第二話
2
七月上旬に起きた最悪の連鎖の末に殺された少女の話――七夕事件。
その二週間後、俺はネカフェのバイトを辞めてから新しいバイトに移った。
よく一ヶ月前に退職宣告とはあるけれど、うちの約款には最低二週間宣告だったから、こともなく辞められたのはいいが、新しいバイト先というのは、お嬢さまのお目付け役である。
それも怪談屋――怪談を売買する仕事だ。古本屋とは違い、顧客は『話』を買いに来る。あるいは、『話』を売りに来る。それもすべて怪談だ。
しかし困ったことにうちの店主は金銭感覚が常人とは異なるため、俺が目利きして妥当な値段を提示する……と、いう話なのだが、ネカフェのバイトを辞めてからさらに一週間、七月も下旬に差し掛かったころ。客は売りにきた中学生と買いに来たカップルくらいだ。
要領を得ないガキの雑談みたいな話を数十万で買い取ろうとするものだから、俺は二千円で手を打たせた。
ガキは輝かせていた目をすっと濁らせて俺を睨みつけていたけれど、店主――鈴鹿の「ごめんなさいね」というひと言で頬を紅潮させて、また来ます、なんて言って出ていった。マセガキめ。
怪談を買いにきたカップルに関しては男のほうが静かに語る怪談話なんてそっちのけで聴き入る様子もなく、まじまじと無遠慮に下心を隠すこともなく鈴鹿に首ったけで、隣りの女の顔がどんどんしかめっ面になっていく。
そっちのほうがよっぽど恐ろしいんじゃないか、なんてぼんやりとそんなことを考えていた。店を出たあとの男の末路は想像したくはないものだ。
けれど、それほどまでに店主である月詠 鈴鹿という女は、美しさの権化のような存在だった。
真ん中分けにした、紺色を含んだ黒い髪は肩甲骨まで伸ばし、くしを通せばどこにも引っかからずに落ちそうなくらい。その目は星空か、宝石をちりばめたような双眸。
鼻梁は高く、ふんわりとした唇に、着ている白のブラウスよりも滑らかな肌は白磁か、未だに踏み込まれたことのない新雪みたいにきめ細かい。
黒い髪との対比でより一層際立つ美しさもさることながら、怪談屋の店内の四隅にある、淡いオレンジのスタンドライトでより妖しく、艶やかに見える。
店内はその淡いオレンジのスタンドライトのみが光源となっていて、窓は暗幕と天井まである本棚でぎっしりと詰まっている。
出入口からまっすぐに執務机があり、その後ろには大きな年代物の柱時計。三角の屋根に文字盤にくすんだ金色の振り子、両側にはまた本棚。
向かい合って木製のローテーブルに赤い四人掛けのソファー。執務机の右側に唯一ぽっかりと空いた空間があり、そこにはドアがはめ込まれている。そのドアの向こうには給湯室。
そこを除けば、三方を本棚で隙間なく埋め込まれていて、その中には分厚いハードカバーの書籍やら、ファイルやらが指一本分の隙間さえ怪しいくらいに整然と並んでいる。
しかし以前と違うのは、その大きな執務机の右横に、L字を描くようにもうひとつ、デスクと椅子が用意されたことだ。
もちろん、鈴鹿が行き来できるくらいのスペースを空けて。つまるところ、そのデスクが俺の席となっている
ついでに言うと、この店はつい最近パソコンを導入した。打ち込み作業と盗作防止用。
鈴鹿と同年のあくどい友人が『たまにネットで仕入れたものを売りに来るやつがいる』と助言をくれたから、マックのデスクトップを経費で購入した。言い値でキャッシュなのだから、格差を感じざるを得ない。
もちろん、この情報化社会に於いてとことん機械に弱い鈴鹿に任せるわけにはいかないので、そのあくどい友人と俺が買いに行ったわけだけれど。
しかし機械音痴なお嬢さまを甘く見ていた。まず、起動させることができない。
そもそもパソコンのモニターを本体と勘違いしていたようで、さらに言えば『このテレビにはリモコンがないですね』なんて言う始末。二十三歳の発言とは到底思えない。
