アイコ×3☆ミ、重陽企画の衣替え
「アイコ×3☆ミの皆さんにお知らせです」
アイコ×3☆ミ、「アイスコーヒー系アイドル」というなんだかよくわからないキャッチフレーズで売り出し中の三人組アイドルユニットである。キャッチフレーズはわけわかめながら、かなりの人気を博している。
「はい、新妻さん」
その鍵を握っているのは、てきぱきとしており、動きの一つ一つが洗練されているセンターの「ブラックアイコ」こと黒澤櫻子だ。
「仁科さん、沢城さん、早くこっちに」
「むう、さくらちゃん、いつまでもおかたーい」
「まあまあ、裕海」
むくれている方は仁科裕海。アイコ×3☆ミのイエロー「ハニーアイコ」である。ふわふわ天然ちゃんのキャラで売っているが、素もだいぶ天然である。
もう一人のすらっとした短髪の男装が映えそうなのが沢城ハクア。「ミルクアイコ」である。沢城と仁科は幼なじみであり、そのルックスの良さから二人組アイドルでデビューすることが昔から決まっていた。
だが、この二人がアイドルユニットは三人組がいい、となり、急遽スカウトされたのが、櫻子というわけである。
「さくらちゃん、何回言っても名前で呼んでくれないー!」
「そんなに怒らないの、裕海。櫻子はあたしたちの仲に介入したくないって言ってただろ?」
「でも名前呼びくらいいいじゃない! 同じグループで同い年なんだから! ねえ!?」
駄々をこねる仁科とそれを宥める沢城。アイコ×3☆ミの日常風景である。
櫻子が加入してからというもの、傍目から浮くくらい、櫻子の存在は三人組の中で浮きに浮きまくっていた。それは、仁科と沢城の距離感に対し、櫻子の畏まり様が凄まじいからだ。アイコ×3☆ミとしてデビューしてからそれなりに経つが、未だに櫻子が敬語を外すところを二人は見たことがない。
少し間を置き、櫻子が口を開く。
「沢城さん、アイオライトのアオイさんのやっていた『僕は君だけの王子様、君は僕だけのお姫様』のシーンを再現してくださいますか?」
「アオイほどきれっきれにはできないけど」
「至急見せてください」
「櫻子はいつも妙なリクエストをするな……ほら、裕海はセイムパート」
「いいの!?」
「うちの女王様の命令だよ」
すかさず、仁科は沢城の首に飛びついた。沢城はそれに怯むことなく、仁科をお姫様だっこしながら、仁科の重みがないかのように軽やかにステップを踏む。
「僕は君ーだけのおーうじさーまー」
歌いながら、ステップで進んだ先にそっと仁科を降ろし、軽く礼を執る沢城。仁科はそれに花が綻んだような笑みを向ける。
仁科が手を差し出すと、沢城がその手を取り、くるくるとターンをさせた。
「きみーはぼくーだけーの、お姫様」
そうして仁科の手の甲にそっと唇を落とす。
これはA社というアイドル事務所所属のアイドルユニット「アイオライト」のMVのワンシーンの再現である。
「素晴らしい」
櫻子は全然素晴らしいと思っていなさそうなトーンの声で言った。
が、心の中はこうだ。
『手の甲に、キッス!! キッスですわー!! さすがもはや公式カップリングと謳われているアイオライトのアオイとセイムのパート。この二人に絶対合うと思った私の目に狂いはなかった』
そう、この大和撫子クールビューティ少女な黒澤櫻子……滅茶苦茶百合が好きなのである。
「さて、新妻さん、お話とは?」
「いや、見事ね」
アイコ×3☆ミのマネージャー、新妻愛子はさりげなく二人を近くまで召集した櫻子の手腕に舌を巻く。櫻子が百合好きであることは事務所関係者のみが知るところであるが、その衝撃のカミングアウトを越えて、櫻子には人を束ねる力というのが抜きん出ていた。
趣味を出しつつ、当初の目的も果たす。オタクのプロである。
「話というのはですね、番組MCオファーが来ました。かなりマイナーな番組なのですが、『しきいわっ♪』重陽スペシャルというものです」
「『四季をポップに祝おう会議』通称『しきいわっ♪』ですね。以前からチェックしています」
新妻がなんとも言えない表情になる。櫻子の守備範囲がよくわからない。
「えー、わたし全然わかんない。さくらちゃんって、やっぱりすごい、ねーハクア」
「そうだな。そもそもちょーよースペシャルってなんだ?」
「重陽とは五節句のうちの最後の節句、九月九日に与えられた節句です。簡単に言うと、陰陽道では全てのものが陰と陽に分けられるので、そのうちの陽の数字が二つ重なるので、九月九日は重陽と呼ばれます」
「陰と陽って、陰キャと陽キャみたいな?」
「そんな感じの認識でオーケーですが、人間の場合は男女で陰陽が分けられます。女性が陰です」
仁科のふわふわした質問に完璧すぎるレスポンスをする櫻子は一種、不気味でもあった。
櫻子はかなりの才女である。容姿にも恵まれ、アイコ×3☆ミ以外からのスカウトもたくさんあったのだとか。スカウトマンたちを誰も彼も蹴飛ばす櫻子はスカウトマンたちの間でちょっと伝説だったりする。
