考え方の理解できない男と婚約破棄を致しました。後悔はない。後悔はないわ。
「さすが王宮の夜会だな。綺麗な女性が沢山いる」
そう言ってちっとも自分の方を向いてくれない、婚約者ルイド・ハセル伯爵令息。
エステリーナ・マルドス公爵令嬢。
エステリーナは際立って美しい訳ではない。
茶の髪に黒目の地味な令嬢だ。
彼の事を愛している。
そう、長年の婚約者ルイドは黒髪黒目の痩せた青年で、歳は互いに16歳。
父親同士が身分を飛び越えての親友同士で、次男のルイドを是非に婿に貰ってくれとハセル伯爵がマルドス公爵に頼み込んで、マルドス公爵が快諾して結ばれた婚約である。
ただ、10歳の時に結ばれた婚約だったが、その後、ルイドは体調を崩してしまい、ベッドから起き上がれなくなる位、寝たきりになった。
エステリーナは、そんな婚約者であるルイドが心配で、足繁くルイドの元へ通い、率先して看病を手伝った。
隣の領地である両家の行き来、時にはハセル伯爵家に泊まり込んで、真剣に看病したのだ。
ルイドはベッドの上で、幼いながらもエステリーナに感謝し、
「エステリーナが看病に来てくれるから、僕は生きる気力が湧くんだ。有難う」
「いいえ。わたくしは婚約者なのですから、当然ですわ」
3年経ち、ベッドから起き上がれるようになったルイド。エステリーナは伯爵家の庭の散歩に付き従って。
「ほら、お庭の薔薇がとても綺麗」
「そうだね。散歩に付き合ってくれて、嬉しいよ」
やっと歩けるようになって、まだ顔色の悪いルイドを子供ながらに気にして。
ルイドはエステリーナに、
「こんな身体では、公爵家に婿にいけないな」
「でも、回復に向かっているとお医者様が。お父様もわたくしも、ルイド様が婿に来てくれる日を楽しみにしているのですわ」
「本当にエステリーナには頭が上がらない。もっと身体が良くなるように頑張るよ」
ハセル伯爵家の領地で、ゆっくりとルイドは健康な体を取り戻していったのだ。
すっかり健康になったルイド。
憧れの王都の王宮に行ってみたいという物だから、エステリーナの両親の付き添いの元、二人は初めて王宮の夜会に参加した。
美しい女性達が華やかなドレスに身を包み、扇を手に、社交を営む夜会。
ダンスを踊る女性達は、とても可憐できらびやかに見えて。
ルイドは見とれているようだった。
そこへ、見知らぬ女性が声をルイドにかけてくる。
「わたくしと踊りません?」
「え?わ、私とですか?」
「ええ」
「喜んで」
ルイドはエステリーナの事を忘れたように、色々な女性達とダンスを踊る。
顔を赤らめて、とても幸せそうなルイド。
エステリーナは悲しかった。
エステリーナの両親であるマルドス公爵も、
「ルイドは調子に乗り過ぎではないのか?」
公爵夫人も、眉を顰めて、
「エステリーナをダンスにも誘わず、他の令嬢と」
エステリーナは両親に、
「ルイド様は舞い上がっているのですわ。初めての夜会で。大目に見て下さいませ」
マルドス公爵が吐き捨てるように、
「お前がそう言うのなら」
悲しかった。
ずっと領地で看病していた時、ともにリハビリがてらの散歩に付き合った時、ずっとずっとルイドは自分の物だったのだ。
それを他の令嬢達と楽し気にダンスを踊って。
確かに自分は抜きんでて美しい訳ではない。
それはルイドだって同様だ。
互いに普通の容姿である。
ルイドが美しくなくたって構わない。
ただただ、今までの交流の中で、色々と話をした。
ルイドが未来に希望を持って元気になるならと、公爵家の領地経営の話をした。
女性は爵位を継げないので、いずれルイドがマルドス公爵になる。
だが、領地経営の勉強は幼いながらも理解できることは、エステリーナが父に教わっていたのだから、少しでも未来に希望を持ってもらいたくて。
だって、ルイドは、
「こんな身体ではいつ、婚約解消されても仕方ないな」
「そんなことはないわ。絶対に元気になります。わたくしは貴方と結婚するのを楽しみにしておりますのよ」
「ああ、エステリーナは優しいな」
いつもいつもルイドは感謝してくれていた。
それなのに、あっけなく他の令嬢達とダンスを踊る。
あっけなくあっけなくあっけなく。
悲しかった。
悔しかった。
ダンスを踊った位で、心の中が煮えくり返る位に憎しみが灯った。
夜会から帰る馬車に中で、ルイドは興奮したように、
「美しい令嬢達とダンスが踊れて楽しかった。本当に王宮の夜会はきらびやかだね」
こっちの気持ちも知らないで、嬉しそうなルイド。
こんなに無神経な人だったなんて、長年、共にいて知らなかった。
思わず言ってやる。
「からかわれただけですわ。見知らぬ顔の男性が現れたから、ダンスに誘ったのですわ」
「それでも。ね。ああ、一人の令嬢から今度、二人きりで会わないかって誘われたんだ」
「行かれますの?」
「そうだね。今まで君しか私は知らなかったから、友達は欲しいかな」
女性の友達ですって?わたくしは貴方の婚約者なのよ。
どういう友達よ。
共に馬車に乗っていたマルドス公爵は、
「娘の婚約者の自覚はあるのかね?ルイド」
「あ、もちろん。ありますよ。一番大事なのはエステリーナです。でも、せっかく王都に来たのですから、色々な女性を知りたいのです」
公爵夫人は、扇を手にして、
「貴方は我がマルドス公爵家に婿に来る身なのよ。女性との付き合いはほどほどにしていただかないと」
「勿論。お友達付き合いですから」
エステリーナは心配だった。
お友達付き合い?本当に?