この看板を背負うお嬢さまは、未だにスマホを使えずにダイヤル式の黒電話。とことんアナログなのだ。
仕方なく、俺がデスクワークとして盗作の疑いのあるやつをリサーチして、売り上げと買い取りの額をエクセルに記入していくのが主な作業となりつつある。
怪談の内容自体は、鈴鹿が頑として譲らなかったため、今でも原稿用紙に万年筆でまとめている。
就業時間は正午から夜八時まで。
怪談屋はモア三番街の路地みたいな細い道、靖国通りに出る手前のテナントビルの二階にある。
テナントビルの脇にある立て看板が目印で、ひとり分の幅しかない階段を二階まで上がればこの店につくのだけれど、そもそも目的がないとここにたどり着くことも、ましてや入ろうともしないだろう。
ネットで売買をしてみてはどうだ、と言ってみたけれど鈴鹿はあくまで『語り部が言葉にして語ることに意味があるんです』とこれまた却下された。
文字だけで読むと恐怖度を吟味し、正確な判断ができない――なんてもっともらしい持論を述べていたけれど、正直な話、パソコンを使いこなせないからじゃないのかと思っている。口には出さないけれど。
俺だって雇い主に対して多少は空気も読むし、出会いが出会いだったからため口は抜けないけれどちゃんと敬意を払っているのだ。
褒めてくれたら嬉しいが、きっと社会人としては当たり前なのだ。むしろこのバイト自体はそんな戦場みたいな企業で死にものぐるいで働くやつらよりずっと気楽なはずである。
新橋あたりでくだを巻いてる酔いどれサラリーマンに敬礼。
そんなバカみたいなことを考えていると、ノッカーが叩かれる音がして、草葉を滑る朝露のような透明感のある声が『どうぞ』と告げる。すると、恐る恐る、といった感じでダークブラウンの木製のドアは開かれる。七月の最終日、俺が働き始めて三人目のお客さまだ。
鈴鹿の澄んだ声がする。
「いらっしゃいませ、怪談屋へようこそ」
そこにはパステルパープルの大きな襟やレースのついたワンピースに白タイツ、ナチュラル・ホワイトのリボン付きパンプス。
ゆるくウェーブさせたライトブラウンの髪をサイドポニーで結っている女が両手を前で合わせて立っていた。お嬢さまの店にやって来たのは、なんとも可憐なお姫さまだった。
◇◆
「ストーカー?」
客は眞城 安奈。二十二歳。
外見は先述の通り、ぱっちりした二重にしっとりした唇。お姫さまとはこれ以上ないほどにピタリとはまった容姿だ。
ただ、香水が少し強いのが印象的だった。ピーチ系。フェラガモのインカントシャインあたりだろうか。
そのお姫さま――安奈は笑顔で、話を売りに来たという。
無邪気な笑みを浮かべ赤いソファーに座り、グラスに入った冷たいジャスミン茶を両手で包み込むようにしてちびちびと飲む。
俺は茶の淹れ方が雑で、結局そういったお茶出しやお茶請けなどは鈴鹿がやってくれている。俺がするのはせいぜい頼まれたものを買ってくるお使い程度。
そして安奈が開口一番に走らせた言葉に、俺はデスクから顔を上げる。
「はい……えとえと、なんというか、前々からその、イタズラをされていたんですけど、あ、でも、そのイタズラって言っても、ラブレターというか、そういうのがポストにたくさん詰め込まれてるくらいで! イタズラというよりは、嬉しい? かなって。でもでも、最近になってからはちょっと変な感じになってきちゃって」
「ちょっと待ってくれ。うちは怪談屋なん……です。探偵でも警察でもねえん……ですよ」
「ルリさん。少しお静かに」
「……うす」
鈴鹿は、音を立てずにため息をつく。
俺はどうにもこの事務所で働き始めて敬語というものを忘れがちになっている。
