ぎるほどあどけなく屈託のない笑顔で話しかけてくる。


本気で私のことが好きなのだとわかりやすい素振りに動揺すると共に、魔王の娘という立場から未だにこの男の考えが全くわからなくて困惑ものだ。


負けてしまった手前、口答えすることもできず更には命も救ってくれた。


その恩を仇で返すことは私にはできなかった。

だから今、言われるがまま前で馬を引く男についていくことにしたのだ。


「俺の名前はエリス=ヴィオラ=アムヘルト。気安くエリスって呼んでくれたら嬉しいな」


太陽の光に重なって、眩しくこちらを見上げるエリスは子供っぽい無邪気な笑顔を向ける。


その笑みに頬が熱くなるのを感じるも、それを悟られまいと、そっぽを向くように私も名を名乗る。


「私はアイリニ=ムソエトナだ」


「うん! 知ってる!」


「……っ!そ、そうか」


当たり前だよと言うように、いつもより上擦った声が耳に届く。


私は人類に恐れられる魔王の娘であり、これまで数々の人間を殺してきた。

だから悪い意味で人間種には名が轟いているだろう。


しかし、恨みや憎悪、憎しみに悲しみ。その他多くの負の感情を与えてきた張本人だというのに、エリスという青年は私を一人の女性として扱ってくる。


なんだかこいうことをされると、調子が狂う。

こやつが最強の魔法剣士だからか?もし人間に危害を加えるならいつでも殺せるからという余裕の表れか?


