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咎ざらしの朱猫 ――怪談屋・月詠 鈴鹿の推理譚――  作者: 永久島 群青


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第十一話



11



 翌日の空は薄墨で塗られたような曇天。俺の気分と見事にリンクしているような気がして吐き気がする。寝起きでコーヒーだけを飲んでからシャワーを浴びてTシャツに着替えながら、昨日の直樹の話を思い出す。


――二十年前の火災事故。


――そこで死んだ少年。


――発話障害と鬱を発症した母親。


――焼死した祖父。


――黒い靄。


――元・医療従事者の人体発火死。


――解体業者の怪我。


――奥宮家。


――呪い。


 ぞわぞわとする。繋がっているのに、ちぐはぐ(・・・・)なのだ。その無軌道な感覚は気味が悪い。真っ先に死んでいるはずの人間が生きている。そこにあるのは、俺には馴染みのない感情なのだろう。


 そういえば、妖精事件では手紙を読む順序が異なっていたせいでそのからくりに気付けなかった。けれど今回は――呪いをかけたやつの順序が異なっている。異なっている――はずなのだ。本来ならば。それが意識的なものであるならばなおさら、俺には理解できない。


 しかし疑問は残る。昨日、直樹が語ったことが呪う(・・)理由(・・)になるのか。たしかに、恨みや憎しみはあるだろう。悔しさも。けれど呪うよりも先に、打てる手はいくらでもあったはずなのだ。


 どちらにせよ、俺には咎ざらしのように事態を終息させることは不可能だ。だが、それでも鈴鹿のどこか気の進まない様子、その意味は理解できた。


 俺だって、自分がその立場でひとつのコミュニティが壊れていくのを見るのは嫌だ。そう考えれば、咎ざらしはそれだけで業を背負っていることになるのではないか。生きているだけで――彼女は動くだけで――その業を背負わされている。いや、自ら背負っているのか。


 ともあれ彼女の過去を知った今、鈴鹿が今回の案件から手を引きたいとどこかで感じてしまうのは無理もないことだと思った。


 俺がアパートから出ると、見慣れたCBXのブルーカラーが見えた。そこに軽く腰を掛けてラッキーストライクに火をつける魔女の姿も。


「よう、ルリちゃん。おはよう」


「ちゃん付けはやめろ。なんだよ、朝っぱらから」


 言いかけたところで紅葉は一歩踏み込んで俺の襟首を掴んだ。


「勝手な行動は感心しないな」


 鋭く尖った、心臓を冷やすかのような冷たい声。


「――なん、のことだ」


「あんたが今回、傍観者でいろと言われた理由は分からないのか。あんたがあの医者と接触したことで、人が死んじまうことだってあるんだ」


「人が死ぬ……?」


「本来なら死ななくて良いはずのやつが死ぬ可能性もある。そういうことだ」


「分からねえな。どいつもこいつも――なんで、あの(・・)程度(・・)で呪う必要があるんだッ!」


「――あの程度、あんたはそう思ってんのか?」


「……そりゃ、同情くらいはするさ。でもそれで呪いまで至るか? それまでに出来ることはあったはずだろ。それこそ――」


「だから甘いってんだよ、ガキが」


 紅葉が襟首を締める。息が詰まり、それでも俺はやつから視線をそらさない。底冷えするような視線が突き刺さっても、俺は――。


「いいか、これはあんたがあの医者から話を聞いて推測しただけで終わる話じゃない。あいつも言ってたろ。根深い(・・・)と。あんたのその甘ったるい推論じゃ、呪うだけバカを見る話、笑えねえ喜劇だ」


「……は。んだよ、それ」


「私も鈴鹿も、どうして見ただけで、話を聞いただけで確信したのか。知ってる(・・・・)からだよ(・・・・)。あんたには分からない、あんたの知らない世界の、抜け出すことのできない――深い、深い暗闇を」