そもそも客が来ないので、この店で会話をするのはたいてい鈴鹿か、あのあくどい魔女みたいな女くらいだから自然と敬語が抜けていくのだ。
「――眞城さま、もう少し詳しくお話は出来ますか。お話の如何によってはもちろん買い取らせていただきますが、警察に相談すべき事案であった場合はそちらをお勧めいたします。なにせ、事が遅れて大事に至れば、あなたさまが被害を受けるということですから」
鈴鹿はすらすらと丁寧な、透明な声でそう言った。安奈は頷いて、話をつづけた。
「えと、私は今、秋葉原のメイド喫茶で働いています。フェアリーズ・ホームというお店で、そのお店では妖精さんたちがいっぱいいて、ご主人さまやお嬢さまに帰ってきていただくんです。ご主人さまたちは普段は人間さまなんですけど、ホームにご帰宅されたときは元の妖精に戻る――」
「……店の概要は良いから……ので、さっさと話を進め……ください」
「ルリさん」
「……うす」
俺は正直、うんざりしていた。この手の話や人間が苦手なわけじゃない。
西口公園に集まるバカどもにも約二名、コンセプトカフェのヘビーユーザーがいるし、付き合いで行ったことも何度かある。ただ、本筋をさっさと話してくれないことに、俺はうんざりするのだ。
「えと……そのすみませんです」
「いいえ、こちらこそお話を中断してしまい申し訳ありません。それでは、お話の続きを訊かせていただきますか」
「はい! それで、あの、私も妖精さんとしてお給仕をさせてもらっているんですけど、その、あるご主人さまから、色々とお話を聞かせてもらって、楽しいお時間を過ごしていたんです」
「そのご主人さまのお名前は、可能でしたら教えていただけますか」
鈴鹿は話を聞きながら万年筆を原稿用紙に滑らせる。相手の目を見ながら。アナログなブラインドタッチだ。
しかし、その質問で安奈の目が泳いだ。当然だろう。名前ひとつとっても顧客情報なのだから。
「鈴鹿、店側の都合もある」
「――そうですね。失礼いたしました」
ようやく俺の発言が許された。しかし安奈はその丸い目を開いて、
「えと、あの、内緒にしてくれますか」
そんなことを言う。舌ったらずな言葉は年齢より若く思わせ、あどけなさを感じさせた。同時に、あざとさも。
けれど俺はそれを否定しない。あざとさだって、処世術だ。それで恩恵を受けられるのなら、立派な技とも言える。
なにせ、俺の仲間のキャッチのバイトは弁舌だけで客を引っかける。
突き詰めれば嫌われようとも敬遠されようとも特技になる。それらは俺にはないものだった。
「ええ。それはお約束いたします」
「――えと、佐久間 桐生さまです」
「年齢は」
「たしか、三十六歳です」
「風貌や容姿、特徴などは」
「おい、鈴鹿」
「怪談に詳細は必要事項です。年齢ひとつだけでも恐怖度は変わりますからね」
ここで働き始めて気付いたのだが、仕事中の鈴鹿は容赦がない。
特に話を聞いているときは、相手の目から視線を外さず、とにかく詳細を訊いていく。そして万年筆は客の話が途切れるまで動き続けるのだ。
「え、えとあの、いつもTシャツとデニム、スニーカーです。黒ぶちメガネをかけていて、あのあの、えと……首筋にホクロがあって、身体は大きいです」
「体格についてですが、それは大柄ということでしょうか。それとも、その」
そこで鈴鹿が言いよどんだ。さすがにこれは訊けないのだろう。
これじゃあ欠席裁判みたいなものだ。いや、単なる陰口か。どちらにせよ、こういう失礼無礼な質問は俺の得意分野だ。
「ええと、眞城サマ。そいつはデブでしたか。ハゲてましたか。匂いはどうでしょう?」
「……ルリさん」
「詳細がなければ怪談は成立しないんだろ」
俺の言葉に、鈴鹿は「申し訳ありません」と安奈に頭を下げた。安奈は慌てたように両手を振りながら、
