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咎ざらしの朱猫 ――怪談屋・月詠 鈴鹿の推理譚――  作者: 永久島 群青


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30/36

第七話



 7



「紅葉さんは俺の太い顧客のひとりなんだよ。うちのオーナーの次に」


 マサキはよいしょ、と俺の隣りに座り、コーラのプルトップを開けた。


「言っとけよ」


「まさかルリと紅葉さんが繋がってるなんて思ってなかったからね。でも紅葉さん、昨日急に二十年前の情報を売れなんて、無茶ぶりが過ぎるよ。おかげで一睡もしてないから、少し割り増しさせてもらうよ」


 今日のマサキは長袖のロングTシャツにスキニーデニム、ナイキのスニーカーだった。さすがに連日の酷暑に辟易しているのか、笑っているのにどこか疲れの色が見える。


こいつもまた、虐待を受けていた過去を持っている。


「それで、見つかったか」


 紅葉はそう言って足を投げ出してから、空を仰ぐ。俺は苛立ちを忘れようとして、それでも心の奥底で、煮えたぎるほどの怒りを鎮められずにいた。


 俺にだって、過去はある。比べられるものではない。それは理解している。でも――それでも。


「ルリちゃんは、本当に感情的になりやすいな。忘れろとは言わないけど、今は依頼が先決だ」


 紅葉はそう言って小さく笑う。俺はマサキのコーラを奪いとってから、一気に飲み干した。


「ルリ、なにかあったの」


「……なんでもない」


「それで、マサキ。情報は手に入ったのか」


 紅葉の言葉に「もちろん」とはにかむと、A4の茶封筒を紅葉に手渡した。


「二十年前、奥宮医院の火事で亡くなったのは、三滝(みたき) 彰浩(あきひろ)くん。当時、十歳。精神疾患があって、精神病棟に入院してたみたいだね」


「それで」


「詳しくはプリントアウトしてるから省略して、三滝くんの母親は火事で重傷を負って今もブルーム総合病院に入院してる。俺の職業柄、紅葉さんたちの詳しい話は聞かないけどさ――」


 マサキはそう言うと俺を見る。


「……なんだよ」


「――あんまり危ないことはしないようにね。ヒロトも心配してる。この間の怪我だって、メンバー全員で説得したんだから。もし次、ルリになにかあったらヒロトがブタ箱に入っちゃうよ」


「可愛がられてるねえ、ルリちゃん」


「ちゃん付けはやめろ」


 俺は苦々しい気持ちになる。過保護な兄貴分は、俺より感情的になりやすい。俺が学生時代に会ってから、なにかと心配してくれている。


卒業祝いになにが欲しいと訊かれて、俺がタトゥーを入れてくれと頼んだのだが、ヒロトはその際も「就職に不利になるぞ」なんて言ってくれていた。


「最近、うちらのとこに来ないからみんな淋しがってる。時間が出来たら、いつでも来なよ。俺らはいつだってあの場所にいるからさ」


 マサキはそう言って手の平を広げる。俺は「俺の戻る場所はそこしかねえからな」と言って、その手の平に軽く拳を当てた。


「じゃあ、紅葉さん。ルリに無茶をさせないようにね。あなたを敵に回すのは俺としても本意じゃないけれど、ルリは俺らの中では一番年下で、弟みたいな子だからさ。もしもルリになにかあったら――」


 マサキは笑みを消して、声のトーンを落とす。


「俺は徹底的にあなたを潰しにいくよ」


 その言葉を受けて、紅葉は、くくく、と低く笑った。


「大丈夫だよ。あんたらの弟は、私らの弟でもある。こいつが見えてる地雷に向かって突っ走りそうになったら、殴ってでも止めてやるよ。足が吹き飛ばされるより青あざのほうがマシだろ」


「頼もしいお姉さんだね。まあ、俺は紅葉さんを信じてるからいいけど。とりあえず、詳細はそこにプリントしてあるから、不足分があればまたコールしてよ。ルリが絡んでるなら追加料金は割安にしとくから」


 マサキは白い歯を見せて笑った。紅葉はジャケットの胸ポケットから厚い封筒を取り出して、投げる。それをマサキが受け取る。中身を確認することもなく、


「毎度アリ」


 そう言うと、背を向けて手を振った。俺はやつが見えなくなるまでその後姿を眺めていた。アングラな仕事は、まるでアリの巣だ。予期もせぬところに繋がったトンネルのように。