「だから、それはどういう意味だ」


 俺は眉間にしわを寄せて拳の裏で襟をつかむ魔女の拳を叩き払う。視線が交錯する。俺を睨む紅葉の眼は針のようだったが、俺もやつを睨みつけた。数秒が、やけに長く感じる。やがて紅葉はため息をついてから、


「すでに自我の世界がぶっ壊れた状態で――いいや、ぶち壊された状態で、社会や世間っていう呪いが家を包み込んだ。まるで盛る業火のように。だから、呪いで返したんだよ」


 俺は、どくん、と心臓が高く跳ねる音を鼓膜の奥で聞いた。その抽象的な言葉が、俺の中でカチリと当て嵌まった気がしたのだ。


 二十年前の火災事故、失われた小さな命、壊れてしまった母、祖父の死、ふたりの人体発火死、業者の怪我、そのすべては、ひとりに収束されていく。俺の脳内で、その絵が見えたとき紅葉は苦笑してから息をついた。


「やっと納得いったか。ほんと、厄介な式神だよ、あんたは。ほら、さっさと乗れ」


「どこに行くんだ」


「病院に決まってるだろ。今夜、あいつが咎をさらす。その前に舞台を整える必要がある」


「――今夜」


「ああ。今夜――あの(・・)家族は(・・・)崩壊(・・)する(・・)


 紅葉はそう言うと、忌々しそうに顔をしかめた。


「弱いところに付け込む姑息さ――だから私は呪いが嫌いなんだ」



◇◆



 旧館前に着いて、メットを外してその前に立つ。胸の奥からざわざわと胸騒ぎを覚えて、思わずに顔をしかめる。けれど、なにかが昨日とは違う。あの脳を、心を、神経から身体まで、すべてを焼き尽くされそうな熱さはどこか薄れているような気がした。


「……カギは」


 入り口の扉は南京錠で閉じられている。まさか昼間っから不法侵入するつもりなのだろうか。ここを見下ろせる新館――ブルーム総合病院もすぐそこにあるというのに。


 紅葉はそれには答えずに視線を旧館の扉の右横へと視線を向けていた。俺もそれを追って、ぞくりと全身が粟立つ。俺はここに来て、真っ正面から旧館、その全体を見ていた。もちろん、扉も。


 しかし見ていたはずのそこに、ひとりの女が立っている。まるで幽霊のように。けれどその女を、俺は知っている。いいや、昨日、院内で見ている(・・・・)


 そいつはメガネをかけていて、肩甲骨あたりまである黒髪の後ろをシュシュで束ねてヘアクリップで持ち上げている。


 その控えめに言って知的さを思わせる美しさ、どこか薄く触れれば割れてしまいそうな存在のような――危うい均衡を持った不思議な女。


 そうだ――昨日の院内、渡り廊下で紅葉に肩がぶつかった二十代くらいの清掃員。その女が今日はダークスーツに身を包んで、両手を腰あたりで合わせている。


「いつから、そこに」


 俺が一歩後ろに下がると、その女は笑みを作ることもなくこちらを見ている。


「ずっといたよ。それがこいつの特技、ってわけだ。名前は橋姫(はしひめ)、二十二歳。ステルス系女子って呼んでやれ」


 紅葉が小さく笑うが、呼ばれた橋姫は表情を変えることはなかった。そしてどこか機械的に腰を折る。


「初めまして。橋姫と申します」


「――久乃木 瑠璃。よろしく」


「橋姫は、隠密性に優れていてな。潜入にはもってこいだ。今回もこの病院に入り込ませて噂を収集してもらっていたわけ。で、事の(・・)ついでに(・・・・)、あんたを尾行してたわけだ」


 事のついで――その言葉の真意は分からなかったが、俺が直樹と直接会っていたことを知っていたのは、そういう(・・・・)こと(・・)なのだろう。


 そう言って綺麗に折られた紙を胸ポケットから取り出す。あの渡り廊下でぶつかったとき、橋姫とやらがその情報を紅葉の手に忍ばせた、そんなところだろうか。それを告げると紅葉はうなづいて肯定した。