「と、とんでもないです! あのその、ふくよかです。髪の毛は、薄くはなかったです。匂いは、ちょっと分かりませんけど」
「だとよ」
「大変失礼なことを訊いてしまいました。本当に申し訳ありません。これは、私の落ち度です」
深々と礼をしてから、鈴鹿はその話の続きを訊いた。
目が合ったとき、少しだけ怒ったような視線で俺を見ていたが、俺はパソコンのモニターに隠れた。
大型の液晶画面は良いものだ。こういうときまで役に立つ。リンゴはやっぱり偉大だ。アダムとイブが食べたがる理由もよく分かる。まあ、そのあとは散々な目に遭うのだけれど。
◇◆
安奈の話を要約すると、その佐久間 桐生とやらはフェアリーズ・ホームの常連客だったらしい。
安奈と話し始めてからは特に頻繁に、ほぼ毎日といっていいほど来店していた。
チェキという別料金の写真も安奈をずっと指名し、生誕祭(本来の誕生日ではなく、勤続年数らしい)などにはプレゼントと大量のグッズ購入、特別メニューを頼むほどの入れ込み具合だったようだ。
基本的に口数は少なかったらしいが、安奈と共通していたのはアニメの話。同じアニメを観ていたから話もそれなりに盛り上がっていたようだ。それがある意味きっかけとなったのだろう。
アニメの名前を訊いてみれば、俺も動画サブスクリプションで観たことのあるタイトルだったから、そういった趣味で話が合えば盛り上がるのは必然なのかもしれない。
正直、俺も少し話したいと思ってしまったレベルだから。
しかし、最初はそうやって客――ご主人さまと、店員――妖精の関係だったが、佐久間とやらはそれだけでは満足できなくなったらしい。
店側の用意したSNSアカウントがあり、安奈もそれを使っていた。もちろん、個人的な話はナシ。
リプが来ても基本的には返してはいけない。それがルールだった。(たったひとりをヒイキしてはいけないという店側の考えだろう)。
出来ることといえば質問箱を用意するくらいで、匿名の客からの質問に安奈が答える。
あとは店で会って話す。そんなインスタントな関係に、佐久間はやきもきしたのかもしれない。
片思いの相手と長く話をしたい、より深く知りたい、その気持ちは理解できる。だが、やつはどうやらやり方を間違ったようだ。
安奈の終業時間まで隠れて住所を特定し、ラブレターを送り続けた。何枚も、何十枚も。そして店にきては答えをせがむようになったのだという。
安奈のアパートのポスト一杯に詰め込まれた愛の詰まった紙の束を見ても、それでも彼女は上手くはぐらかしながら佐久間の相手をしていたらしい。
なぜ拒絶しなかったのかは訊かなかった。
分かりきっている答えを訊くのは、不粋だ。
しかし佐久間はそれに満足しなかった。おそらくだが、ストッパーが効かなくなっているのだろう。理性を越えて動くやつは後先を考えない。
やつは先月、安奈とチェキを撮った別の客が店の外に出たとき、暴力を振るおうとした。といっても結局は未遂で、周囲のやつらに止められたようだが。
取り押さえられながら、それでも桐生は「汚らしいやつめ」と相手に向かって叫んだらしい。それで結果、店側から出禁を喰らった。それ以来、店には来なくなった。
これで一件落着、といかなかったのは――それが始まりに過ぎなかったからだ。
安奈の部屋はアパートの三階にあるらしいが、夜な夜なそのベランダから視線を感じるようになったのだという。ベランダのカーテン越しに佐久間と思しき人影が見えたりしたそうだ。
今では珍しいが、ベランダには緊急避難用の梯子が設置されているらしく、成人男性であれば簡単に登ってこられるようだ。
そうやって、カーテン越しに安奈の部屋を覗き見る――。
なかなかにアクロバティックなストーカーである。
