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咎ざらしの朱猫 ――怪談屋・月詠 鈴鹿の推理譚――  作者: 永久島 群青


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第十話



 10



 後日談。ここからは俺は絡んではいないわけだけれど、鈴鹿から聞いた顛末である。


 たった数日の出来事が、やたらと長く、暗闇の中にいるような日々だった気がする。誰も救われない物語は、俺は好きではない。


 ただ、あれから真理は母親――裕子と再会できたようだ。紅葉が裕子に干渉して(どうやったらそんなことが出来るのだろうか)、真理の姿を見せたのだという。


 裕子は謝りながら泣きじゃくっていたらしい。でも、真理の最期は笑顔だったと聞いた。


 依頼人であり、和成の妻、春江は夫の実情を知ってすぐに由紀の証言をもとに、彼女の代理人として警察に届け出たらしい。離婚もすると。


 ただ、当の和成は廃人同然になっていて、逮捕後の警察の事情聴取でもろくに話が出来ないようで、そういった情報を新聞――俺もようやく人並みに読める程度にはなった――で知った。


 今後のことは詳しくは分からないが、起訴されたとしても精神鑑定に回される可能性が高いだろう。


 そしてやつにはきっと、今でも妹の声が聞こえているのだろう。そう考えると、今でも恐ろしくなる。


 あの夜、俺には和成はもうすでに壊れているように見えたのだ。


 その上でとどめを刺すようなことを平然とやってのけた紅葉という女は、きっと俺が出会った中で一番残酷なやつなのかもしれない。


 そう言うと、鈴鹿は「彼女ほど情に厚い人間はいませんよ。ただやり方に問題があるだけなんです」なんて、褒めてるんだか呆れてるんだか分からない表情を浮かべて言っていたけれど。


 そして――こいつは俺がまったく関係していない話なのだけれど、マサキが庇っていた虐待された少女は無事に離婚が成立した母親と暮らすことになったらしい。


 父親は榊原(さかきばら)とかいう、鈴鹿と出会ったとき俺に掴みかかってきた男だというが、俺はあまり覚えていない。


 ただ、あの夜に出会ったやつらは、底知れぬ悪意を孕んでいたということだ。リーダー格のおっさんだけが、ある意味では歪んではいても壊れていない、唯一まともなやつだったのかもしれない。


 そしてどうやらその榊原の実家と自宅には紙媒体で画像付きの、さらに勤めている会社のパソコンにまで何者か(・・・)から怪文書が出回ったようだ。


 内容は割愛するが、ただ、榊原にとっては致命傷になり、かつあの少女のプライバシーと矜持は守られる――そんな動画付きの内容。


 そいつは関連企業、提携会社、取引先へと続々(つぎつぎ)に送られて、結局クビになったのだそうだ。


 すべてが明るみに出て、母親からは離婚届を突き付けられ、腹いせに包丁を持って会社に突撃したところ、先に陣取っていた警察に取り押さえられて、高遠警部補さまの手柄になったという。


 わざわざ警察にまで手を回す必要はあったのか、なんてマサキに言うと「誰かさんが言うには仲間に借りも貸しも無いらしいけれど、高遠さんには借りを返しとかないとね」なんて言っていた。


 そんな律儀なハッカーは今夜も池袋で口だけでカモを引っ掻けている頃合いだろう。


 そして俺は――。



◇◆



「どうして言ってくれなかったんだ」


 怪談屋のソファーでため息をついていた。腕掛けに浅く腰を下ろした紅葉はくつくつと笑う。


「最初に会ったとき言ってやったろ」


――あんた、つかれた(・・・・)顔をしてるから気を付けろよ。


「……本当に申し訳ありません。私も、一応、最初に謝ってはいたのですが……」


――ルリさんの霊感が目を覚ましたこともさることながら、反応し、適応し、順応するまでが異常に早かった。こればかりは私にとっても想定外(・・・)でした。まさかこうなるとは予想外です。申し訳ありません。


憑かれた(・・・・)顔、か。わかりにくいな。それに謝ったって、あの時点でちゃんと説明してくれよ。そしたらもっと別の方法があったんじゃないのか」


「言ったろ。こいつには悪意がない。天然ものだって。だから――」


――やはり今回の案件、ルリさんを抜きにして解決はないという結論に達しました。ですからご協力のほど、よろしくお願いいたします。


「本当にタチが悪いな」


「申し訳ありません……」


 思い返せば、鈴鹿が言葉をかけて、俺の耳元で静電気が走ったかと思えばすぐに真理は消えていた。それに図書館で真理が現れたのも、俺自身に憑りついていたのなら必然だ。


「ルリさんが自覚してしまうと、真理さんが離れてしまう可能性があったので。本来なら私に憑いてもらう予定だったんです。それにあのときは、まさかルリさん自身に霊感があるとは思ってもいませんでした」