 どこまで周到なのか。魔女と幽霊のような女は。呪いを解くために、どんな手でも使う。そこに倫理観などないのかもしれない。


「それで橋姫、カギは?」


「はい。こちらに」


 ポケットからカギを取り出し、南京錠に差し込む。いったいどこから――いや、愚問だ。その存在感さえ自在に操るような彼女ならばカギを手にすることは容易だったろう。


 俺たちはあっけなく開いた旧館に入り込んだ。


 中は――廃墟だった。木造の院内は炭になり、向かって右側から火が出たのか黒く焦げて天井がない。階段も焦げ付いていて、踏み込むと落ちそうなくらいだ。


「あ?」


「……気付いたか」


――紅葉の言葉にうなづく。耳鳴りがひどい。ノイズのような音と交わって自然と眉間にしわが寄る。


「ところで舞台を整えるって、今回はどうするんだ」


「さて。どうしてやるかね」


 前回――妖精事件のようにろうそくを立てるのか、と訊いてみれば紅葉は口の端を吊り上げた。


 一階を歩き、各部屋を見て回る。ほとんどが燃えカス、消し炭、原形さえほとんどない。一階を見終わってから、踏みしめれば抜け落ちそうな階段をそろそろを上がる。


 上がりきって左側――玄関側から向かって右はやはり吹き抜けのように屋根が落ちている。


「あっちには行くなよ、ルリちゃん。死んじまうぜ」


「……言われなくとも分かってる」


 一歩でも踏み出せば一回に真っ逆さまだろう。下には焦げて折れた材木が散らばっている。無事では済まないのは明白だった。


 右に進めばそれでもやはり暗い。曇天の影響もさることながら、全体的に空気が重い。耳鳴りも、だんだんひどくなってきている。


 一階同様、各部屋を見ていくと廊下の最奥に一室だけやけに綺麗な部屋があった。とはいえ、廃墟だから壁も床も天井も煤けているのだけれど。ベッドのシーツはどこか綺麗な感じがする。


「……なんだ、この部屋」


「さてね」


 紅葉は興味なさげにその部屋を閉じてから、振り向く。それを見た瞬間ひと際大きな耳鳴りがして、俺は顔を歪めて膝をついた。これは――なんだ。


 その部屋は、いいや――その扉は黒く焦げていて、板を打ち付けられている。それもかなり厳重に。何枚も重ねるように釘で打たれて、その板も少しだけ煤けているのだが――まだそこまで古くはないように見えた。


「――これって」


「なるほどね」


 こればかりは俺にでもわかる。明らかに、その板はあとから打ち付けられたものだった。ただ、昨日や今日ではない。その木材は火事の影響を受けてはいない。けれど、真新しいわけでもない。これは――なにを意味するのか。


 それが分からない俺ではなかった。


「なにを、隠した(・・・)


 怪談屋へ依頼にきた充希は言った。


――開かずの間がある、と。


 これが、そうなのか。俺は膝をついたまま、その手を扉につけようとする。その手首を橋姫に掴まれる。


「危険です」


「……なに」


「危険です」


 橋姫は表情を変えずに、ただ抑揚のない声で警告をした。その声が逆にウソや脅かすような類のものではないことを告げている。この状況でウソをついたり脅かすなんてこと、ありはしないだろうけれど、それ以上に――この扉は危ないと、如実に語っている。


 昨日、直樹から聞いた話に、この話はなかった。開かずの間の――いや、開かずの間になった経緯の話だけは、直樹さえ知らなかった。そもそもここが火事になったのは二十年前の話なのだ。知っているのだとしたら、院長か、看護師長くらいだろう。


「さて――始めるか」


 紅葉はそう言うと工具を橋姫から渡されて、くくく、と低く笑った。



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