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咎ざらしの朱猫 ――怪談屋・月詠 鈴鹿の推理譚――  作者: 永久島 群青


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第九話



 9



「今回の案件が複雑化してしまったことには、私の認識不足があります。後手に回ってしまっていた、というのは佐久間さまの死後、私がこの依頼を請けてしまっていたということです。そして話の内容から人為的な怪談という勝手な先入観により、見落としていました」


 幽霊がストーカーする、そんな話を俺は知らない。世界は広いから、無い話ではないのかもしれなけれど。それを鈴鹿が知っていったとしたら、たしかに先入観のもたらした見落としなのだろう。だが、ひとつだけ、疑問を口にする。


「どうして、佐久間は部屋に入ってこなかったんだ」


 消えてしまった佐久間を思い浮かべる。手紙の内容との祖語がいやに不気味だった。


「それはルリの言っていた、彼がアイさんを神聖視していたという点です。神聖視した相手の家は神域に変わる。偶像崇拝に近いものがあったのではないでしょうか。そういう点でいえば、彼はストーカーであり、偏執的ではありましたが、それを遵守(じゅんしゅ)したことになります。それに反することは、彼の世界では大きな罪になる。そんなところでしょう」


「どういう基準なんだよ」


「彼も言っていたじゃないですか。持ち帰り、管理(・・)していた(・・・・)と。つまり、恋文での暴言や押し付ける愛情は彼の世界では是となり、神域に踏み込むことは否となる」


「……わかんねえな」


「それが閉ざされた自我の世界というものです。一般常識の世界とは異なる、自分だけの世界に矛盾などあっては(・・・・)ならない(・・・・)。さて――それでは、話を戻します。私はルリ――この式神の情報を得て、不思議に思ったことがあります」


 この式神――ひどい言われようだったが、そんな俺に構わず、鈴鹿は続ける。


「私、と、僕。この二つの一人称です。同一人物が書いている可能性は充分にありました。けれど、内容が(・・・)まったく(・・・・)異なって(・・・・)いる(・・)んです。僕と書かれた手紙には、脅迫的な内容はあれど比較的に日常の風景が(つづ)られています。しかしもうひとつ――私と書かれたものはどこか、ストーリー性を感じました。しかしそれは決定的な証拠にはなり得ません。もしかしたら佐久間さまの中にもうひとつ“自我の世界”があった可能性は充分に考えられたからです」


「自我の世界って……いくつもあるものなんですか」


 震えるリリは恐る恐る、という感じで訊いた。


「ええ。もちろん。あなたが“アイさんになりたい”と考え、あなたの想像の世界の中では“自分はアイさんである”と考えたとしましょう。もちろん、それを口にしても第三者は『違う』と言います。けれど、あなたの世界の中ではその矛盾はない」


「――え……」


「自我の世界は自由です。望んだ通りの世界で、大なり小なりの矛盾は見過ごされる。あなた自身の、あなただけの、世界なのですから。しかしそれを口にし、行動に移したとき――周りはあなたを病人だと、そう思うでしょうね」


 リリはショックを受けたような表情で、「そんな……」とだけこぼす。リリに対しては酷な話だ、そう思う。リリは純粋に――安奈に憧れているのだから。


「鈴鹿、やめろ」


「失礼いたしました。けれど、これはあくまで喩え話です。自分のことに置き換えれば、分かりやすいと考えました。ですので、この戯言(ざれごと)を真に受けないでいただきたいのです。申し訳ありません――」


 俺は、ユナを押さえていた。ユナは黙っているが、のどの奥から唸るような音を出している。


「――さて。再度、話を戻します。私は式神からの情報――恋文のある一文で、引っかかったのです。魔王の配下がやって来た、魔王を倒した、と。ここで私の推測は確信に変わりました。今やもう結果論になりますが――」


――ストーカーはふたりいる。


 鈴鹿はゆっくりとそう言った。


「なぜなら、ストーカーが佐久間さまひとりだったとして、彼の敵、魔王は誰に値するでしょうか。彼が殴りかかったお客さまでしょうか。でしたら、彼は本懐を成し遂げられていないことになります。そのお客さまは亡くなってはいないどころか、怪我さえしていないのですから」


 鈴鹿はユナを見た。「私は、守るだけだ。姫を! この手で守れなかったから!」その目に反応したのか、ユナはいつもの愛らしい表情を歪めて、吠えた。


 俺はストーカーがふたりいると気付いたとき、最初はリリを疑った。けれど最終的に確信に至ったのはユナだった。


 彼女は最初に来店した際、猫の妖精になり(・・)きって(・・・)いた(・・)。それだけじゃない。決定打になったのは――


 手紙の内容と、安奈の中学生のころにハマったという好きなアニメの設定が――ほとんど(・・・・)同じ(・・)だった(・・・)からだ(・・・)。 勇者か、騎士の違いだけで瓜二つの物語。


 そのアニメを嬉々として語ったのは、安奈を除いてユナだけだった。


 そしてダメ押しだったのは、あの無言電話だ。その録音から聞こえてきた息遣いが女のものだった。


 耳をそばだてて気付いたのは、“姫”という短い単語だ。そのささやく声は、あまりに聞き覚えのあるものだった。


 そして――佐久間が暴れたときの、ケンゴが気付いた店内での異変。


 店内にいたはずのユナが(・・・)いなく(・・・)なって(・・・)いた(・・)――ケンゴは、それをおぼろげながら覚えていた。


 おそらく佐久間が刺された日は――やつが暴力未遂をした、その時間、いや数十分後のことだろう。


 再び暴れはじめるユナを押さえつつ、俺が鈴鹿を見ると――彼女はひどく冷たい目をしていた。


「あなたにとっての魔王は――佐久間さんだったのですね。そして倒したということは――」


「あんなやつ、死んで当然だ! 私は姫を守りたかった! いや、守る! それが騎士としての責務だ! 転生前の悲劇なんて、もう二度と繰り返すものかッ!」


「自白――といっても、もう分かりきっていることです。あなたは隠すことなく、プレゼントボックスに果物ナイフをいれてありましたね。先ほど、確認しています。これをもし、アイさんが中身を開けて警察に届けていたら」