そんな櫻子が、何故アイコ×3☆ミに加入したか。理由は単純。黙っていても仁科と沢城の百合が見られるからである。
「『しきいわっ♪』では節句のたびに六時間スペシャルをやっていて、MCは毎回女性タレントに任されるんですよね。そのお鉢がアイコ×3☆ミに回ってきた、と」
「解説ありがとう。物分かりが良くて助かるわ。『しきいわっ♪』には『しきいわっ♪』にしかない客層があります。その客層を取り込む目的でこのオファーを受けました。
本題はここからです。この番組に出るにあたって、先方がアイコ×3☆ミを選んだ理由は三つ。一つ、人気上昇中アイドルをMCに据えることで、視聴者層を増やしたいから。つまりお互い様ってことね。二つ、女の子だけのアイドルユニットだから」
「ああ……A社には『暖色系シスターズ』っていう女性三人組ユニットがいますけど、センターが『自分は男です』と事務所にガチギレして燃えましたもんね。おかげで有名になったからとんとんっていう」
A社のやらかしも二ヶ月経てばもはや懐かしいものである。事務所とセンターの度重なる話し合いの結果、センターは「お姉さん」だったのが「保護者」に表記が変わった。
「それで、三つ目は?」
「三人組だから、です。『しきいわっ♪』用の衣装が菊にちなんだ衣装なので、赤、白、黄の三人いてほしいとのことで、白羽の矢が立ちました」
「なんで菊?」
「重陽の節句は別名菊の節句というからです。……それで、今回の話し合いは、赤、白、黄をそれぞれ誰が着るか、ですね?」
本当に櫻子は察しが良い。
「そうです。まあ、黄がハニー、白がミルクはいいと思うのですが、ブラックがいつも黒だから、いきなり赤になって戸惑わないかと」
「駄目です。ミルクが赤、ハニーが白、私は黄色を所望します」
「ええっ!?」
櫻子の要望に、他三人が揃って驚いた。新妻の提案の方が、普段のパーソナルカラーを崩さないで済むからだ。パーソナルカラーを変えてしまうと、ファンに伝わりづらくなる。
「私だけカラーを変えるのなら、全員一新してしまえばいいのです。ポジションとして、菊ならば、イエローが真ん中でもおかしくないでしょう」
「た、確かに?」
単純に赤を着たくないだけでは、と仁科が閃き、沢城に伝言する。確かに、櫻子は普段ブラックのため、あまりぱりっとした色は似合わないかもしれない。その点、黄色ならいくらか誤魔化しが利く。
「でも、あたし、赤似合うかなあ」
「似合います。ボーイッシュでありながら顔面が濃い目の沢城さんがパッションカラーを身につけたら、新たな魅力が見つかると思います」
「櫻子がそう言うんなら、間違いないかな」
「衣装も見てないのに、なかなか言うわね……」
「『しきいわっ♪』の重陽スペシャルは毎回見ていますから、どんな衣装がどんな色合いで来るのか想像はつきます」
「視聴者少ないんじゃなかったの……?」
「とりあえず、社長に案は出すけれど、その通りにならなくても、文句は言わないでね」
後日。
「みんなで四季をお祝いしようー!」
「しきいわっ♪」
「今回MCを務めさせていただきます、アイコ×3☆ミです!」
「みんなー、驚いた? いつもと衣装の色違うんだー。わたしは白着てるから、なんだかミルクに包まれているみたいで照れちゃうっ。ハニーアイコだよ」
「赤似合うってブラックに言われてさ、あたしが赤衣装着たんだ。ミルクアイコです。似合うかな」
「超似合うよねー! さすがブラックだよ」
「お褒めに与り光栄です。ブラックアイコです」
そんなほわほわきらきらしたMCを見ながら、事務所スタッフたちが、頭を抱えていた。
ハニーにその台詞を言わせる、所謂匂わせこそがブラックの真の目的だと気づいたのだ。ハニーは天然不思議ちゃんなので、素で言っている。
また、赤を照れながら御披露目するミルクの「似合うかな」に対するレスポンスをいち早くハニーがする、という匂わせまで織り込み済みである。徹底的なまでのハニミルの匂わせだ。
匂わせが誰にもわからなくてもいい。それならブラックが何故こんなことをするか。それはブラックにとって目の保養だからである。
けれど、一概にブラックを責められないのは……
「ブラック、イエロー似合うんだね! 菊の髪飾りとか素敵!」
「ふふ、実は私、『しきいわっ♪』のファンで、重陽スペシャルは毎年見ていたんですけど、黄色の菊の髪飾りが素敵だな、とずっと思っていたんです。念願叶って、とても光栄です」
「ブラックは絵に描いたような大和撫子だから、和風な小物が似合っていつもより魅力的だな」
そう、なんだかんだ、衣装を一番着こなしているのが、ブラックだからである。
「よく見ていた番組に出られるって夢があるよね」
「というわけで、重陽スペシャル、始まります」