「でも、なんで憑りつく相手が俺だったんだ」


 その問いかけには紅葉が答えた。


「強そうだったからだろ。一発くらい殴りたかったんだろうよ。まあ、あんたの怒りと同調しすぎてもう少しであんたが殺人犯になるところだったわけだけど」


 なにせ、真理はまだ子供で加減ってものを知らない上、無力なまま、されるがまま死んでいったんだからな――と、彼女は嘆息しながら付けくわえる。


 そこに俺の感情が加わってしまった、同調してその攻撃性が過剰になってしまったということか。


 そんな紅葉とは裏腹に、鈴鹿は「そうでしょうか?」と首を傾げた。


「私はルリさんの優しさや大らかさに惹かれたんじゃないかと、そう思っていますよ」


「……まあ、いいさ。真理はちゃんと謝ることが出来るやつだったからな。なあ、あと、和成の妹の話なんてどっから調べてきたんだよ。今まで全然話に出てこなかったろ」


「ええ。それは簡単に調べがつきました。ルリさんと同じように新聞を読んで……」


「――じゃなくて。妹の話を調べてるって、いつから和成を疑ってたんだ」


 俺の疑問に、鈴鹿は困ったように眉を八の字にして、


「和成さんを疑っていたわけではありません。敢えて言うなら、ルリさんが仰っていたように疑っていたのは事故か、自殺か、他殺か、それだけです。ただ、真理さんの声で春江さまが困っていらしたので、なにかしら真理さんとの因果――あるいは遠因がないかと思って調べていました」


「でも、和成は再婚で沢田家に婿入りしたんだろ」


「その通りです。ですから、途中までは和成さんと繋げて考えることはなかったんです。けれどずいぶん昔の記事に、一面の見出し記事で和成さんの関わった事件が出てきました」


「――見出し記事に?」


「はい。まだネグレクトという言葉が浸透していない時期で、親の育児放棄と叔父からの虐待で幼い長女――つまり和成さんの妹さんが死亡という見出しでした。あの歩道橋で落とされたこともあって、当時はセンセーショナルな事件で、騒がれていたようですね。和成さんのご両親もかなり糾弾されたようです」


「でも、それで和成がその……妹をってのは」


「後日の新聞、週刊誌で叔父さまが証言なさってました。俺だけ(・・・)じゃない(・・・・)と。その言葉で和成さんの父親も疑いの目が向けられていましたが証拠はなく――そもそも、子供を放置して両親は子供に構わず、夫婦だけで旅行されたりと記録が残っていたことで容疑が晴れました。それでも世論からはかなりきつく当たられたそうですが」


「でも、和成に直結するのは短絡的だろ」


「ええ。もちろん第三者の可能性もありましたが――それなら叔父さまは聴取ですべてを告白しているはずです。なのに、いくつもの新聞や週刊誌の記事に目を通しても名前が挙がっていなかったことに違和感を覚えました」


「メディアは当時、和成の年齢的に名前が出せなかった――ってそんなところか」


 あるいは、もしも和成が叔父から性的暴行を強要されていたと証言していたならばなおさら、被害者として見られていただろう。そうすれば、配慮されて名前も出せない。それを鈴鹿に告げると、


「ここから先は可能性の話でしかありませんから、想像の域を出ませんけれど――もしも歩道橋からの落下まで手伝わされていたとすれば、叔父からの強要の線は強くなりますから、あり得ない話ではないでしょうね」


――そして当時の少年法によって守られ、名前は伏せられて、被害者として見られた。もしかすれば、心神喪失と見られたかもしれませんね。


 鈴鹿はふ、と短く息をついてから続ける。


「そしておそらくカウンセリング等も受けていたはずですが、一度歪んでしまった彼は矯正されることはなかった、といったところでしょうか」


 その可能性は高いのかもしれない。やけにあの池袋大橋にこだわっているところも、やつ自身の学んだ(・・・)やり方(・・・)だったとするなら、おかしくはないのだ。


 そうやって、虐待をしていた両親、性的暴行を加えた叔父から始まった悪意の連鎖が、ここまで連綿と繋がってしまった。


 そして結果、くそったれな最悪の結末――その一歩手前までいっていたのだ。


「じゃあ、依頼人の春江の聞いていた声ってのは」


「春江さまは憑りつかれていたわけではなく、(さわ)られただけです。ただ、同じ境遇の由紀さんの母親であったことで、彼女の声を捉えたと。そんなところでしょうね」


「真理は、優しいやつだからな」


 俺は、冷たい茶をすする。今日はシンプルに麦茶。懐かしい香りと味だけれど、この芳ばしさに気付くまで、十九年かかった。たかが麦茶、されど麦茶だ。あなどるなかれである。