 そう――プレゼントボックス。これが絶対的な証拠になるはずだった。佐久間殺しの際、凶器は見つからなかった。警察からすれば今だって見つかっていないのだ。


 その“凶器”はさほど大きくなく長方形の箱に入っていて――彼女の、安奈の性格上、開ける気にならなかったことが災いして、ユナの犯行は上手く行ってしまったのだ。


「あの箱さえ、開けていれば――」


「そう――この事件を複雑化してしまったのは、アイさんの性格にありました。もしも、プレゼントボックスを開いてさえいれば、すぐさま――少なくとも、ユナさん、あなたの犯行は――すぐに発覚していたのです」


 ちらりと安奈を見ると、眉間にしわを寄せ、唇を噛みしめていた。その小さな拳は震えるほどに握りこまれている。


 彼女の大雑把で奔放な性格が、事態を難しくしていた。だが――それは彼女のせいだけではない。


「ま、待て、鈴鹿。それは安奈だけのせいじゃない。俺も、あの箱の中身を見なかった」


 そうだ、もっと俺が注意を払っていれば――あの箱さえ、開けていれば、この事件は。


「もちろん、ルリ、あなたにも非があります。しかし今回に限ってはあなただけではない。アイさんも、私も、紅葉も、認識が共有できていなかった。意志の疎通が滞ってしまい、後手に回っていること、それ自体を、誰もが把握していなかったのです」


 俺はうなだれ、ため息をついた。今回の事件はすべて、それぞれの勘違いと、行き違いが招いたもの――だったというのか。


 そしてそれは、ひとりの男の死を、ユナの凶行を、みすみす見逃してしまったということでもある。なんて――なんて、愚かな。


 ユナは最初から、自身の罪を隠すつもりなど一切なかったというのに。


「ずいぶん遠回りをしたものです。けれど、これでようやく――ユナさん、あなたの咎を、見つけることが出来ました」


 鈴鹿は冷静にそう言うが、ユナはすでに興奮状態で唾を飛ばし怒鳴っている。それでも、彼女のその表情が崩れることはない。


「うるさいッ! 姫に魔王を打ち倒した聖剣を送るのはしきたりだろうッ!」


「……それでは話を戻しましょう。ユナさん、あなたは魔王の配下がやって来た、とも言っていましたね。魔王というのが佐久間様であるなら、その配下というのは――」


 鈴鹿が言いかけたとき、ユナは転がったときに手放していた果物ナイフをいつの間にか手にしていて、俺の左の二の腕を突き刺した。


 一瞬、なにが起きたのか分からず――数秒遅れて痛みの波が熱をもってやってくる。


「――ぐあぁッ!」


「――殺してやるッ!」


「きゃああああああああああッ!」


 ユナは滑りそうになりながら狭い店内を走った。


――リリに(・・・)向かって(・・・・)


 魔王――安奈に固執する人間。それが佐久間だった。ならばその配下とは――安奈を(・・・)慕う(・・)、リリだ。


 もちろん、佐久間とリリに接点はない。あると言えば、客とキャストという関係だけだ。


 けれど、ユナの“自我の世界”では同じことなのだろう。なぜなら、自分よりも後に入ってきて、安奈に憧れ、二番人気にまでなったのだから。


 それほどまでに彼女の密は甘く、佐久間を、ユナを、そしてリリを――三人を、狂わせた。


「やめろッ!」


 俺は叫んだ。オーナーはすでに腰が抜けていて、鈴鹿がそれを食い止めようと動くよりも前に――




「もうやめて――ユナ」




 両手を広げた安奈がリリの前に立ち――そのナイフの刃が、安奈の身体へと吸い込まれていった。瞬間的に静寂が走り、ユナが膝をつく。


「あ、あ、ああああ」


 カラン、と血のついたナイフが落ちる。わき腹から点々と血の滴が床を濡らす。安奈はそのまま倒れ込み――


「あああああああああああああッ!」


 狂ったように、ユナが絶叫した。


「救急車を! 早くしろッ!」


 俺はオーナーに怒鳴り、自分の中の理性がプツリとキレた音を聞いた。


「このクソ野郎――ッ」


「ルリ。あなたもまた――アイさんの蜜にアテ(・・)られて、罪を犯しますか」


 ユナの襟首を掴み、殴ってやろうとしたとき、鈴鹿の声でギリギリのところで抑え込まれる。そして彼女が膝を折って叫び続けるユナの前にしゃがみ込むと――


「あなたは、あなたの手で姫君を傷つけた。騎士道でもなければ、姫君の()り人としても、あなたはもう彼女を語ることは許されません。あなたは――自ら、修羅の道に落ちたのですから」


「――い、やだ、いやだいやだいやだぁッ!」


「悔やみなさい。あなたのその、傲慢さを」


「うああああああああッ!」


 のどが裂けんばかりの慟哭(どうこく)は、救急車とパトカーのサイレンが鳴りやんでも、ずっとずっと、続いていた。ユナの“自我の世界”が――破滅した瞬間だった。



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