そして相変わらずラブレターはポストを埋め――中には判の押された婚姻届けが入っていたらしい――あとは無言電話がかかってきたり、玄関先にプレゼントボックスが置いてあったり(中は開けなかったようだ)と、徐々にエスカレートしていった。
そこで、いつも帰り道に通るモア三番街のこの看板を思い出し、もしかしたら怪談になるかもしれないと思い立ったらしい。妖精の思考回路はよく分からないものだ。
「――なるほどな」
俺は最初こそ頬杖をついて聞いていたが、いつの間にか前のめりになっていた。こいつはたしかに、恐ろしい話だ。だが――やはり、疑問が残る。それは、先述した妖精の思考回路だ。
「――でも、怪談……なのか。これは」
そんな俺の問いには鈴鹿が答える。
「ええ、もちろんです。こういった事例、人為的な恐怖も怪談として成立します。こんな言葉を知りませんか」
――幽霊よりも人間の方がよっぽど怖い、と。
「たしかに、霊的なもんがないほうが怖いわな」
「あのあの、それで、その」
「で、あんたはここの看板を見てその話を売りにきたのか。それとも、その現状をどうにかしてほしいから相談に来たのか。どっちだ」
なんとなくだが、言葉の端から察するに、単純な金欲しさにストーカーの話を売りつけにきたようには思えなかった。
そのあたりも判別できないうえ、話が回りくどいもんだから俺は敬語を忘れて言ってしまい、鈴鹿の目を見る。しかし鈴鹿はその星を散らしたようなたれ目で安奈を見ていた。
「――えと、それ、は」
安奈はそこで目を伏せた。カラン、とグラスの中の氷が解けて涼やかな音を鳴らす。
「前者なら今から買取査定をする。後者なら――」
「……そのお話の顛末を怪談にする、というのはいかがでしょうか」
俺の言葉を遮って、鈴鹿はそう言った。俺は目を剥いてそちらに視線を向けるが、お嬢さまの目は細められて、優しい微笑を浮かべ、安奈を見ている。
「あの、えと、それって」
「この案件を解決し、顛末をまとめて怪談にして――それを私が、怪談屋が買い取る、という案です。そうすれば、眞城さまの置かれている状況と私どもの怪談屋としての需要と供給は上手く成立するかと。もちろん、経過、結果如何によっては警察に相談するということも視野に入れてのことになりますが」
どうでしょうか? と鈴鹿は俺を見る。嫌な予感がする。それも、とてつもなく。
なにせ――このお嬢さまには悪意というものが欠片もない。そのくせ、天然もので人を恐怖のどん底にまで陥れてくれるのだ。
「じゃ、じゃあ、それでお願いできますか」
安奈は目を輝かせて立ちあがる。ふわりと、強めの香水が鼻孔をくすぐる。その中に違和感を持った。だが、それ以前に鈴鹿の言葉でそれどころじゃなくなってしまったのけれど。
「承知いたしました。それではルリさん――あなたは一度、怪談屋から離れてこれから彼女のボディーガードとして事の顛末を探ってください。私も、その佐久間さまの身辺情報を調べてみます」
嫌な予感ほど当たるものだ。けれど――無理だと分かっていながらそれでも一応、声を上げてみる。たとえバイトの飼い犬でも牙くらいは持ち合わせていなければならない。
「は――なんで俺が」
「私は非力です。佐久間さまに力で押されてしまえば、情けない話ですが、なすすべもないでしょう。お願いできませんか」
相変わらずの美しさ、その麗しさを困った表情に変えてそんなことを言う。そんな顔で言われれば、情けない話だが、俺だってなすすべもない。
この女は決して崩れない美貌で牙を折りにくる。早速だけど、前言撤回だ。持ち合わせた牙をこのお嬢さま相手に突き立てるなんて、神をも畏れぬ愚行に他ならない。
そんなわけで本格的な初仕事はお姫さまの警護。こんなの約款には無かったように思うが――どちらにせよ、彼女の“お願い”を断れるほどの意志の強さは持っていなかった。
惚れたが負けとはよく言ったものだ。