 自分は、その世界にどっぷりと浸かり始めていることをようやく自覚し始めていた。



◇◆



「でも、なんでこの場所なんだ」


 俺は不意に湧いた疑問を口にした。マサキと会うにも、西池袋公園にいることならこの魔女なら知っているはずだ。さほど距離がないとはいえ、わざわざここを指定することに違和感を覚えた。


 ましてや、秘密裏に情報を得るならもっと他に適した場所があるようにも思えた。俺の疑問に、紅葉は低く笑う。


「私はこの場所が好きなんだよ」


「まあ、それなりに綺麗な場所だけど」


「そうじゃないんだ」


 俺が肩をすくめると、くくく、といつものように魔女は笑ってから指をさした。サンシャインビルを。


「この付近は戦後、巣鴨プリズンがあった場所なんだよ」


「スガモプリズン?」


「戦犯の収容所だ。七名もの人間が、ここで処刑されてる。あんただって知ってる名前だよ」


「戦犯――」


「面白い場所だろ。今や近くにはアミューズメントパークがあって、ここはランチにはもってこいの憩いの場所なのに、昔は違った。戦後の極東国際軍事裁判で死刑判決を喰らった人間が死を待つ場所だったわけだ。そう思えば――」


 紅葉はサンシャイン60を見上げる。


「――こいつはまるで、墓石(ぼせき)のようじゃないか」


 その言葉に、ゾクゾクと背筋が冷たくなってく。そんな場所を、紅葉が好きだと言った。その言葉もさることながら、この街の背景、その歴史に戦慄した。


「……悪趣味だな」


「都にはいつだって血なまぐさいものが混ざっている。田舎よりも流れの激しい歴史の中で、一番死の色が濃い場所だからな。栄華ある街の裏側には死が多い。それゆえに栄える。栄えれば――後ろ暗い物語は隠れていく。隠されていく。けれど」


「――けれど?」


「――結局のところ、隠しきれやしないのさ。首都の抱く怪談は、その歴史の深さは、地方の比じゃない。簡単なものをあげるなら、四谷怪談なんて有名だろう。あれは創作だけれど、もともとは元禄時代の事件をモチーフにされたといわれている」


「四谷怪談は――お岩さんだったっけか」


「そうそう。あの舞台も雑司ヶ谷――豊島区だ。」


「でも、モチーフがあるとはいっても創作なんだろ。怪談なのか、それは」


「むしろ、怪談自体が古典文学だからな。民話や伝習、伝説。今昔物語集からはじまり、雨月物語、遠野物語、それに四谷怪談をはじめ皿屋敷なんて、落語や歌舞伎の中にも怪談はある。本来の役割は物語を通して追体験させ、恐怖を覚えさせることだ」


――そうやって戒めと娯楽を両立させるのさ。


「それは――そうなんだろうな。でも、だからなんなんだ。俺は別に怪談談義をするつもりはねえよ。創作ならなおさら」


「たまには他愛もない話を語りたくもなるんだよ。怪談の歴史に関しては、あいつほどじゃあないけど。それでも私のお気に入りの場所で、そういった話をする。そんな悪趣味な話が出来る相手は限られてるからな」


「鈴鹿も――そうなのか」


「ああ、あいつもそうだ。まあ、私がこんなことを言うと、顔をしかめるけどな。でも、咎ざらしじゃなく、怪談屋として私があいつを気に入ってる理由のひとつだ。あいつの話は、歴史を重んじ、背景を知ったうえで、ノイズを排し、あるべき怪談を語るんだ。まあ、そいつを売り買いするってのは、私も驚いたけど」


「でも古典文学ってんなら、結局は創作なんだろ。語り継いだところでそいつは小咄(こばなし)であって、事実じゃない。尾ひれのつかない話なんてありえないだろ」


「それでも、この巣鴨プリズンは純然たる事実であり史実だ。昔、学生があのビルの屋上から飛び降りて、一時期は呪いだなんて噂が立ったくらいだよ。それに石碑もあるだろ。まるで、あのビルが隠すような場所に」


――つまるところ、だから私は好きなんだよ。人間の業が混じり合ったこの場所が。


「それにしても、ビルが墓石……ねえ」


 俺にはそうは見えない。西口と違って健全な街、そのランドマークタワー。今日だって、観光客やらカップルやらを詰め込んで賑々しい場所だと。そう思う。それを口に出すと、


「これだけは覚えておきな。歴史を作り、歴史を担う人間にとって――それはなにもお偉いさんだけじゃない、一般人も含めて――完全に健全な場所なんて、ありはしないんだぜ、ルリちゃん」


 そう言って、紅葉は小さく笑った。



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