許せない。そう叫びたかった。
でも、それは公爵家の令嬢としてのプライドが許さなかった。
その後、ルイドと馬車に同乗し、通りがかりのハセル伯爵家の王都の屋敷に送って、屋敷に帰った公爵夫妻とエステリーナ。
エステリーナは自室に戻ると、メイドに命じてドレスを脱ぎ、着替えをする。
ベッドに入ったがその夜はモヤモヤして何だか眠れなかった。
それからのルイドは、色々な女性達と付き合うようになった。
夜会に女性を伴って出席していると情報が入るようになった。
許せない。許せない。許せない。
憎しみが胸の中に灯る。
しかし、ふと違和感を感じた。
ルイドは美男という訳ではない。
マルドス公爵家に婿に入る事は、世間に知られている。
それなのに、令嬢達から近づいてきた。
伯爵家、子爵家、男爵家。
マルドス公爵家の婿にちょっかいをかけたら、潰れるであろう下位の令嬢達である。
それなのに、誰かの悪意を感じる。
父に相談したら、
「秘書を貸してやろう。婿に公爵家を継がせるとはいえ、実権はお前が握るだろう。調べてみるがいい」
有能な父につく秘書だ。
秘書は調べて報告してきた。
「第二王子アイレス殿下がやらせているようです」
アイレス第二王子は、歳は18歳。先日、隣国の王家へ王配として婿に行く予定だったが、むこうから断ってきた。
女王に即位するはずだった王女が亡くなったからである。
代わりに王弟が次期国王となる事が確実だ。
王弟に毒殺されたとの説が有効だが、王女の死因は病死とだけ発表された。
アイレス第二王子は婿入り先を探しているはずである。
ルイドに女性達を近づけさせて、自分がマルドス公爵家に婿入りする腹なのであろう。
ルイドを誘惑する駒に使った女性達の将来を考えないのであろうか?
女性達の家の事を考えないのであろうか。
マルドス公爵家が女性達の家に嫌がらせを行えば、下位貴族の家なんぞ潰すのは簡単である。
それなのに。
女性達の事も調べさせた。
皆、美しいが、身持ちの悪い伯爵家、子爵家、男爵家の3人の女性達が主でルイドを誘惑しているのが解った。
それでも……三人の女性達は公爵家に喧嘩を売っている自覚がないのであろうか?