「やっぱり、ルリさんはなんでも受け入れる空のような方ですね。その名前、とても素敵ですよ」


「……まあ、これで一応は一件落着ってことで。だからありがたく受け取っておくよ。その言葉」


 飲み干してから俺が立ち上がると、「少し待っていただけますか」と鈴鹿が呼び止めて、俺が振り向くと、なにやら一枚の紙を持って俺の前までやって来た。


「なんだこれ」


「今回、お手伝いをしてもらいました。助けてくださってありがとうございます」


「……うん? ああ」


 それでですね、と鈴鹿は切り出す。


「この小切手には、三百万円と記入しています。感謝と、危険にさらしてしまったことのお詫びと併せて、お納めください」


 三百万。俺はそれを受け取ると、まじまじと小切手を見つめた。桁を数える。三百万。何度見ても、三百万だった。俺の年収なんて簡単に飛び越えていく値段だ。だから――


――俺はその小切手をビリビリと破った。


「え? あ、あの……」


「あんた、バカだろ」


 戸惑って目を丸くする鈴鹿、俺を見て紅葉は鼻で笑う。


「ああ。俺はバカで、ろくでなしで、貧乏人で、クソみたいな生き方しかしてこなかった。だから、小切手の使い方なんてまったく分かんねえんだ」


 口の端を上げてみる。金が欲しい、それはもちろん、当たり前だ。生きていくうえで、必要なものなのだから。


 けれど、金はただの金。それが一番である必要はない。


 俺は拝金主義者じゃなく、とりあえずなにか食えて適当に稼いでダラダラと惰眠を貪る。そして余った時間は好き勝手に生きる。そんな人間なのだ。


 楽しさも嬉しさも淋しさも悲しみも悔やみも惜しみも噛みしめて、自己責任で自由に、くだらない毎日をろくでもない俺がちゃっかりと生きる。


 今回の件で俺はそいつを幸せだって呼ぶことにしたのだ。ネット上の青い鳥より、ずっとシンプルな話である。


「じゃ、じゃあ現金でお支払いしますから、その」


「鈴鹿、やめときなよ。こういうバカは、意地でも受け取らないから。なあ、ルリちゃん」


「貧乏人にゃでかい金の価値が分からねえからな。せいぜい小銭でも稼いでいるのが性に合ってる」


 紅葉からの言葉に、俺は肩をすくめた。


「なら、ここでこのお嬢さまのお目付け役にでもなったらどうだ」


「あん?」


「どうにも鈴鹿は金に対して、常人とは価値観が違う。ガキ相手に大金をポンと渡しちまうと性根も人生も腐らせる一方だ。そこで、あんたが正しく目利きしてやれよ。あんたの妥当な金額を提示してやれ。そんな仕事は、貧乏人のろくでなしにしか出来ないからな」


「も、紅葉。あなたって人は……」


 俺は声を出して笑った。


「そいつはいいかもしれないな。貧乏人でろくでなしの俺にはぴったりだ。ただし、鈴鹿に給料を決めさせるなよ」


「……私の意見も聞いてください」


「じゃあ、私が決めてやるよ。福利厚生、交通費も含めてな」


「あの、私が店主ですよ!」


 少し困ったように、戸惑ったように鈴鹿は言った。


「ダメか?」


 俺の言葉に鈴鹿はしばらく目をぱちくりさせていたが、ふ、と息をついて微笑んだ。


「ダメ……では、ないです。むしろその、助かります。けれど、ルリさんはよろしいんですか」


「俺から頼み込んでるんだけどな」


 そう言うと、鈴鹿はやわらかく笑った。


「それでは――これからもお手伝い、していただいてもよろしいですか」


「じゃ、決まりだな。契約の詳細はまた連絡する」


 紅葉はにやりと笑みを浮かべてそう言うと、「あと店内は禁煙だからな」と言い残して店を後にする。


 それを見送ったあと、俺はふと気になって――鈴鹿を見る。崩れることのない、決して揺るがない美しさを持った、金銭感覚がマヒした機械音痴のお嬢さまで怪談屋という珍妙な屋号の店主。


 そしてその本性は生者、死者を問わず咎をさらす――咎ざらしの朱猫。


「なあ、鈴鹿」


「なんですか」


 俺はストーン・アイランドのキャップ目深にかぶって、


「今回の話は、誰かに売るのか?」


 そう問いかけると、鈴鹿は目を伏せて、それでも口角を上げて、優しく、柔らかく、微笑んだ。それは俺にとって、この世界でもっとも美しいと思えるものだった。


「今回は怪談ではありませんから、誰にもお売りすることはできませんよ。なぜなら――」




――このお店は、怪談屋ですからね。




          (了)




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