結婚という男女の契りの規模は相当大きな意味を成すということはもちろん知っているが、どうも私にはエリスとの接し方がいまいちわからない。


敵対種族の婚約。

それがどういうことかを、彼は楽観的に見すぎている。


無論、私も好意を抱いているわけではないのだし。


「それにしてもさ、なんで擬態魔法なんか使うの。その光沢のある角も、可愛らしい八重歯も、魔族特有の瞳の色も、俺は好きなのに」


「すっ……!? あ、あほか!」


「あほじゃないよ、真面目な話!俺はアイリニのこともっと知りたいし、知ってほしいんだ。だってさ……」


「もうそれ以上口を開くな!」


必死に弁解するエリスだが、それを私は拒む。


「人里離れているとはいえ、ここはもう人間種の領土だぞ!? そんな中に魔王の娘ともある私が姿を現せば、混乱を招くに決まっておるだろ!」


「あーそっか。だからアイリニは人間種に擬態するんだね」


「当然だ。私はお前ら人間種にとっては悪魔そのものなのだから」


「つまりアイリニは、人間種から良く思われていないことを気にしてるわけだ」


エリスはポンと手を叩く。そして少し悲しげな表情をする。

それはきっと自分と他の人間種との価値観の違いに気づいたからだろう。


魔族にとって人間とは己に害をなす敵であり、特に私からは多くの大切な人やかけがえのない命を奪われてきた。


自分のように仲良くなろうと、ましてや結婚を考える者など存在するはずがない。

その考えが覆ることは一生ないと確信していたからこそ、私の言葉を聞いていたエリスにとっては少し残念な回答だったに違いない。


だけど私は、その問いに答えることはできなかった。

自業自得なのだから、言い返せるわけもなかった。


「……っ」


「そっか。じゃあ、俺がアイリニの不安を取り除いてあげなきゃね」


「な、何を言って……」


「だってさ、アイリニは俺と結婚するんだし。それに俺は魔王の娘であるアイリニを好きになったんだよ? だから……ね?」


「い、言っておくがまだ私は了承などしておらんからな!? お前が思ってる以上に私は残忍で凶悪なのだぞ」


「もしかして俺が外見だけで好きになったと思ってるの?」


「そ……うだろ」


まだ出会って数時間だ。

私の内面など知るはずもない。

血を啜り倒れゆく死体を前に不気味に笑う私を先入観なしにどう理解できるというのか。


「アイリニの言うことは一理あるよ。ほぼ一目惚れみたいな感じだったからね」


「なら……!」


「不思議に思ったんだよね。俺と戦っている時、君はもちろん戦闘を楽しみそして敗れ、その屈辱に臓腑を抉られる感触を味わっただろう」


でもさ、と続けて言葉を紡ぐエリスは私にとって一瞬、ある記憶を想起させた。


重なって見えたのだ。

あの日、あの時、あの場所で、出会った少年と。


「救われたって顔してたよ。プライドどうこう言ってたけどそれって単なる外面なんじゃない?」


「い、いや……私は魔王の娘として、そんなことを思うわけが」


「気づいていないだけかもね。だから俺は知りたくなったんだよ、君の本心を。隠し閉したような、本音を」


「ほん……ね……?」


「だから、さ。俺はアイリニを知りたいんだ」


「な……にを……」


私は動揺した。

それはきっと私の本心を見抜いたからだろう。

だけどそれをエリスは否定せず、受け入れてくれたのだ。


いや、それだけじゃない。

私が魔王の娘であることも知ってなお、彼は私を知ろうとしてくれている。


そんなの初めてで、どうしたらいいのかなんてわからないし、どう反応していいのかもわからなくて。


「興味が湧き上がるほど目を奪われる女性って俺は初めてだった。だから外見だけじゃない。君の、アイリニの未知数な感情含めて惹かれてしまったんだよ」


また、こういうことを言う


ここまではあくまでエリスとの戦闘に敗れたから仕方なくついてきているだけ。

いずれ隙を見て逃げ出そうと、そう考えていた。


こんなよくわからない男に付き合っていては気がおかしくなりそうだったし、人間種のくせに、最強の魔法剣士だからといって私に気を許すなど馬鹿としか言えない。


なのに、それなのに。

何故か少し、嬉しいと思ったのは自分でも嘘だと信じたかった。


「ははは、言葉にするのって難しいね。どうしても伝えたいことが、頭で膨らみ続ける想いが強すぎてうまく出てこないや」


小さく照れを隠すように笑いながら、エリスは私の呆然とした表情に問いかけるような言い様だった。


「……ちゃんと前を向け。段差に躓くぞ」


「おっと。ごめん揺れちゃったね──」


「お前が思っているほど、私は優しくも寛容でもない」


しばらくして私は、訥々と話し出す。

突拍子もない切り出し方になってしまったのはこういうことに不慣れだったからだろう。


少なくとも、私はエリスという最強の魔法剣士にだけは心を許してもいいと思ってしまった。

我ながらちょろすぎて、人間種のように恋愛について考えを巡らすのが悪くなかった。


「うん」


「勝手な行動をすることもあるだろう。今のようにお前に迷惑をかけるかもしれん」


「うん!」


「それに……私はいつか人類を滅ぼすかもしれないぞ……?」


「その時は俺も手伝うよ! アイリニを一人にはさせないから!」


そう言い切るエリスは満面の笑みを向ける。

そんな笑顔を見てしまえば、なんだかおかしくなってきて、私もつられて笑ってしまいそうになる。


「ふん、人類の英雄が魔族に味方してどうする」


「ほ、ほんとだ!? 思わず口走ってしまったよ……あ、でも人類もアイリニもどっちも大切だし選択肢があるならもちろんアイリニのためにとは思うんだけど、でもやっぱり勇者としてまた戦うことに……」


「……ならそうならないようにするんだな」


「え?」


「私を惚れさせるのだろう? だったら宣言通り、惚れさせてみるのだな」

 

その時、私はどのような表情をしていたのだろう。


それはきっと、人類には決して見せることはない感情。

満面の笑みを浮かべていたに違いない。


「うん!」と勢いよく返事したエリスの顔はどこかぎこちなかったが、でもそんな姿も愛おしくて、私はまた笑うのだった。


「あ! やっと笑ってる顔を見せてくれた」


「は? な……何を言って……」


「だってずっと怖い顔か怒った顔しか見せてくれなかったからさ」


そんなの当たり前だろうと思う。

魔王の娘である私が人間種の前で気を緩めることなどあってはならないのだから。


でもエリスには見せてしまう分、私は早くも毒されてしまっているのかもしれない。


あぁ、あの時と同じだ。


「──ん!?」


「どうしたのさ、急に見つめてきて。照れちゃうな」


まさか、な。








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