今までの長い付き合いを考えず、三人の女性達といちゃいちゃと付き合うルイド。
公爵家に婿に入りたい為に、三人の女性達を動かしているアイレス第二王子。
どちらも許せない。
どちらも女性を馬鹿にしている。
どちらもどちらもどちらもっ。
破滅させることにした。
「素敵なお店だね。話ってなんだ?女性達との事かい?」
ルイドを王都にあるカフェに呼び出した。
二人きりで席に着き、紅茶を注文する。
エステリーナは、ルイドに、
「婚約を破棄したいの。勿論、貴方有責で」
「王都の美しい女性達とは友達付き合いをしているだけだ。私の心は君にある」
「友達付き合いですって?調べはついていますわ。男爵令嬢と宿で朝まで過ごしたそうね。伯爵令嬢と旅行に行ったって。子爵令嬢と二人きりでデートをしたとか。わたくしを馬鹿にしているわ」
「君も王都で私とデートしたかったのかい?だったらこうして今、デートをしているじゃないか」
「わたくしという者がありながら、不貞をするなんて」
「今まで君以外、知らなかったんだ。だから少しくらい。本当に好きなのは君だけなんだ。今までずっと傍にいてくれたね。病気で寝たきりの時も、庭をリハビリがてら散歩していた時も。私は君とのこれから先の未来を楽しみに、共に歩んでいきたいと思っているんだよ。だから、ちょっとくらいの遊び、目を瞑ってくれないか」
「そのちょっとくらいの遊びが。わたくしは許せないのですわ」
「貴族の男子はちょっとくらいの遊び、皆、するって父上が言っていた」
「まぁ、でも、わたくしは許せない。貴方はわたくしの婚約者なのですから、ええ、でも婚約破棄を致しますわ。他人ですわね。他人なら、わたくしとはもう関係ない人。さようなら。どうか、お元気で」
「そんな怒らないで欲しい。君がそんなに怒るのなら、これからは三人との付き合いはやめるから」
「許せないと言っているの。貴方の考え方、気持ち悪いわ。わたくし帰ります」
「でも、ちょっとっ」
カフェの外へ出て、待たせておいた馬車に乗り込む。
もう、関係ない人。
でも、でも、でも……
ずっと傍にいて、愛していた。
彼を看病し、彼のリハビリに付き合い、彼の傍で、未来を語って。
わたくしは何を見ていたのかしら。
彼の考え方が理解できない。本当に気持ち悪い。
でも、別れて後悔しない?ええ、後悔はないわ。
そう、後悔はない……
馬車の中で、思いっきり声を押し殺して泣いた。
ルイドの両親であるハセル伯爵夫妻はごねたけれども、マルドス公爵である父が猛烈に怒ってくれて、婚約破棄が成立した。
ルイドは領地へ伯爵夫妻に連れられて帰ったそうだ。
慰謝料はとらなかった。
愛しているから、いえ、愛していたから。
だから、彼には自分の知らないところで、しっかりと幸せになって欲しい。
不幸になんてなって欲しくない。
傷つけられたけれども、それでも、愛しているから。
彼を破滅させることは出来なかった。
後に、アイレス第二王子から、婚約の申し込みがあった。
だから、彼もカフェに呼び出して、来て貰った。
護衛3人を連れて、アイレス第二王子は、エステリーナの席の前に座る。
エステリーナはにこやかに、
「こちらのお店に来て頂いて嬉しいですわ」
アイレス第二王子はキラキラの美しい王子だ。
ただ、あたりを見渡して、
「それにしても、オシャレなカフェなのに、やけにムキムキの男性が多いな。そういう店なのか?」
「いえ、特別に彼らに来て頂きましたの」
ムキムキ達が一斉に立ち上がる。
王子の護衛三人はあっという間に、縛り上げられた。
ムキムキの一人がにこやかに、
「アイレス第二王子殿下。お迎えにあがりました。我ら辺境騎士団へようこそ」
「へ?私は王子だぞ。父上が黙っていな…‥」
猿轡をあっさりとかませられて、縛り上げられるアイレス第二王子。
エステリーナは、辺境騎士団員に、
「よろしくお願い致しますわ」
「お任せ下さい。たっぷりと可愛がってやりましょう」
アイレス第二王子を許せなかった。
だから、辺境騎士団に依頼した。
彼らは美男を可愛がる変……辺境騎士団。
王家も手出しできない辺境騎士団。
恐らくルイドが王都の王宮に来たいと思わせたのも、初めて王宮の夜会に来た時、ルイドに令嬢達をけしかけたのも、アイレス第二王子は周到に準備し狙っていたのだ。
ルイドと自分の婚約が破棄されるのを。
ルイドは不幸に出来なかったけれども、こいつは不幸になって欲しい。
強くそう思ったエステリーナであった。
令嬢三人の家にはマルドス公爵家の圧力をかけて、ぶっ潰して、彼らは困窮し、爵位を返上することになった。
全てが終わって、遠い空を見上げるエステリーナ。
思うはルイドの事ばかり。
それでも、思う。
ルイドと結婚しなくてよかった。
結婚していたら、傷つけられて、ボロボロになって。
これからは前を向いて、生きよう。
そう思えるのだけれども、心はどこかむなしく切なくて。
遠い青空を見上げて、ルイドを振り切るように、思いっきり叫んだ。
「さようなら。ルイド様っーーー。屑男なんていらないっ。空の彼方へ飛んで行けーー」